軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

61:闇を開いて

「ん?」

ヘルムス様を見送ってしばらく経った後。

ワタシは自分の属性感知の範囲が一瞬だけ大きく乱れたのを感じた。

乱れた属性は闇。

特に意識もしていない状況で感知出来てしまうほどに大きな乱れが一瞬だけ生じて消えてなくなったと言う事は、それだけ強力な光が一瞬だけ生じたと言う事。

普通ならば雷であるけれど……。

「この空で?」

既に闇によって染め上げられている空ではあるが、月も星もまるで隠れていないのが今夜の空だ。

この状況で雷が起きる事は、ワタシの知識ではあり得ないと断じる事は出来ないけれど、可能性としては限りなく低いだろう。

「音もせずに?」

もちろん、雷ではない可能性もある。

現に雷には付き物であるはずの雷鳴は何時まで経っても聞こえてこない。

だから、誰か……それこそ光属性の魔術師が強力な魔術を使ったか、おかしな作りをした火属性の魔道具辺りが暴走して爆発したような可能性もある。

ただ、雷が落ちた方角は……ワタシの家とトレガレー公爵家の王都屋敷を繋ぐ経路の途上だった。

「念のために調べておくか。来い、そして行け。闇人間」

何か嫌な予感がした。

だからワタシは視覚と聴覚を付与した闇人間を生み出すと、ワタシの家からヘルムス様が居るであろうトレガレー公爵家の王都屋敷に向かって走らせる。

「……」

そうして見えてきたのは、まだ日が暮れて間もないと言うのに、どうしてかそこだけ人通りが全くない通り。

そこに転がっていたのは、黒焦げになった御者と馬の死体、それとバラバラになった馬車の残骸に……トレガレー公爵家の紋章。

ヘルムス様が乗っていたはずの馬車だった。

「すぅ……ふぅ……」

胸が早鐘のように打っている。

喉が渇き、呼吸が乱れそうになる。

嫌な想像が幾つも浮かび……現場の状況から、その想像を努めて打ち消して、冷静さを取り戻そうとする。

「落ち着け……。まずは隠蔽の魔術の解除。闇属性の魔道具……。これか」

ワタシは通りの隅に転がっていた、感電死して黒焦げになった令嬢の死体を見つける。

その死体の傍には隠蔽の魔術が込められた魔道具が置かれていたので、これに闇人間を介して干渉。

出来るだけ魔術の術式や込められている魔力に影響を及ぼすことが無いようにしつつ、この通りに人が入らないようにしていた要因を失くす。

「「「ーーーーー!?」」」

途端に叫び声が上がり、通りに人が入り始めて来る。

これでこの場については兵士たちが収めてくれる事だろう。

そう判断したワタシは闇人間を消して、その場を見るのを止める。

「すぅ……ふぅ……落ち着け……。現場にヘルムス様の死体は無かった。となれば、ヘルムス様は連れ去られたと考えていい。公爵家の三男なのだから、連れ去る理由自体は幾らでもあるはず。問題はヘルムス様が一般的には実力者である宮廷魔術師であるのに、今回明確に後れを取った事。たぶん、相手は第二属性持ち。少なくとも第二属性を利用して作られた魔道具を所有している。それぐらいでないと、ヘルムス様が一方的にやられ過ぎるし、犯人がトリニティアイにしてはやる事が半端に派手で大人しい」

ワタシは手製の杖を握ると、考えを口に出しながら集中を始める。

「ヘルムス様が連れ去られて、身に着けている物が無事ならば……」

探すのは以前ヘルムス様に贈った、ワタシ手製の鉄製の箱。

より正確には、その箱の中に込めた特別な闇。

今はまだ事件が起こってから十分と少し経った程度で、ワタシがこれからやろうとしている事と同じことでもしなければ、ヘルムス様はまだ王都内に居るはず。

だから集中して探れば探し出せると考えて……見つけた。

王都の中でも端の方に動きを止めた状態で闇がある。

「『闇軍の魔女』ミーメの名において命じる。闇よ、魔よ、畏れよ、我が下へと集え」

一刻も早く。そして確実に辿り着くべきだ。

そう判断したワタシは一つの魔術を行使し始める。

「闇よ、魔よ、標へ向けて人のように駆けよ。駆けた後にこそ道は出来るのだから。闇よ、闇しか無き世界への門を形作れ。闇よ、標ある地に小さき門を備えよ。我が身よ、闇を友とし、闇と共にせよ」

ワタシの前で黒い闇が門のようにそびえて渦を巻く。

ワタシの体が闇に変換されて、黒い霧のようになっていく。

「万能の鍵よ。その名が 真(まこと) であるならば、二つの門を一時だけ開き、世の理を捻じ曲げて、我が身を標の元へと導き給え。開け。『 わたしだけのみち(ダイダロス) 』」

