軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

62:アントニウス

「「「どうして……」」」

ドラゴンと化した三人の女の口が動く。

ワタシはそれを認識しつつも、素早く確認するべき事を確かめていく。

ドラゴンの体長は数メートルで、鱗は緑、どこかデジャビュを覚える姿をしているが、頭から下については一般的なドラゴンのそれだ。

問題は頭部。

「どうしてお前がそこに居る!」

「どうしてお前が微笑みかけられている!」

「どうして貴様がその手を握っている!!」

両目と鼻先がそれぞれの女の顔そのままになっていて、その六つの瞳はワタシに向けられている。

鼻先の何処か見覚えのある女が黄緑色……風属性。

右目になった女が紅色……肉体属性。

左目になった女が黒色……闇属性。

その瞳の色がただ染まっているわけではないのを証明するように、ドラゴンの肉体は張りを増していき、鱗の隙間からは黒い煙が渦のように漏れている。

「「「許せない。妬ましい。憎らしい。殺してやる、ころしてやる! コロシテヤル!!」」」

「ミーメ嬢。此処は王都の何処かですね」

「そのはずです。なので、アレは間違っても教会の外には出せません。大惨事になります」

ただ最も重要な点を挙げるのならば……ワタシの持つ『人間』属性は、このドラゴンの事を人間とは認識していない。という点か。

だがそれも、ワタシに向けられている彼女たちの凶相と顔以外の部分を見れば納得せざるを得ないか。

「ソコハ私ノ物ダァ!」

「私ニソレヲ寄越セェ!」

「貴様ハ消エテ無クナレェ!!」

ドラゴンが動く。

ワタシとヘルムス様に向かって跳びかかり、手のひらに黒い風を溜めながら、横薙ぎにしようとしてくる。

「来い、闇人間ども」

「水よ。船の形を成して、我が身を守れ。『アクアガレオン』」

即座にワタシとヘルムス様も動く。

数十体の闇人間がドラゴンの体にしがみついて、その動きを止めようとする。

ヘルムス様の生み出した船型の水がワタシたちを包み込み、防壁となる。

相手が人間の第二属性持ち程度ならば、ワタシの闇人間だけでも無傷で抑え込めるだけの防御であるが……。

「「「死ネェ!」」」

「っ!?」

「ぐっ!?」

ドラゴンの膂力と暴風はそれ以上だった。

ワタシもヘルムス様も闇人間ごとまとめて弾き飛ばされて、教会の壁に叩きつけられる。

そこへ追撃として黒い風が剃刀の刃のように飛んできて、ワタシの体を浅く傷つけてくる。

ヘルムス様の水の船も追撃の黒風の刃で耐久限界を迎えたのか、ただの水になってワタシたちの事を濡らす。

「助かりました。ヘルムス様」

「そう言ってくれるのは嬉しいです。ミーメ嬢。ただ、この程度しか出来ないのは悔しいですね」

「そう卑下するものではありませんよ。ヘルムス様。貴方はやるべき事をきちんとやっています」

「ふふっ、そうですか。ありがとうございます。ミーメ嬢」

が、それだけで済んだ。

弾き飛ばされる際にヘルムス様がワタシの事を抱きかかえてくれたのと、水の船のおかげで叩きつけのダメージはだいぶ少なくなっていた。

追撃の黒風の刃にしても、水の船でだいぶ勢いが削がれていた。

『 わたしだけのみち(ダイダロス) 』を使った都合で常駐防御魔術も一時的に解除して、戻し切れていなかったワタシとしては、ヘルムス様の防御と庇いは大変助かるものだった。

