作品タイトル不明
626話:テリーの派兵1
夏の初め、テリーは戦場に立つために移動中だ。
そんな東の兵乱の裏には、犯罪者ギルドを作った組織シャーイーがいる。
シャーイーの後ろ盾は国で、さらに武器を供給する鉱山国が同盟相手としてついてた。
だからテリーを優位にさせるためにも、その鉱山国の鉱山を一つハリオラータに破壊してもらったんだけど。
その際に、シャーイー側からハリオラータに、第二皇子の誘拐の手伝いを持ちかけられた。
すでに兵乱のため動いてるシャーイーに、第二皇子誘拐なんて危険のほうが大きい。
だったら依頼者がいるかもしれないから、情報を得るため新たにマギナを出獄させた。
「さて、言い訳は後回しだ」
僕は屋敷に戻って、そう嘯いた。
マギナの出獄は独断で、後から絶対問題になる。
けど同行してたヘルコフとイクトは、あまり気にしてはいないようだ。
「ハリオラータに教えるってことは、ルキウサリアにも筒抜けでしょう。殿下秘蔵の知識なら、あちらさんも文句引っ込めますって」
「しかしテスタ老にお教えになった折は、塩の粒の作り方のみ。差し支えなければ、何故あの時には教えなかったのか理由があればお聞きしたい」
錬金術部屋には僕たちだけ。
まだ午後まで時間あるし、ハリオラータの呼び出しで午前はキャンセルにしたから、話す時間はある。
「予想はつくし、その予想に沿って実証はできそうだけど、説明ができないからだね」
僕が塩でやったのは、電気分解と化合の実験。
塩という物質を、分子にわけて再構成する。
前世の理科では、分子は原子同士が繋がって形成されると習う。
その原子同士が繋がるには、電子の腕という結びつきが必要になり、この腕には数に限りがあった。
(前世に沿って構いませんので、説明を求む)
セフィラが前世関係での説明を求めて声にならない声で聞いてきた。
(例えば水を形作る水素。この分子を前世では、水素原子二つと酸素一つで構成されてると習ったんだ。水素に電子の腕は一つずつ、酸素には二つ。これが手を繋ぐようにくっつくことで、分子として自然界に安定して存在するってね)
これで何が言いたいかというと、原子同士が繋ぎ合わせるための腕には、原子ごとに限界がある点。
水素は一つしかない腕を酸素と結合してしまえば、他の原子とくっつくことはない。
わけるためには分解が必要だ。
そして別のものとくっつける化合を行うことで、違うものにも同じ物にもできた。
そしてこの世界では、分解と化合を経ると、何故か魔力が塩に含まれるんだ。
水溶液から自然に固めた時にはならなかったのに。
(それに昔、塩の結晶を作る実験してたでしょ。あの時、魔法で作った水では、綺麗な形の結晶はできなかった。つまり、結晶の生成、分子の形成において、何かが電子の腕の間に入り込んで、繋がらせなかったことが考えられる)
(想定を理解。原子、分子という考えと性質により、主人は原子が分子となる際に、阻害する何かがあると仮定。そのために、分解からの化合によって、再結晶化。結晶化を邪魔する余分なものを排除する行程を試行したと推測)
セフィラはけっこう理科を理解してくれるから説明が楽だなぁ。
(そう、ところが結果は塩の魔石の誕生だ。ここでまた、前世の知識。分子の結合には、相性や安定性によって、繋がりやすい原子がある。けど、そこに圧や熱を加えて変質させる実験手法があった。これは環境によって、分子は安定する形が変わるからだ)
わかりやすいのは酸素。
酸素原子が二つ結合してるのが、地上での安定的な形だ。
けど、これが成層圏という地表とは全く違う環境にあると、オゾンとなって酸素原子が三つ結合する。
原子がどう結合して、なんという物質になるかは、条件次第ってわけだ。
(たぶん、食塩水を分解して化合させた時に、何かの条件が合致した。だから魔力が含まれた。これは、酸素が本来二つであるはずの原子が、条件次第で三つくっついてオゾンになるような、自然状態では起きない変化があったと思ってる)
(そうした前提を語るためには、前世の科学なる力を語らねばならないため、説明ができないことを理解)
そう、原子も分子もこの世界じゃ未発見だ。
過去の錬金術師が、目のピントを調整する道具は作ってた。
単純に小さな穴を覗き込むだけのものだけど、顕微鏡の原型と言える設計思想の代物。
ただ、それでもまだ分子は見えない。
葉脈が見えるかどうかだ。
だから現状、証明もできなければ説明もできない。
けど、やればできるし、条件を探す作業をすることもできるから、実証はできる。
