作品タイトル不明
164:『懺悔の魔女』 ※
王国歴516年、春の終わり。
陽が高くなりつつあると共に、夏の訪れを感じつつある頃。
我らがグロリアブレイド王国にて、一つの愚かな企みが露見する事となった。
首魁はイストフィフス侯爵領を治めるタイラート・フォン・イストフィフス。
タイラートは愚かにも陛下たち王族の殺害を企て、それを実行しようとするも失敗。
ならばと侯爵領全体での反乱を決行した。
タイラートによる反乱に対して、陛下は即座にタイラート討伐の命を下し、宮廷魔術師長『赤顔の魔術師』ジョーリィ・ウインスキーを指揮官として実行。
タイラートは己の業が招いた災いも相まって、死亡。
その他関係者も死亡または拘束された。
その後、本件を以って、イストフィフス侯爵領は廃絶される事となった。
此処より先は本件について後の時代で知った者への警句として残す。
本件を参考にする事は構わないが、前例にしてはならない。
今回の件は幾つもの奇貨とタイラートの愚行が重なった故に成立したことである。
一つに、タイラートの子供たちは誰も反乱に賛同せず、全員が王国の味方をする事を選んだ。
一つに、タイラートは聖アンザンシのレリックを密かに保有していたが、最も重要で強力なレリックであったスケアクロウゴーレム・ナンバーエイトは知性を有するゴーレムであり、このゴーレムはタイラートに味方する事を拒否した。
一つに、タイラートの三十年に及ぶ圧政に対して、侯爵領の民が解放を望んでいた。
など、王国が有利になるような点があまりにも多く存在していたのだ。
そして、これほど有利な形で本件が起こってなお、王国の騎士・魔術師・兵士・その他従軍者には少ないとは言えない数の死者と負傷者を出し、領都での決戦に至っては戦いに触発された魔物たちによるスタンピードも発生した。
この時のスタンピードは領都に対して全方位から魔物が襲い掛かると言うものであったが、特に危険だったのが、『ウミボウズ』と言う名前の魔物(命名は『闇軍の魔女』)である。
『ウミボウズ』は長年にわたるタイラートの圧政により生じた、家や船など比較にならないほどに大きな魔物であり、その身に秘める魔力はドラゴンに並ぶか、それ以上。
領都を一体で滅ぼすことも可能な魔物であった。
討伐は『闇軍の魔女』『船の魔術師』『石抱きの魔術師』『■■■■■(インクによって塗り潰されている)』に加えて、先述のスケアクロウゴーレム・ナンバーエイトも加わったものとなり、非常に激しい戦いを伴うものとなったが、辛うじて討伐には成功、消滅した。
本件によって期せずして分かった事がある。
人の道理に沿わぬ政を行えば、それは魔を呼び込み、災いを招く。
この言葉は、比喩ではなく純然たる事実であった。
どうか、二度と同じような事例が起きない事を望むばかりである。
■■■■■
サキは王都に向けて馬車で護送されていた。
共に行くのは馬車の御者のみの寂しい旅。
王都に着けば、サキは何処かの屋敷に軟禁され、二度と自らの意思で外に出る事は叶わなくなるだろう。
「ここで一度お降りください」
「……。分かりました」
馬車が止まる。
そこは何処かの領地の、村と村の間にある、薄暗い森の中だった。
サキは王都に着く前に事故で処分されるのかと、思いつつも馬車を降り、周囲を見渡す。
だが、何処からも殺意はなく、代わりに木の陰から現れたのは、何処にでも居そうな平凡な風体の男であり、その手には一本の封筒が握られていた。
「どうもこんにちは。まずはこちらを読んでください。『懺悔の魔女』サキ・イストフィフスさん」
「……!? 拝読させていただきます」
封筒に記されていたのはグロリアブレイド王家の紋。
中身はグロリアブレイド王国国王からの書状。
記されていたのは二つの選択肢。
一つは何事も無かったかのように馬車へと戻り、王都で軟禁されると共に、要請があった時にだけ力を貸すと言うもの。
もう一つはこの場で行方不明となり、ある程度の自由を得つつも、とある任務に就くと言うもの。
「……。正気ですか?」
示された任務の内容にサキは眩暈を覚えそうになった。
困難だからではない。
このような任務が許される事、そのものへの困惑だった。
「陛下は今の王国は貴重な機会を得ているとお考えです。しかし、機会を十全に生かす為には、相応の下準備も必要。そうする事で、少しでも被害を小さくしつつ、利益を大きくする事が可能となります」
「だからと言って、王都以外の領地を巡り、人魔問わず問題になりそうな事案に介入。解決せよとは……それも各領地の領主に話も通さずにとは……自治権の侵害と言われたら反論できないのでは?」
「だからこその極秘任務です。『懺悔の魔女』の名は宮廷魔術師の名簿には存在している。だが、何処で何をしているかは誰も知らない。誰にも命じられてはいない。と言う事です」
「……」
それは宮廷魔術師の仕事と言うよりは諜報部隊と称される者たちの仕事であった。
「陛下は貴方のこれまでを鑑みて、最も貴方の適性に沿った任務がこれであると考えました。賛同されるならば、どうぞこちらへ。今後の為に必要な物は準備してあります。拒否されるのならば御戻りを。命を奪ったりは致しません。そのような余力は王国にはございませんので」
「……」
サキは少しだけ周囲の様子を探り、目の前の男……諜報部隊の中でも上層部に属するであろう男の様子を探る。
『精神』属性の魔術すら使って、害意や反意が存在しないかを探る。
結果、少なくとも、目の前の男は嘘を吐いていないと言う結論を返す他なかった。
「私は『黒帳の魔女』様ほど優れた魔術師ではありません。あの方は一人でも多くの者を救えるように振る舞いましたが、私がするならば、もっと苛烈で、陰湿で、非合法な振る舞いが多くなるでしょう。それでも良いのですか?」
「それで王国に降りかかる、より大きな災いが祓われるならば構いません」
「陛下、王国、陛下の御子たちにも災いを招くかもしれませんが?」
「それもまた覚悟しての事。そして、その時には我らもまた全力で応じ、災いが届かぬようにするまでです」
サキは一歩、二歩と、森の中へと歩み始める。
馬車は人を乗せないままに走り出し、誰でもない男はサキの先を歩む。
「私には父の愚行をもっと早くに止められる可能性があった。しかし、私は自分の望みを叶えることを優先して止めなかった」
「それは存じませんでした。ですが、大した問題ではないでしょう。今の貴方には国を捨てても叶えたいほどの望みはない。違いますか?」
「……」
サキと男の姿が森の中へと消えていく。
「歓迎いたしましょう、『懺悔の魔女』。栄光の剣が及ばぬ地にも守護の瞳は届く。我々はその為にあるのですから」
「分かりました。協力させていただきます。この程度の事では罪滅ぼしになど、なりはしませんが」
そして後には何も残らなかった。