軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

41:婚約の挨拶回り その3 トレガレー公爵家

「すぅ……はぁ……」

「これまで以上に緊張しているようですね。ミーメ嬢」

「当然です。なにせ相手は公爵家なのですから」

時刻は夕方。

ワタシの生家を後にしたワタシたちは貴族街にあるトレガレー公爵家の王都屋敷へと向かっている。

王都屋敷と言うのは、王都の外に領地を持っている貴族とその側近たちが王都に滞在する際に逗留する屋敷の事である。

また、領主当人が居ない時も、その領地の窓口や王都での情報収集、政治の為の調整や手回しの為に、王都駐在官と言う、領主から役目を預かった人が住んでいる。

屋敷の規模や領地の財政状況にもよるが、舞踏会や立食会と言ったパーティが開かれる事も多く、ある意味では最も貴族らしい行為が行われている場所かもしれない。

そんな場所なので、敢えて前世知識から似たものを持ってくるのなら……大使館、と言うのが近いかもしれない。

「そんなに心配しなくても大丈夫ですよ。我が家の王都駐在官は私の兄ですし、私とミーメ嬢の婚約にも賛成を示してくれていますから。仮に大失敗をしたとしてもお咎めなしです。なので気楽に行きましょう」

「気楽にとは言いますが……。平民のワタシが公爵家の次男と会う事になって緊張するなと言われても……」

ついでにトレガレー公爵家について。

ワタシたちの住む『グロリアブレイド王国』には王家に次ぐ家として、三つの公爵家が存在している。

肥沃な土地を有し、大量の食糧を安定的に生産する。王国の食糧庫、グレンストア公爵家。

無数の鉱山と掘り出されたものを加工する技術を併せ持つ。王国の工房、アイアマイン公爵家。

海に面し、貿易と製塩で利益を上げ、外交も担う。王国の玄関口、トレガレー公爵家。

この三つだ。

そして、三つの公爵家の中でも、トレガレー公爵家は最も古い家になる。

なんなら王家よりも古い。

なにせ、建国神話に倣うのであれば、王国の開拓は現在トレガレー公爵家が治めている土地から始まった事になるのだから。

本当に凄い家なのである。

ちなみに、先の三つの公爵家の紹介に倣うのなら、グロリアブレイド王家は政治、知識、流通、軍事、裁判と言った部分を担う家となる。

閑話休題。

「本当に大丈夫ですよ。家の者……特に王都屋敷に勤めている者には、私の方から師匠についてはよく話していましたので」

「……。別の意味で不安になって来ました……」

ワタシは思わず頭を抱えそうになった。

いやだって、ヘルムス様がしていた話って、要するにワタシの事を師匠として紹介していたと言う話になるわけだし。

何を言われていたかと考えると……不安が募るばかりだ。

「着きましたね。では参りましょう」

「すぅ……はい。行きましょう」

馬車が止まり、ヘルムス様にエスコートされる形で、ワタシは馬車を降りる。

馬車を降りたワタシの目に入ってきたのは、広い……けれどしっかりと整備され、様々な色の花が咲き誇っている前庭に、細部に至るまで拘って建てられたことが遠目にも分かる大きな屋敷。

