作品タイトル不明
新勧と奇妙な集団【一】
それから一週間、授業中は魂装の習得、放課後は一人ひたすら素振り――俺は、そんな充実した毎日を送っていた。
あれから何度もアイツと対峙しては、そのたびにこっぴどく負けた。
――でも、進歩が無いわけではない。
無敵と錯覚してしまうほどに強いアイツが、ここ数日たまに俺の斬撃を避けるようになった。
(だいたい百回に一回ぐらいだろうか……?)
自分でも「これはいいっ!」と思える斬撃を放てるときがある。
そのときに限って、アイツは必ず回避する。
最初は「気まぐれか?」とも思ったが、どうやらそうではないらしい。
いつもその丈夫な体で、全ての斬撃を受け止めるアイツだが……。
俺がいい斬撃を放ったときに限って、必ず回避行動をとるのだ。
(多分……無傷では済まないと判断してのことだろう)
そう思うと……嬉しかった。
胸が高鳴って、ワクワクした。
これまで斬れなかったものが、斬れるようになる。
成長を実感できる喜び。
この感覚はそう。
時の牢獄で、初めて少し空間を斬ったときのようだ。
(このまま修業を積めば、きっといつかアイツを打ち負かせるはず。そうなれば、俺も魂装を習得することができる……っ!)
そんな希望に胸を膨らませながら、自室の玄関口でリアを待っていると、
「お、お待たせーっ! ごめんね、アレン。ちょっと寝坊しちゃった……っ」
「大丈夫だよ。まだまだ時間もあるしね」
一限の開始まで、まだ後三十分もある。
この寮は千刃学院の中にあるため、最悪五分前にここを出れば間に合うから――時間的にはまだまだ余裕がある。
「……それより大丈夫? 最近、少し寝苦しそうだけど?」
魂装の授業を受け始めた頃からだろうか。
リアは最近寝付きが悪い。
それに一度眠り付いた後も、苦しそうな声を出したり、何度も寝返りを打ったりしていた。
俺が純粋に心配してそう問いかけると、
「……っ!? そ、その……あんまり寝顔は見ないで欲しいかなって……っ」
彼女は顔を真っ赤にして、 俯(うつむ) きながらそう言った。
「あっ、いや、ご、ごめん……っ」
年頃の女の子を相手に、今のは失言だったかもしれない……。
次に何と言うべきか困っていると、
「……へ、変な顔してなかった?」
リアはおそるおそると言った感じで、そう問いかけてきた。
「そ、それは大丈夫! いつも通り、綺麗な寝顔だったよ!」
「き、綺麗……っ。……あ、ありがとっ」
「ど、どういたしまして……?」
「……」
「……」
リアが黙り込み、つられるようにして俺も口を閉ざした。
「……」
「……」
何とも言えない微妙な空気が場を支配し、時計の秒針がカチカチと時を刻む音が嫌に大きく聞こえた。
(く、苦しい……っ。しかし、ここはこの空気を作り出した俺が、何とかしなくては……っ!)
(ど、どうしよう……。変な空気になっちゃった……っ!?)
