作品タイトル不明
転校生とクリスマス【十一】
久方ぶりに< 暴食の覇鬼(ゼオン) >を手にした俺は、その圧倒的な力の波動にゴクリと唾を飲み込んだ。
(相変わらず、とてつもないな……っ)
刀身も 柄(え) も 鍔(つば) も――何もかもが漆黒に染まった一振りの剣。
絶大な闇を強引に剣の形へ落とし込んだ、ただただ大きな力の塊。
(……体が軽い)
まるで羽が生えたかのようだ。
(それに体の奥底から、どんどん力が漲ってくる……っ!)
闇を放出していないと体が弾け飛んでしまう――そんな錯覚を覚えるほどに、次から次へと力が湧き上がってくる。
(さて、やるか……)
最初に狙うべきは、フェリス先輩だろう。
(さっきのように糸や鎖を使って、こちらの闇に干渉されては面倒だしな……)
そうして標的を定めた俺は、間合いを詰めるために軽く地面を蹴った。
一瞬にして視界が変わっていき――気付けば、フェリス先輩の背後に立っていた。
「「き、消えた……!?」」
リリム先輩とフェリス先輩は、驚愕の声をあげた。
この様子だとおそらく、俺の姿を見失ってしまったのだろう。
そんな中、
「――フェリス、後ろよ!」
唯一、俺の動きに反応した会長が素早く注意を飛ばした。
しかし、それはあまりに遅すぎた。
「――まずは一人目」
俺は黒剣の柄でフェリス先輩の後頭部を強く打ちつける。
「な、え……っ!?」
彼女はわけもわからないといった様子で、静かに意識を手放した。
そして続けざまにもう一度地面を蹴り、今度はリリム先輩の側面に立った。
「え、あ……っ!?」
状況を把握しきれていないのか、彼女は混乱した様子で立ち竦む。
「――二人目、ですね」
「リリム、避けなさい!」
会長の注意も虚しく、体重の乗った回し蹴りが彼女の脇腹を捉えた。
「か、は……っ!?」
リリム先輩はまるでボールの如く水平に飛び、本校舎の壁に全身を打ち付けた。
(す、少しやり過ぎたか……?)
気絶させる程度に軽く蹴ったつもりだったんだが……。
今の回し蹴りは、予想の数倍の威力があった。
(しまったな……。やっぱりまだこの状態では、力の加減がうまくできない……)
リリム先輩の怪我は、後でこっそり治療しておこう。
こうしてわずか数秒の間にフェリス先輩とリリム先輩の意識を刈り取った俺は、
「――さて、ようやくこれで一対一ですね」
最後の一人、シィ=アークストリアと対峙した。
「アレンくん、やっぱりあなた『いい性格』をしているわね……っ。まさかそれほどの力を隠していたなんて……っ」
「あはは、別に隠していたわけじゃありませんよ。ちょっと使うタイミングが無かっただけです」
「ふんっ、どうだか……っ」
会長はそう言って、ジト目でこちらを見つめた。
(よし、そろそろやるか……)
既にこの無茶苦茶な催しが始まってから、かなりの時間が経過している。
正直言って……さっきからリアのことが気になって仕方がない。
(本人には直接言えないけど、リアはポンコツだ……)
正面からの剣術勝負では圧倒的強さを誇るが、 搦(から) め手や不意打ちにとことん弱い。
(……万が一、ということもある)
急いで彼女の援護に向かった方がいいだろう。
そう判断した俺は黒剣をへその前に置き、正眼の構えを取った。
「それでは……行きますよ?」
「えぇ、来なさい。あなたとの決着は、今日ここで付けるわ!」
会長がそう言い切ると同時に、俺は一足で間合いを詰めた。
「――ハァ゛ッ!」
体重を乗せた袈裟切りを放つと、
「く……っ!」
彼女は真っ正面から、その一撃を受け止めた。
(なるほど、凄まじい技量だな……っ)
剣と剣がぶつかり合う瞬間――本来は最も力を込めねばならないその瞬間、会長は全身の力を抜いた。
腕から肩へ、肩から足へ、足から地面へ。
恐ろしいほど精密なボディコントロールで、黒剣の衝撃を全て地面へ流したのだ。
「――ふふっ、驚いたかしら?」
「えぇ、さすがですね。では、こういうのはどうでしょうか?」
俺は 鍔迫(つばぜ) り合いの状態から、
「一の太刀――飛影ッ!」
遠距離用の斬撃を強引に放った。
「ゼロ距離……!? きゃぁ……っ!?」
接触状態からの黒い斬撃。
会長は衝撃を受け止めきれず、大きく後ろへ吹き飛んだ。
(今が攻め時だ……っ!)