「僕よりも実験や論理立てに実績のあるテスタにやってもらえれば、それが良かったから、テスタには僕のやり方なんて雑音は聞かせなかったんだけど」
たぶん塩の結晶の生成を阻んだのは魔力、もしくは魔素と呼ばれるこの世界独特の力。
考えてみれば、人間は酸素を取り込んでエネルギーにしてるんだ。
魔素だって取り込んで体の中で魔力っていう使える形に変化させて、人が使ってる可能性はある。
つまり、この世界に当たり前に魔素という、前世には存在しなかった原子が存在する。
それが魔力の水を使っての塩の結晶作りを阻害し、分解することで原子的な魔素に変化、何かしら化合可能な形になったんだろう。
そしてまた塩に戻した時には、魔力を含んだ結晶、魔石になっていたという結果になる。
元から結晶化を阻害していたと思えば、塩の魔石が粒以上に大きくならないのも同じ。
魔力を含んだことで、結合に必要な腕が足りなくなった。
魔素が結合に使うはずの腕を埋めていると考えられる。
「説明できないものを、どのようにハリオラータに伝授するのか疑問」
セフィラが今度は声に出して聞いた。
ヘルコフとイクトは、僕が説明できないって時点で追及は諦めてる。
そもそも説明してもいまいちなことも多いから、聞くならウェアレルが帰って来てからのつもりだろう。
「まぁ、仮定として、第一物質と、第二物質っていう説明をするかな。その辺り、魔法関連でも議論されるっぽいし。理屈よりも感覚で魔法使う様子もあるし。法則があるっていうことを飲み込んでくれれば、理解できるんじゃないかなって」
うん、原子を第一物質、分子を第二物質にたとえるとか今考えた。
実は見切り発車だ。
だってあの時はとっさに、確実に釣れる話題を選んだだけだったし。
実際釣れたからには、考えないといけない。
けっこう感覚的なハリオラータのカティは、飛ぶような魔法もそれで使ってるらしい。
どうやってるのか聞いたら、なんかできるようになったと言うし、他のハリオラータはできないんだとか。
カティ自身どうやってるのか説明できないから、再現性がない。
それでもカティが使う限りは安定して発動できる魔法になってる。
だったら、魔石の実験も同じことできそうな気がしてくるんだよね。
「ま、なんとかしてみよう。ハリオラータがきちんと働いてくれるなら、それくらいは」
だってテリーの安全には代えられないんだ。
僕は伝声装置のほうへ向かいつつ、今日の動きを口にする。
「で、これからテリーに忠告のために連絡を取るよ」
「それは、どう知ったと聞かれるのでは?」
イクトがちょっと困った様子で確認するけど、それはそうだ。
何せテリーの安全上の大問題。
だからこそ、僕も違法な方法で知りましたとは言えない。
「誤魔化すつもりだけど、何かいい言い訳ある?」
聞けばヘルコフが牙を剥くように笑って見せた。
「そこは素直に、弟殿下が心配で、兵乱の裏にいる犯罪組織を警戒しててと言っちゃどうです?」
「うーん、誤魔化されてくれるかな? 余計なことに気づいちゃわない?」
たとえば、僕がファーキン組やハリオラータの壊滅に噛んでるとか。
たぶん父の耳に入れば、一発でシャーイー探ってたの、テリーのためだけじゃないだろうって詰めてくる。
けど犯罪組織なんて、いらないと思うんだよ?
定期的に兵乱起こして、傭兵や武器を輸出してお金を稼ぐ人たちなんて。
しかもシャーイーはそんな国の方針に乗って、犯罪を犯してでも戦火を起こすような集団だ。
国は無理でもシャーイー潰して鈍化させ、何処かに綻び見つけて突くことをしたい。
「これでも大人しいほうなのがなぁ」
ヘルコフがぼやくと、イクトが諦めたように呟く。
「自ら赴かれないだけまだましということだろう」
僕をなんだと思ってるのかな?
アズロスとして偽装してても、第一皇子として来てるんだから、その辺の分別はあるつもりなんだけど?
「さすがに今回は状況が違うのわかってるよ。帝国に戻るならまだ言い訳も立てられた。けどルキウサリアを勝手に出て、他国へ足を延ばしてまで兵乱に首を突っ込むなんて、どうやっても取り繕えない」
迷惑の規模が大きすぎるし、僕の独断となればさらに追及も対処しないといけなくなる。
ソティリオスが誘拐された時は、ルキウサリアもユーラシオン公爵も味方にできたからことなきを得ただけだ。
さすがに今回、責任問題の飛び火がひどくなることはわかる。
ただそうは思っても、確かに自分でとは考えなくもなくて…………。
うん、つき合いの長い側近には、そういう本音を読まれてるのかもしれなかった。