それから俺は少し……いや、かなり強引だが、大きな声と勢いに任せて力技で突破を試みた。
「……そ、それじゃ行こうか!」
「え、えぇ……っ! そうねっ!」
リアが上手に乗ってくれたこともあって、無事に膠着状態を脱出することに成功した。
そうして俺たち二人は、妙に高いテンションを維持したまま、寮を飛び出したのだった。
その後、千刃学院の本校舎へ到着するとそこには、
「水泳部! 水泳部に入りませんかーっ!」
「剣術を極めたいそこのきみっ! 剣術部はいかがですかーっ!」
「速く走ろう、陸上部! 新入生のみんなっ! 陸上部に入って、一緒に『風』を感じないかっ!?」
競泳水着、道着、短パン――それぞれ部活動時の衣装を着た先輩たちが、大量のビラを配り回っていた。
「な、何これ……?」
「わ、私も知らないわ……」
俺とリアが唖然として、この異様な光景を眺めていると、
「おっ、きみ! いい体しているね! ぜひ柔道部に入らないかっ!?」
「わっ、綺麗な子! うちのチアリーディング部はどう!? 可愛い衣装がたっくさんあるわよっ!」
「そこのお二人さんっ! 山岳部はどうだっ!? 険しい山を登った先にある景色は、何ものにも代えられんぞっ!」
あっという間にたくさんの先輩たちに囲まれて、大量のビラを渡されてしまった。
「わ、わわわっ!? そ、その私は……っ!?」
「い、行こう、リア!」
俺はリアの手を引いて、本校舎に駆け出した。
どうやら彼らは校舎内での勧誘活動を禁止されているらしく、すぐさま次のターゲットへの攻撃を開始していた。
「ふぅ……」
「び、びっくりしたぁ……」
いつの間にか俺の制服のポケットには大量のビラがねじ込まれており、リアはリアで空いた左手にたくさんのビラを抱えていた。
「アレって……勧誘、だよな?」
「た、多分そうだと思う……」
そんな話をしながら俺たちは、自分たちの教室へと向かった。
そして一年A組の教室に入るとそこには、疲れ切った同級生の姿があった。
「み、みんな同じか……」
「どうやらそうみたいね……」
この疲弊具合から察するに、みんなも凄まじい勧誘にあったようだった。
俺とリアがいつもの席に着くと――斬鉄流の剣士テッサが、ゲッソリとした様子で話しかけてきた。
「よう、アレン……。お前もやられたか?」
「うん、少しだけどな……。そういうテッサも、かなりやられたみたいだな……」
彼の顔色は見るからに悪く、何よりもその机にこんもりと載せられたビラの量が壮絶な被害を物語っていた。
「へ、へへっ、凄ぇだろう? あのビラのほとんどは、柔道部の奴なんだぜ……? なんでも俺の体つきは、柔道に向いているんだとさ……」
テッサは自分の机を指差しながら、痛々しい笑顔で笑った。
「 あれ(・・) は、やばかったぜ……。いきなり柔道着を着た汗だくの先輩十人に囲まれてよ……。強烈な男くささとその迫力に何度も意識を失いかけた……」
「そ、それは大変だったな……」
そんな状況、想像するだけでも地獄だ……。
「なぁ、テッサ。この異常な勧誘はなんなんだ?」
「……ん? なんだ、アレン知らないのか? 今日から一週間は新勧――新入生勧誘期間だ」
「ご、五月に入ってから? 普通そういうのって、入学してすぐの四月とかじゃないのか?」
少なくともグラン剣術学院の新入生勧誘期間は四月だった。
「あぁ、普通の剣術学院ならそうだな。だが、五学院は特別だ。入学してからの一か月は、新入生が魂装の授業に集中できるよう、勧誘活動の一切を禁止しているんだよ」
「なるほど……。それで授業がひと段落する五月から、新勧が始まるというわけか……」
「そういうこった。これから一週間は登校時と下校時……後は昼休みもか。気の休まらねぇ毎日が続くからな……覚悟しておけよ」
そう言って彼は、柔道部の広告塔と化した自らの席に座った。
「これは大変だな……」
「そうね……。『五学院の新勧は凄い』って聞いたことがあったけど、まさかこれほどとは……」
それから少しすると、カラカラカラという控え目な音とともにA組の扉が開かれた。
同時に、ビラの塊がゆっくりと教室に侵入してきた。