掲げられた紋章は船と水夫……間違いなくトレガレー公爵家の屋敷だ。

ワタシはそれらを認識しながら、ゆっくりと歩いて、執事によって開かれた屋敷の扉をくぐる。

「「「お帰りなさいませヘルムス様。ようこそお越しくださいましたミーメ様」」」

「!?」

中に入ったワタシたちを待ち構えていたのは、舞踏会で使われるような大広間に整列したメイドと執事たち。

彼らは胸に手を当て、僅かに腰を曲げ、その角度も含めて、一糸乱れぬと言う言葉に相応しい光景だった。

なんと言うか、圧が凄い。

これが公爵家の実力なのかと慄く事しか出来ない。

ただ、圧が凄いと言っても敵意や悪意は一切無いからだろう。

何とか耐えて、少し怯む程度で済ませる事が出来た。

「皆、よく出迎えてくれた。兄上は?」

「此処だ。ヘルムス」

と、ヘルムス様の言葉に応じる様に、上の階から声がする。

見るとそちらから、ヘルムス様に似た容姿の男性が大きな階段を一歩ずつ降りてくるところだった。

そして、ワタシとヘルムス様の前に立つ。

「お初お目にかかります。私の名前はボースン・フォン・トレガレー。トレガレー公爵家の王都駐在官の任を公爵から預かっておりまして、そこに居るヘルムスの兄にあたります。どうかお見知りおきを」

ボースン様は藍色の両目を私に向けながらそう挨拶をすると、公爵家の王都駐在官としては少し深めではないかと感じるお辞儀をしてくれた。

対するワタシは目上に当たるはずの人物の行動に気圧されつつも、これまでに習ったことを何とか思い出して、動き始める。

「こちらこそお初お目にかかります。ワタシは宮廷魔術師『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと申します。この度はヘルムス様と婚約を結ばせていただいた義に従い、こうして挨拶に参りました。どうかよろしくお願いします」

何とか……そう、何とか、教えてもらった通りに出来たと思う。

そんなワタシの自己評価を後押しするように、ボースン様及び周囲の従者の方々から向けられる視線が一層柔らかくなった気が……いやちょっと違うな。

柔らかくなったのだけど、なんだかそれ以上に生暖かいと言う感じの感想が相応しい感じになった気がする。

あるいは生贄に捧げられる羊に向けられる目と言うか……。

どこか応援しているような気配と言うか……。

あれ? なんだろう。何かがおかしい気がする……。

「ミーメ嬢とお呼びしても?」

「はい。それで構いません」

「ではミーメ嬢。挨拶は無事に済みましたが、お互いに聞きたい事もあるでしょう。ですので、この先の話については執務室の方でする事にいたしませんか?」

「ヘルムス様……」

「私はそれで構いませんよ、ミーメ嬢」

「では、お願いします」

とりあえず詳しい話は執務室に行ってからと言う事になった。

と言うわけで、ワタシはボースン様の先導で階段を上っていく。

併せて、ワタシたちを出迎える為に揃っていたらしい従者の方々も散っていく。

そして、屋敷の中を移動すること少し。

重厚な扉が開けられ、大きな執務机の他に、ワタシたちの為であろう椅子が二脚用意された部屋へと移動。

うん、どことなくだが、王城にあるヘルムス様の部屋に似ているような気もする部屋だ。

「さてミーメ嬢。まずは君に言わなければいけない事がある。驚くかもしれないが、どうか最後まで聞いて欲しい」

「はい」

ボースン様が執務机の向こう側に立つ。

ワタシたちも、自分の為の椅子の前に立つ。

ボースン様は真剣な顔でワタシの方を見つめ、前置きをしてから……。

「愚弟が本当に申し訳ない!」

腰を直角に曲げるような勢いで以って頭を下げた。

「ええっ……」

「分かっている。ミーメ嬢、君が貴族からこのような対応をされ慣れていない事は分かっている。だがそれでもこればかりは言わなければいけない事なのだ。私の為を思うのなら、どうか聞くだけ聞いて欲しい」

「は、はぁ……えーと……」

「順に説明しよう。私は君がヘルムスの第二属性到達に深く関わった人間の一人であるのを知っている。だから、君に対しては非常に感謝している。ありがとう。君のおかげで、ヘルムスは宮廷魔術師になる事が出来た」

「はい」

「ただ、君が弟の恩人、魔術の師匠だからこそ尋ねなければならない」

ボースン様が感謝の意思をワタシに伝えてきているのは分かる。

ただ、だからこそ困惑した。

「ミーメ嬢。君は本当にヘルムスが婚約相手でいいのか?」

ヘルムス様に何か問題があるかのようなボースン様の言い分に。