着地の隙を突くために、俺は一気に駆け出した。
「八の太刀――八咫烏ッ!」
「――『アークストリア』を舐めないで!」
会長はカッと目を見開き、八つの斬撃を全て受け流した。
襲い掛かる斬撃に自分の刀身を沿わせ、その方向を変化させていく――恐ろしいほど緻密な妙技だ。
(……しかし、妙だな)
彼女の動きは、あまりにも正確過ぎた。
あの反応速度は、シドーさんや 飛雷身(ひらいしん) を使ったイドラを上回っている。
まるで俺の斬撃がどこへ飛ぶのか、事前にわかっているかのようだった……。
(これは何かタネがあるな……)
そう判断した俺が周囲をつぶさに観察すると――すぐにその答えに行き着いた。
「なるほど、そういうことですか……」
「……なんのことかしら?」
一瞬だけ表情を強張らせた会長は、すぐに素知らぬふりをして小首を傾げた。
「驚きましたよ。まさかこんな風に水を使うなんて、さすがは会長ですね」
「……な、何をおかしなことを言っているのかしら?」
あくまでシラを切り通す彼女へ、
「――『水蒸気』ですよね?」
確たる証拠を叩き付ける。
「……っ」
ネタが看破されたことを察した彼女は、悔しそうに口をつぐんだ。
よくよく目を凝らせば――俺の周囲には薄っすらと水蒸気が漂っている。
これは全て彼女の能力で発生しており、いわば分身のようなもの。
(会長はこの水蒸気を通じて、俺の筋肉の動き、重心の場所、剣を放った角度を知ったんだろう……)
その情報から、こちらの次の動きを読み切り――さっきのような完璧な防御を披露した。
会長の 明晰(めいせき) な頭脳と研ぎ澄まされた剣術があってこその妙技だ。
しかし、仕組みさえわかってしまえば、それを破るのはそう難しくない。
「――さて、こういうのはどうでしょうか?」
俺は十本の闇を天高く伸ばし、それを一思いに校庭へ叩き付けた。
「なっ!?」
凄まじい轟音と共に土煙が巻き上がり、微細な土の粒子が水蒸気を吸収していく。
これで俺の動きを捉えることは不可能だ。
(そろそろ決めるか……っ!)
強く大地を蹴り付け、一呼吸のうちに会長へ肉薄する。
「桜華一刀流奥義―― 鏡桜斬(きょうおうざん) ッ!」
鏡合わせのように左右から四撃ずつ――目にも留まらぬ八つの斬撃が牙を 剥(む) く。
「は、速……ッ!?」
彼女は見事な反応速度と読みで四発を受け流しつつ、さらに三発を回避してみせたが……。
「きゃぁ……っ!?」
最後の一太刀が左肩へ深々と突き刺さった。
「……っ」
会長は苦悶の表情を浮かべ、大きく後ろへ跳び下がる。
(一見したところ、そう浅い傷ではないな……)
その証拠に彼女は左腕をだらりと垂らし、右腕一本で剣を構えている。
戦闘続行は……正直、厳しいだろう。
「……会長、このあたりで終わりにしませんか?」
片腕が使えない現状、このまま続けても苦しいだけだ
それならば、もう幕引きにしてしまった方がいい。
すると、
「……私は千刃学院の生徒会長、シィ=アークストリアよ! 同じ学院の――それも下級生の子には、絶対に負けられないわ!」
会長は首を横へ振って、その提案を拒絶した。
そして続けざまに、その美しい魂装を天高く掲げる。
「―― 水精の宴(アクア・フィースト) ッ!」
彼女がそう叫ぶと< 水精の女王(アクア・クイーン) >に内包された『鋼の水』が溢れ出し――巨大な一本の大剣が生まれた。
(……おそらく、ありったけの霊力を注ぎ込んでいるのだろう)
あの剣からは凄まじいほどの『圧』を感じる。
どうやら次の一撃で、勝負を決めるつもりのようだ。
「……認めましょう。悔しいけど、地力ではアレンくんの方が遥かに上を往くわ……っ」
彼女は強い闘志をその瞳に宿したまま、話を続ける。
「でもね、いくら鬼のように強いあなたでも、次の一撃を食らえばひとたまりも無いわ! ねぇアレンくん、あなたにこれを真っ正面から迎え撃つ勇気はあるかしら?」
……見え透いた挑発だ。
どうやらあの一撃には、よほどの自信があるらしい。
(はぁ……乗るしかない、よな……)
ただ『勝負に勝つ』ことが目的ならば、会長の攻撃は回避すべきだ。
(しかし、そうなると……このわがままな会長は絶対に納得しないだろうな)
さらに入念な計画を立てて、再戦を申し込んでくるに違いない。
『本当の意味で勝つ』ためには――彼女の全力の一撃を正面から突破し、完璧で完全な勝利を飾らなければならない。
「……いいでしょう。受けて立ちますよ」
俺が渋々会長の挑発に乗ると、
「ふふっ、そうこなくっちゃ……っ!」
彼女は好戦的な笑みを浮かべて、巨大化した魂装を握り締めた。
「行くわよ、アレンくん……ッ!」
「あぁ……来い!」
こうして俺と会長の最後の戦いが始まったのだった。