作品タイトル不明
191:笑顔とは本来
「我々はトレガレー公爵領の中でも北部に位置します……」
ワタシは目の前の三人の男性を改めて観察する。
本人たちの名乗り通りなら、歳は三人とも18歳で、今自分たちが何者なのかを語っているのが都市を治める子爵の息子。その後ろに立っているのが取り巻きの男爵令息であるらしい。
彼は自分たちが貴族学校を今年卒業予定であるが、婚約者が居ないので探している事を語りつつ、父親が治めている街が如何に素晴らしい所であるかを語り続けている。
そして、婚姻も見据えた付き合いの第一として、ワタシたち三人と踊る事を求めているわけだが……。
「申し訳ありませんがお断りさせていただきます。わたくしは夫も子供も心の底から愛していますので」
「ワタシも断らせていただきます。婚約者が居ますので」
「す、すみません。お二人が断るのなら、ウチも断らせていただきます」
「!?」
うん、キャシーさんもワタシも断って当然だし、ワタシたちが断るのならストリンさんが断るのも当然としか言いようが無かった。
ワタシは宮廷魔術師で、ヘルムス様の婚約者。
そんな相手に婚約目的で近づいてくるなど、あらゆる意味で駄目に決まっている。
と言うか、ワタシが誰か分かっていない様子の時点で、情報収集能力の不足と言う点で論外判定を出さざるを得ない。
ワタシの記憶が確かなら、舞踏会が始まった時に、ワタシの紹介はされていたはずだ。
「そ、そんな事を仰らずに。一曲。一曲だけで構いませんから……」
「いえ、無いです」
キャシーさんに顔を近づける男が吐いた息にアルコールを感じる。
景気づけにお酒でも飲んだのだろうか?
まあ、18歳なら飲酒は認められていたと思うので、それ自体は問題はない。
だが、酒臭い息の男性が素面の女性に近づくのは、それだけでもマイナス裁定ではなかろうか。
「~~~~~、~~~~~、~~~~~」
「お断りします」
その後も男はあれやこれやと言って、ワタシたちを誘って来るが、その悉くをキャシーさんがお断りしてくれる。
これがキャシーさんの役目であるけれど、後ろに立つワタシとしては実に楽な状態である。
しかし、これほどまでに固執する辺り……最初にしていた、街を治める子爵の息子と言う辺りから、ちょっと疑っても良い気がしてきたな。
息子までは本当でも、次男とか三男とか、家を継げない立場ではなかろうか?
なんか、そう言う思いで見ていると、胸元の目と男たちの目がやけによく合うようにも思えてきたな。
後、話をよく聞いていると、どことなく闇属性や、メクセル村や、女性そのものを馬鹿にしているような気もしてきた。
酒のせいで、箍でも緩んでいるのだろうか?
「このっ! 俺が誘っているんだぞ!」
ワタシが考察をしている間に、男の頭の方にまで酒と血が回ってきたのだろうか?