ワタシの体が闇の中に吸い込まれて、真っ黒な空間を飛んでいく。

これは転移魔術。

第零属性から第三属性までを活用し、転移先として事前に用意した標を利用し、他にも幾つかの制限をかけてようやく実現できた、ワタシだけを目的地へと運ぶ魔術。

『ふふふふふっ。もうすぐ、もうすぐあの方が私たちだけの物になるのね』

『たっぷり、たあぁっぷりお話をしてあげて、あの化け物がかけた呪いを解いてあげなきゃ』

『ええ、誠心誠意お話してあげれば、直ぐに理解してくださるわ。だってヘルムス様は十代で第二属性に目覚めるほどに聡明で才能溢れる方なんですもの』

ワタシの耳に不快な女の声が聞こえてくる。

転移先の状況を少しでも知るために先行させていた聴覚が捉えたようだ。

『そうして目覚めたあの方は私たちに助けられたと気づき、そこから愛が始まるのね』

『あら、分かっているでしょうけど、最初は私よ。そう決めたのだから』

『悔しいけれど分かっているわ。でも大丈夫。見て、ヘルムス様の御身体を。魔術師なのにきちんと鍛えられたこの体。傷が治った後なら、幾らだって相手をしてくださるわ』

腸(はらわた) が煮えくり返るとはこの事だろうか。

ワタシは自分の感情が高ぶり、だからこそ何処かが冷めきっていくのを感じた。

『あははははっ。たっぷり愛してあげて、あんなチビ女では絶対に味わえない大人の魅力と言うものを教えてあげなきゃ』

『くすくすくす。誰が一番に寵を賜るのか。此処からは純粋な実力勝負よ。秘蔵の魔道具も技術も惜しみなく使わせてもらうわぁ』

『ふふふっ、やれるものならやってみせなさい。どうあっても私が一番に決まっているわ。だって、ヘルムス様を一番に愛しているのは私で、ヘルムス様が一番に愛しているのも私だもの』

「はあ?」

それ故にか、ワタシ自身でも驚くほどに低い声が出た。

まあいい、出てしまった以上は仕方がない。

『誰!?』

『何処から声が!?』

『追手!? あり得ないわ!?』

「一応、善良な方があの場から連れ去った可能性も考えていましたが」

ワタシは標に辿り着いた。

標の先は暗い昏い小さな鉄の箱の中。

とてもではないが、ワタシの体が収まる空間ではない。

だからワタシは鉄の箱を内側から引き裂き、中に込められた闇を外へと噴出させながら、門の外へ、箱の外へと出ていく。

「そんな考えは無駄だったようですね」

そこは打ち捨てられた教会の礼拝堂のようだった。

月光が差し込む祭壇と思しき場所には、水の船の中に収められたヘルムス様が横たわっている。

光が殆ど無い場所にある半壊した長椅子には、三人の女が浅ましい笑みを凍り付かせた状態で座り、ワタシの方を見ていた。

「『闇軍の魔女』……」

女の一人がそう呟く。

「暗黒支配」

「「「!?」」」

そしてそれ以上は喋らせなかった。

人の体内に存在する闇。特に口腔内から気管と食道内に存在する闇をワタシが掌握し、その場から呼吸がギリギリ出来るレベルまでしか動かせないようにしたからだ。

体内の闇と体の動きが連動させなければいけない以上、闇を掌握されてしまえば、声帯も舌も動かせず、並の魔術師は詠唱が出来なければ魔術を使えない。体の筋肉の大半も当然動かせず、瞬き一つ出来ない。

ワタシがその気になれば心臓か脳を直接握り潰してやることもできるが……それは控えてやる。

コイツらには喋ってもらわないといけない事が多々あるからだ。

そして、今はこれ以上の措置をするよりも優先しなければいけない事がある。

「ヘルムス様。随分と酷い怪我を……今、治します」

ヘルムス様の治療だ。

ワタシの見立てでは、この水船はヘルムス様が自分で発動した治癒と守護の魔術のようだが、傷が深くて延命以上の事は出来ていない。

このままでは、魔力切れで魔術が切れると同時にヘルムス様も命を落とすだろう。

だからその前にワタシが魔術でヘルムス様を治療する。

水船の守りを『万能鍵』の力ですり抜けつつ、闇を船の中へと侵入させると、ヘルムス様の全身を闇で覆い、その傷と周辺の組織を曖昧にする。

そうして曖昧にした部分をヘルムス様の正常な部分から抽出した情報に従って正常な形で明確化。傷を正常な状態で上書きする事で治療した。

やがて闇が取り払われた後に現れたのは、傷一つない状態のヘルムス様。

これで一先ずは大丈夫だろう。

「此処は……師匠!?」

「ええそう……師匠ではなく、貴方の婚約者です。助けに来ました」

その証拠と言うべきか、水船は直ぐに解除され、目を覚ましたヘルムス様が声を上げる。

どうやら問題は無さそうだ。

既に犯人たちも捕らえてあるし、これで事件は解決……。

そこまでワタシが考えた時だった。

「っ!?」

ワタシが掌握していたはずの闇が、ワタシの手を離れて崩れる。

ヘルムス様も目を大きく見開き、ワタシの背後を見つめていた。

ワタシは慌てて振り返り……。

「師匠。何が起きているか分かりますか?」

「流石に分かりかねますね……。ただ一つ言える事があります」

思わず苦笑した。

「「「……」」」

そこに居たのは一頭のドラゴン。

鱗は緑色で、体長は数メートル、背には蝙蝠の翼が見える一般的な物だ。

だが、その頭を構成するのは、先ほどまでワタシに体内の闇を掌握されていたはずの女たちであり、三人の女の顔で両の瞳と鼻先が構成され、三人の衣服や髪の毛がまつ毛、髭、タテガミのように生えていた。

それは……。

「今回の件に黒幕が居るとしたら、その者は極めて悪趣味だと言う事です」

「それには同意します。ミーメ嬢」

人間を素材に作られたと思しきドラゴンだった。