誰かはわからないが、中々深刻な被害にあったようだ……。
塊はゆっくりとこちらへ近付き――俺の一つ前の席に全てのビラを置いた。
「……ぷは」
そこから顔を出したのは、ピンクがかった美しい銀髪を寝ぐせによってボサボサにしたローズだった。
朝に弱い彼女のことだ。
きっといつものようにフラフラと歩いていたら、あれよあれよという間にこうなったのだろう。
「おはよう、ローズ。……大変だったみたいだね」
「そのビラの量……。多分、このクラスで一番よ」
「……おはよ」
眠気がビラの 煩(わずら) わしさを凌駕しているのだろう。
彼女はいつも通りのアホ毛を生やしながら、大きな欠伸をした。
「ふわぁ……。新勧、凄いね……」
「そうだな、ビックリしたよ」
「とんでもない勢いだったわね」
「アレンとリアは、どの部に入るの?」
「うーん……。まだ何も決まってないな」
「私もまだ全然ね」
学生生活の醍醐味として、一応どこかの部に所属したいとは思っている。
だけど、まだどこにするかは全く決まっていない。
名前の響きから『剣術部』という部が、少し気になっているぐらいだ。
「私もまだ決まってない。放課後、一緒に見に行かない?」
「俺はもちろん構わないぞ」
「賛成、一緒に行きましょう!」
こうして俺たち三人は、放課後一緒に各部活動を見て回ることになった。
その後、一限から五限までレイア先生監督の元、みっちりと魂装の授業が行われた。
「ふぅ、今日もきつかったな……」
「魂装の授業って肉体的にというより、精神的に疲れるのよねぇ……」
「なんというか、気だるい感じ……」
そうして少しの間、自分たちの席で休憩を取った。
水を飲み、体を伸ばし、疲労が抜けて来たところで、
「さてと、それじゃ部活動を見て回るとするか」
「えぇ、そうしましょう」
「うん、行こう」
俺たちはA組の教室を後にした。
千刃学院の部活動については、三人ともほとんど何も知らなかったので、一度全ての部を回ることになった。
まずは本校舎の真ん前で活動していたチアリーディング部。
「ゴーゴーレッツゴーッ! 千・刃・学・院ッ! ウィー・アー・ザ・ベスト・ナンバーワン!」
お腹の底から出された力強い発声。
一糸乱れぬ完璧なダンス。
きっと凄い練習の結果なのだろう。
思わず拍手を送りたくなるほどのパフォーマンスだった。
(でも、少し気になるのが……露出の多さだ)
彼女たちの衣装は、背中と生足を惜しげも無く晒した非常に過激なものだった。
なんというか、凄く目のやり場に困る。
「ち、チア部はちょっとね……っ。その、衣装が……っ」
さすがにアレを着るのは恥ずかしかったのだろう。
リアは静かに首を横へ振っていた。
「そう……?」
一方のローズは大して気にしていないようだった。
(そう言えば、ローズは私服が派手だったな……)
初めて剣武祭で会った時、彼女はお腹から胸の下部までが完全に露出した上の服、下は黒のローライズホットパンツを着ていた。
(かなり露出の激しい姿だったので、目のやり場に困ったんだっけか……)
ローズ的には、これぐらいの衣装なら問題にならないのだろう。
それから俺たちは、水泳部を見に行った。
二十五メートルのレーンが七つ並ぶ屋外プール。
深さは最も浅いところでも三メートルを越えており、シュノーケリングや水の重みを利用したトレーニングなど様々な用途に使用される――と入学時に配られたパンフレットに書かれてあった。
「水泳かぁ……。昔、ゴザ村の川で 竹爺(たけじい) 」とよく競争したっけなぁ……」
ゴザ村の近くには大きな川がある。
川底が見えるほどに水が澄んでいて、夏はよく村のみんなで泳いだのを覚えている。
そこにはおいしい魚もいて、母さんと一緒に釣りをしたこともあったっけか……。
そんな昔のことを思い返していると、
「水泳部かぁ……。うん、楽しそうね!」
「悪くないと思う」
リアとローズはそんな感想を口にした。
それから少しの間、水泳部の活動を見させてもらったところで、そろそろ次の部へ移ろうかという空気になった。
「よし、それじゃ次の部を見に行こうか」