だんだんと語気が荒くなると共に、ワタシたちを見る目が険しくなってくる。
ついでに、ここは会場の中でもそこまで目立つ場所ではないのだが、それでも人目を惹きつつある。
ワタシとしては、ここら辺で引いておいた方が傷は浅くて済むぞと助言をしてあげたくなるところなのだけれど……。
取り巻きの方の目もいつの間にか険しくなりつつあるので、厳しそうだ。
「いいから来い! 一曲踊るだけだと……」
顔を真っ赤にした男がキャシーさんに向かって手を伸ばしてくる。
ワタシはその動きを以って、男が一線を越えたと判断。
男の背後に闇人間を出現させて、その腕を掴んで動きを止める。
「こ、この……こいつはいったい何だ!? 放しやがれ!?」
「まったく……」
ワタシとしては呆れる他ない。
手を出されたら、身を守るためにもワタシが動く他ないが、ワタシが動くとなったら、当然ながら騒ぎにはなる。
騒ぎになったのなら、此処は公爵家の屋敷なのだから……。
「おや、随分と酔っているようですね。よく冷えた水でも用意しましょうか?」
ヘルムス様がやってくるのは当然の事と言えた。
ただ、一つ想定外があった。
「誰……ヒュッ……」
「うわぁ……」
ヘルムス様は笑顔だった。
笑顔としか評しようのない、けれどどうしてか見ている者が悉く凍り付くような、能面のような笑みだった。
前世知識にある、笑顔とは本来攻撃的な物である。と言う言葉が脳裏をよぎって仕方がない顔だった。
どうやら、ヘルムス様は割と本気でお怒りのようである。
「あ……あっ……」
「誰か、警備の者をこちらへ。酩酊者が三名居るようですので、冷たい水とベッドを用意した休憩所へと案内するように」
男たちは既に顔面蒼白である。酔いなど覚め切っている事だろう。
だが、この場は公爵家主催の舞踏会。公爵家の三男がそう告げるのなら、それが事実。
そして、彼らとしても、この場は酔っていた事にした方が良い状況なのもまた確かな事。
「申し訳ありません! ただちに運びます!」
「ええ、お願いします」
「ほら、こっちだ。気分が悪くても吐くんじゃないぞ」
「ほら来い。いいから来るんだ」
とりあえず彼らは屋敷の奥へと運ばれていった。
まあ、この後については、ワタシが関わる事ではない。
怒られるだけで済むといいですねー、くらいの緩い気持ちで居させてもらおう。
「ミーメ嬢。大丈夫でしたか?」
「ワタシは大丈夫です。ワタシが手を出したのは最後だけで、会話はキャシーさんがしてくれていましたから。それでキャシーさんは……」
「わたくしもミーメさんに守っていただけたので大丈夫です。それよりもストリンさん、大丈夫ですか?」
「う、ウチも大丈夫です。はい。驚かされましたけど、それだけです。はい、本当に……」
ヘルムス様がワタシの手を握り、何処にも異常が無いかを見て回る。
その様子にキャシーさんは何処か呆れた様子を見せていて、男の動きに驚いたはずのストリンさんは今は何故かヘルムス様の方に驚いているようだった。
それと今気づいたのだが、ヘルムス様の後ろにはオイゲン様も居て、こちらもどうしてか呆れた様子を見せている。
ただ、呆れているのはキャシーさんとオイゲンの二人くらいなようで。
「なんて仲睦まじいお姿なのかしら」
「あんなに心配していただけるだなんて、女として羨ましいばかりね」
「メモしなきゃ。この場面をメモしておかなきゃ」
「ああ、ヘルムス様が幸せそうで本当に嬉しいわ……。やっぱりお二人はそうなのね……」
なんか、ご婦人方を中心に、周囲の人々はやけに盛り上がっているように思える。
うーん、これ、どう反応するのが正解なのだろう?
舞踏会と言う場に相応しくない魔術を使う事になって、ヘルムス様がそれを心配するのは当然なのだけれど、ワタシが触られてもいないのは事実だからなぁ。
ああでも、これだけは言えるか。
「ヘルムス様。心配して貰えるのは嬉しいですが、あんなのが何か出来るわけ無いじゃないですか」
「それは分かっています。ミーメ嬢の実力なら、何にもならないなど当然の事です。しかし、それと私が心配するかどうかはまた別の話で、確かめずにはいられないのですよ」
「そう言うものですか?」
「そう言うものです」
「「「~~~~~~~!」」」
言う事を間違えてしまったかもしれない。
なんか、周りのご婦人方の盛り上がりが増してしまったような気がするので。
ただ、チェックは終わったのか、手は繋いだままであるものの、ヘルムス様は少し距離を離してくれる。
「ヘルムス様」
「そうですね。少し静かな場へ参りましょうか。随分と騒がしくしてしまいましたから。次期スケルライト子爵は……ああ、戻ってきましたね。オイゲン、悪いが私は此処で離れる」
「分かった。例の物は後で届けさせるから安心してくれ」
「それでは参りましょうか、ミーメ嬢」
「分かりました。エスコートお願いします」
ワタシはヘルムス様に連れられて移動を始める。
向かった先は……湾内を一望できるバルコニーだった。