作品タイトル不明
197:王都への帰還
王国歴516年、夏の始まり。
日差しが強まり、夏の訪れを感じるようになった頃。
トレガレー公爵領にて一つの催しが開かれた。
それはイストフィフス侯爵領の王国に対する反乱を無事鎮圧した事に対する祝いの宴であった。
主題としては、鎮圧作戦に参加した騎士、魔術師、兵士と言った者たちを労うと共に、その功績を褒め称える。
また、全ての犠牲になった者に対する鎮魂の祈りを捧げ、労わるものであった。
この宴において、平民たちは一昼夜に及ぶ宴を開き、街の何処でも酒が飲まれ、食事が行われ、歌と踊りが陽気に続いたとされる。
一説には、後述する舞踏会に匹敵するだけの費用が掛かったとされ、トレガレー公爵家が如何に豊かであるかが示されるものであった。
一方貴族たちはトレガレー公爵家の屋敷にて開催された舞踏会に参加した。
この舞踏会には、公爵領内に居る貴族の大半と大商人たちが集まったとされ、その中には海の向こうに存在するマギアサル王国はクローブ公爵家に連なる者も居たとされる。
この場においては、公爵領から出た鎮圧作戦の参加者たちがどのような活躍をしたのかが知らされると共に、幾つかのお披露目があった。
一つは宮廷魔術師にしてトレガレー公爵家の三男でもある『船の魔術師』ヘルムス・フォン・トレガレーと、同じく宮廷魔術師でありアンカーズ子爵家の血を引く『闇軍の魔女』ミーメ・アンカーズと言う、一組の婚約者があった。
二人の様子は非常に仲睦まじい物であり、見た者を微笑ませた。
次に、星々のように煌めく糸と言う、未知なる素材が披露された。
この素材はミーメ・アンカーズが身に着けていたドレスに用いられており、夜闇のような生地に縫い付けられたそれは、夜空に浮かぶ星々あるいは星座のように煌めいて、見る者を魅了してやまなかったという。
更には、ギガントスイムクラブと言う巨大な蟹の魔物の肉も供された。
この魔物は突如としてトレガレー公爵領の領都に出現した魔物であり、大きさは平民が住まう家よりも大きく、その鋏は船を一刀にて両断し、世にも珍しき二つの属性を持つ魔物であった。
しかし、船を襲ったその場に偶然にも『闇軍の魔女』が居合わせた事で、大きな被害無く狩られ、その身は余すところなく活用される事となった。
その圧倒的な巨体は見た者の多くを竦ませ、『闇軍の魔女』の強さと彼女を招く事が出来るトレガレー公爵家の偉大さを知らしめた。
その肉は栄養豊富であり、ただ焼いただけの身であっても滋味深く、食した多くの者を感動させる逸品であった。
その甲殻は非常に堅く、死後であっても、貝殻を叩き割るための金槌の一撃をものともしなかった。
かくして、グロリアブレイド王国建国の時より在り続けるトレガレー公爵家の偉大さは、改めて知れ渡る事となった。
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「おや、ミーメ嬢。本を読んでいるのですね」
「そうですね。流石にちょっと移動にも飽きて来ましたので。幾つかの本を公爵領や道中で手に入れましたので、読んでみようかと」
トレガレー公爵領を発って、数日が経過した。
行き……正確にはイストフィフス侯爵領に赴く前は、用件が用件だったのでとにかく急いで進み、道中の街も村も無視して進んだ道のりだったが、帰り道はヘルムス様が公爵家の者あるいは宮廷魔術師として挨拶と情報交換をする必要もあったため、非常にゆっくりとした道程となっている。
ただ、そうしてゆっくりと移動していると、流石に話題も尽きてくるし、馬車の外の風景を眺めている気にもならなくなってくる。
解析のような繊細な作業が出来る環境でもない。
と言うわけで、ワタシは本を読み始めていた。
「なるほど。どのような本ですか?」
「今読んでいるのは……カーゴライト先生の恋愛小説ですね。最新作が公爵領で売られていたので、購入しておいたんです。内容としては極普通の小説なのですが、まるで実際に見て来たかのような繊細な描写が特徴的な……ヘルムス様、どうかしましたか?」
「い、いえ。何でもありません。そうですか」
ワタシが自分の読んでいる本の著作者と内容を伝えたところで、どうしてかヘルムス様が咽ていた。
何かあったのだろうか?
「ミーメ嬢。読み終わったのなら、感想をキャシーに送ってみてはどうでしょうか?」
「キャシーさんにですか?」
「ええ、キャシーも小説が好きなようですから。貴族らしい手紙の練習も兼ねて送るには、ちょうど良いでしょう」
「なるほど。考えておきます」
ワタシは頷きを返すと、本を真剣に読み始める。
感想を送る相手が誰であれ、感想を言葉にするならば、きちんと読み込むべきだと思ったからだ。
「ミーメ嬢。そろそろのようです」
「そろそろ?」
それからしばらく経った頃。
ヘルムス様が窓の外を見るように促してきたので、ワタシは促された方を見る。
「王都ですね……」
「ええ、王都です」
見えたのは、王都を囲う巨大で堅牢な城壁。
その光景にワタシは内心で感動すら覚えていた。
ここまでの道中でも、大きな街ならば、だいたい同じような城壁に囲われていて、景色としては同じものであるはずなのに、王都の城壁を見た時のそれは明らかに別物だった。
「ようやく帰ってきたんですね……」
「気が付けば一月以上離れていましたからね。本当にようやくです」
故郷に帰ってきた感覚と言うべきか、我が家に帰って来た感覚と言うべきか、とにかく懐かしさを感じて止まない光景だった。
「グレイシア様たちは元気にしているでしょうか?」
「特に緊急性を有するような便りの類はありませんでした。なので、全員元気にしていると思いますよ」
便りが無いのは元気な証拠。ヘルムス様の言葉にワタシは同意の意味で頷く。
見た限りでは、王都に何か異常が起きているようにも見えないので、たぶんだが、ワタシたちが不在にしている間に大きな事件が起きるような事は無かったのだろう。
ただ、本当にそうであったのかはまだ分からないので、会えたならしっかりと話をしたいところではある。
そして話をするならば……。
「そうですか。ではワタシたちのお土産話をしないといけませんね」
「ええ、そうですね」
ワタシとヘルムス様の話もするべきだろう。
「ヘルムス様」
「はい。ミーメ嬢」
ワタシはヘルムス様の手を握る。
ヘルムス様はワタシの手を握り返す。
こうしてワタシたちはトレガレー公爵領での滞在を終えて、王都へと無事に戻ってきたのだった。