「ふざけるなぁ! その笑みは私に向けられるべきものだ! 貴様のような何処の馬の骨とも知れぬ女に与えられていい物ではない!」

「憎い……! 私の方が先に好きだったのに! ずっと遠くから恋焦がれていたと言うのに! 突然現れたお前如きがそれを奪っていくと言うのか!」

「許せない! 許せるはずがない! 私が手に入れる事が叶わなかったものをどうしてお前などが手にする事が許されるのか! そんなことあっていいはずがない!」

「「「殺してやる! ころしてやる! コロシテヤル!!」」」

ドラゴンが……と言うより、三人の女が何か喚いている。

醜悪な顔を浮かべて叫んでいる。

ヘルムス様ごとワタシを殺そうとしたくせに、ワタシに対してヘルムス様が微笑んだだけでこれとは。

「……」

それに対してヘルムス様は……ワタシがこれまでに見たことが無いほどに冷たい眼差しをドラゴンへと向けていた。

「行け、闇人間ども」

「「「!?」」」

とりあえず斧型の万能鍵で武装した闇人間を二十体ほど生み出してドラゴンを牽制開始。

ドラゴンを囲んで、少しずつ斧で攻撃。その鱗を刻ませる。

「まったくもって愚かしい。私の事も魔術の事にも興味を向けず、身勝手に物を言い、人を傷つけて死に至らしめる。おまけに仲間の事すら仲間と思わないような物言い。そのような輩にどうして私が惹かれなければならない。冗談にしても悪趣味が過ぎる」

それを眺めながら、ヘルムス様が呟く。

低く、冷えた、深海のような言葉で以って。

どうやらヘルムス様は本気で怒っているらしい。

そのようなヘルムス様の言葉を聞きつつ、ワタシはドラゴンの様子を確認するが……。

ドラゴンの刻まれた鱗は、刻まれた端から再生。少なくとも見た目は何事も無かったかのように元通りになってしまう。

闇人間たちの使う斧には破壊力の向上や再生阻害も込めているのだけど……それでも再生されるとなると、ドラゴンの形を保つのに用いられている魔術は極めて強力な物のようだ。

先ほどのドラゴンの攻撃も併せて考えると……なるほど、だいたい分かった気がする。

「ミーメ嬢。お伺いしますが、あのドラゴンを生きて捕らえる事。あるいは元に戻す事は可能ですが?」

「……。前者は出来ればしたくない。後者は不可能です」

ワタシはヘルムス様の質問に答える。

前者は多大な手間暇をかけて、ようやく実現できるか否かと言うところだろう。

そして、上手く行かない可能性の方が高いし……あんな姿にされた女性を衆目の目に晒すことに抵抗を感じないわけでもない。

後者は時間を巻き戻すくらいの魔術を用いなければ不可能だ。

なにせ今のドラゴンの状態から考えて例えるのなら、塩、砂糖、酒、泥水を混ぜ合わせた物を元に戻せと言われているようなものなのだから。

「分かりました。では後の始末は私の方でどうにかします。ですので、ミーメ嬢。あのドラゴンの討伐をお願いいたします。王都の安寧を守るために」

ヘルムス様は何処か悔しそうに……自分でどうにかする事が出来ないのを心底悔しそうに、そう呟いた。

「分かりました」

そこまで思い詰めた上で言われたのなら、ワタシとしても応えないわけにはいかなかった。

「「「何をゴチャゴチャとぉ! 邪魔をするなぁ! この薄気味悪い化け物共がぁ!!」」」

そうしてワタシたちが話している間に。

精神と体が馴染んで来ているのか、ドラゴンの暴れ方が酷くなってきていた。

黒い風の刃が何本も飛んで、両前足と尻尾を振り回し、武装した闇人間たちの攻撃も気にしなくなってきている。

このままでは抑えきれなさそうだ。

「ヘルムス様。防御をお願いします。先ほどから黒い風の刃がこちらに時折飛んできていますので」

「分かりました。柔らかく粘る水よ。船の形を成して、我が身を守れ。『アクアガレオン』」

この先を考えると、ワタシは出来るだけ攻撃の魔術に専念したい。

だからワタシはヘルムス様に防御を頼み、ヘルムス様は最初と同じように……いや、最初よりも柔らかく、粘度も高い、黒い風の刃の防御に適した水の船を展開して、ワタシと自身を包み込む。