「えぇ、そうしましょう」
「うん」
こうして様々な部活動を一つ一つのぞいて行った俺たちは――最後に本命である剣術部へ訪れた。
「す、凄い数ね……っ」
「多い……」
剣術部の活動場所である体育館には、百名を越える部員がおり、全員が一心不乱に素振りをしていた。
確かに多い。
これまで見た部活の中で、間違いなく一番の部員数を誇っているだろう。
「「「せいっ! せいっ! せいっ!」」」
決められた掛け声とリズムで、百名以上が同時に素振りをするさまは――少し窮屈に見えてしまった。
「次っ! 三連打ちっ!」
「「「はいっ!」」」
体育館の中央に置かれた大太鼓が打ち鳴らされ、練習メニューが変わった。
「……う、うーん」
「なんか、ちょっとね……」
「うん、堅苦しい」
そう。
ローズの言う通り、この剣術部には『堅苦しさ』のようなものがあった。
(剣術はもっと自由で楽しくて、創意工夫の凝らされたものだと思う……)
剣術部の練習だから、メニューとして決められているから『やる』のではない。
自分がやりたいから、自分が強くなりたいから『やる』のだ。
剣術に対する考え方や姿勢が、俺とは少し違うような気がした。
「……とりあえず、一度教室に戻ろうか」
「そうね、ゆっくりと考えましょう」
「もう全部見たしね」
そうして俺たちがA組へ引き返そうとしたそのとき。
「あれ? 君、もしかしてアレンくんじゃないっ!?」
突然背後から、そんな声が掛かった。
さすがに無視するわけにいかないのでゆっくりと振り向くと、
「あっ、やっぱりそうだっ! うちに興味持ってくれたんだぁ、嬉しいなぁっ! ねぇねぇ、どうだった? うちの練習はっ!?」
体育館の中央で大太鼓を叩いていた女生徒が、こちらに走り寄ってきた。
「あっ、い、いえ……その……っ」
さすがに「ちょっと違うなと思いました」とは言えなかった。
「あっ、ごめん! 自己紹介がまだだったね! 私は剣術部の副部長――シルティ=ローゼット、よろしくね! アレン=ロードルくん!」
シルティ=ローゼット。
明るい茶髪にショートヘアの快活な女生徒だ。
クルリとした大きな丸い目。
少し日焼けした健康的で張りのある肌。
チラリと見える八重歯からは、なんというか 野性味(やせいみ) のようなものが感じられた。
「い、一年A組のアレン=ロードルです。よろしくお願いします」
そう言って俺が軽くお辞儀をすると――シルティ先輩は俺の右手をギュッと握り、ぶんぶんと元気よく握手し始めた。
「わぁ、凄い手だねっ!? いったいどれくらい剣を振るとこうなるのっ!?」
豆がつぶれて硬くなった俺の手を、彼女はキラキラとした目で見つめた。
「え、えーっと……五歳の頃から、ですかね」
「へぇ、ずいぶん小さい頃からだねっ! でも、十年でここまでなるかなぁ……?」
正確には『十数億年と十年』だけど……。
これを言い出すと面倒くさい話になるので、俺は苦笑いを浮かべたまま、コクリと頷いておいた。
「……うん、いいっ! やっぱりいいよ、アレンくん! ねぇねぇ、良かったら私と立ち会っていかない?」
「あー……。すみません、ちょっと今日はこれから用事がありまして……」
嘘ではない。
俺はこれからリアとローズと教室で、どの部がよかったかを話し合わなければならないのだ。
すると、
「……ねぇねぇ、良かったら私と立ち会っていかない?」
彼女はニッコリとした笑顔のまま、もう一度全く同じ言葉を繰り返した。
「い、いや、ですからその……っ!?」
俺がもう一度断ろうとすると、シルティ先輩はパチンと指を鳴らした。
その瞬間、体育館の出入り口が剣術部の部員によって封鎖されてしまった。
「し、シルティ、先輩……?」
「ごめんね……でも、 絶対に(・・・) 逃がさないよ。何と言ったって、せっかく見つけた逸材だからねぇ……っ」
そう言って彼女は、先ほどの元気いっぱいの純粋な笑顔から一転――大人の女性を思わせる妖艶な笑みを浮かべた。
(はぁ……)
俺は心の中で、大きなため息をついた。
どうやらまた、面倒なことに巻き込まれてしまったようだ……。