では、始めようか。

「『闇軍の魔女』ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」

杖を右手に持ち、何も持たない左手を前に出す。

周囲の闇を、魔力を、恐怖心をワタシの下に集めて、ワタシの魔力として還元していく。

「我が求めるは破滅。故に闇よ、集いて滅びの門を開けるに相応しき形を為せ」

そうして集まった魔力を左手にまとめると、『万能鍵』の一つ、ショットガンの形に変形させる。

「装填するは親指。爆ぜて運ぶは魔。詰まれ、病、侵食、恐怖、痛み、悪夢、破壊、死に滅び。それは祈るしか無き災いである」

闇で作られたショットガンに親指大の弾丸が一発装填されて、装填された弾丸の中に詰め込まれた要素たちによって一つの力が形成されていく。

「飲め、呑め。食らえ、喰らえ。溶けて、解けて。萌えて、燃えて。その命と魔の全てを薪として焼き尽くせ」

それは破壊のみを目的とした魔術。

命を奪う事だけを考えた暴威。

ワタシですら制御しきれない災禍。

「その魔術を止めろぉ!」

「私が何をしたと言うのだ!?」

「来るな! 来るなぁ!?」

ショットガンの先から漏れ出す魔力に何かを察したドラゴンが叫び声を上げる。

それと同時に無数の黒風の刃を放ち、更には黒風のブレスを放とうとしてくる。

「水よ。水よ。浩々と湧き出して、係留索と為りて、我が敵を縛り上げよ。『アクアホーサー』!」

「「「!?」」」

だが、黒風の刃はヘルムス様が展開していた水の船に阻まれ、ブレスはドラゴンの口が水で出来た太い縄によって縛られたことで放てなくなる。

同時に、残っている闇人間たちも突撃して、ドラゴンの体にしがみつき、その体を全膂力を以って無理やりに抑え込む。

そうして隙だらけとなったドラゴンへとワタシは銃口を向けて……。

「破滅よ此処に。『 いのれるならいのれ(アントニウス) 』」

最後の詠唱と共に引き金を引いた。

「「「!?」」」

放たれた弾丸がドラゴンの鱗を突き破り、その腹へと突き刺さる。

それは急所も突いていない、巨体に対してあまりにも小さな傷。

「はははははっ! こけおどしか! こんなものが……」

だから、多少は魔術に詳しいらしい鼻先の顔は最初に嘲笑し、それからワタシに反撃するべく右前足を振り上げた。

「あははははっ! 全然大したことがない! こんな傷なら……」

だから、多少は戦闘の心得があるらしい右目の顔も初めは嘲笑し、それからワタシへの反撃を強めるべく右前足の筋力を増した。

「ふふふふふっ! 何もないじゃない! 少し悪寒が……」

他二人が何も感じなかったからだろう。

少しだけ体調管理に詳しかったかもしれない左目の顔も他二人に同調して、右前足に黒い風の刃を集め始めた。

「「「ーーーーー~~~~~……!?」」」

そして、三人一斉に絶叫した。

もはや音ではなく爆風のようにしか思えないほどの声で絶叫し、痛みに悶えた。

そんな彼女たちの叫びに呼応するかのように、鱗の隙間から黒い……造形だけならば炎のように見える何かが噴出して、その身を焼き焦がし始める。

「「「ーーーーー~~~~~……!?」」」

「これは……!? くっ、暴れるな!」

「ヘルムス様。生身で炎に触れないように気を付けてください。触れればタダではすみませんので」

途方もない痛みにドラゴンは暴れようとする。

だがそれを水の縄と闇人間が抑え込む。

そうして暫く抑え込んでいると、やがてドラゴンの体が四肢の先から黒く焼け焦げたような姿になって崩れ落ちていくようになる。

そして、崩れ落ちた体が再生するような事もなかった。

その事実に気が付いて、三人の女は更に叫び声を上げるが、炎は火勢を増し、全身へと燃え広がっていき、黒い炎は火柱のようになっていくばかり。

やがて炎はドラゴンの瞳と鼻先にあった三人の女の顔も内側から焼き焦がし始め、その全てを黒に染め上げていく。

「何故私がこんな目に……」

「どうして私を見てくれないの……」

「こんなところで私は……」

「「「ーーーーー……」」」

ドラゴンは全身を……骨の髄まで炭の塊に変えて、燃え尽きた。

そして、炭の塊は直ぐに原形を留めないほどに崩れ落ち、そこに何が居たのかすらも、何が起きたのかすらも分からなくなった。