作品タイトル不明
559話:精霊と錬金炉4
今度はジョーに縋られそうになったけど、放って学園へ向かうことにした。
けど出る直前、ステファノ先輩が声をかけてくる。
「あ、錬金炉を新しく作るって聞いたんだぁ。だったら、最初から低温しか出ないように作れない? 低温できるけど、加減難しいでしょー」
「それはまた、絵具づくりですか? 今よりも簡単にか、それともさらに低温で?」
「もちろーん。できれば両方かなぁ」
「そっちは新しく作るよりも、今あるものの改良のほうが早いですね。一度技師のほうに、いえ、イデスに言ってみてください。技師の技術をこの冬から学び始める予定なので」
ステファノ先輩は気軽に応じて、それ以上は引き留めず。
僕はまた皇子の姿で王城を出て、それから寮を経由して登校した。
ウェアレルは残って、ジョーたちが何をするかを監督する。
その後、切りのいいところで学園へ向かうと言った。
「あれ、誰もいない?」
教室は無人だけど、クラスメイトたちの勉強道具は置いてある。
(実験室にいます)
セフィラが言うには、どうやら先に移動してしまったらしい。
僕が実験室のほうへ向かうと、エフィの慌てた声が聞こえた。
「待てまて! 落ち着け! どうなるかもわからないことを思いつきでやろうとするな」
「えー? やってみたことないけど、爆発とかはしないだろ? だったらやっていいだろ」
よく考えていない風のネヴロフに、イルメまで賛同する。
「探求を蔑ろにするのはいただけないわ。慎重さも大事だけれど、推測もできないなら一歩を踏み出す場面じゃないかしら」
「うーん、ネヴロフの思いつきと、イルメの精霊狂いが噛み合っちゃったなぁ」
止めようとするエフィからも一歩引いて、ラトラスが様子を見るらしい。
ウー・ヤーも一歩引いてるけど、推奨姿勢のようだ。
「実際、今まで何をしても失敗すれば消えるだけだ。ひどいことにはならないだろう」
声からして、実験室にクラスメイトたちは揃ってる。
けどエフィだけが何か実験に関して反対してた。
何をそんなに焦ってるんだろう?
僕は一回ノックしてから入る。
「廊下まで聞こえてたけど、何をしようとしてるの?」
「アズ! よし、アズにまず説明してから考える。だから、すぐにその錬金炉から離れろ」
エフィが僕を言い訳に、はやるクラスメイトを錬金炉から遠ざけた。
そして焦ってたのは、どうやら青トカゲのいる錬金炉に何かしようとしてたかららしい。
一応実験台に付随する椅子に座って、腰を落ち着け話を聞く姿勢を取ってみせる。
するとすぐにネヴロフが僕の側にやって来て、思いつくままに話し出した。
「えーと、最初なんの話だっけ? あ、ウー・ヤーと錬金炉の大型化って難しいのかって話だったよな?」
振られたウー・ヤーは、技師の工房でそんな話が出たということを教えてくれる。
「自分たちの改造案について相談した時に、内容全てを一から変えるよりも、既存のものを変更することで、問題点や改良点を探して応用するほうがいいと言われたんだ」
技師の大親方って、けっこう堅実なようだ。
そこにラトラスが話の流れを補足する。
「それで、俺もトリエラ先輩に食品用の錬金炉の扱いを教えた後でさ、その時に言われたんだ。ちょっと時を戻して、味の落ちた食材を錬金炉で戻せないのかって」
「構造が時を進めるという話からの発想よね。クーラは錬金術で炉を造るのなら、どれくらいの火力が出せるのか気にしてたわ。これは竜人なりの拘りかしら?」
イルメもそんな話をしたらしいけど、けっこう錬金術科は女子が仲いいな。
そして火力はともかく、残念だけどトリエラ先輩の案はできる気がしない。
前世の大学で相対性理論について説明された時に聞いた話だ。
タイムスリップは前世の理論上できる。
けど時間の遡行、タイムトラベルは全く別の理論が必要で、前世では実現不可能だとか。
(伸びた髪を切ったとして、その髪がもう一度伸びることはあっても、切った髪が頭皮に繋がることはないのと一緒。髪の成長に関しての促進剤は作れても、すでに切り離された髪を切る前に戻すために未来にできることはない)
僕はガンガン手を熱くしてくるセフィラに、簡単に説明した。
前世でタイムスリップの話になったのは、相対性理論がどうとかって説明の上でだったと思うけど、僕には相対性理論を説明する自信はない。
前世での説明も、電車とかエレベーターとかを例示してのものだったしね。
あとここは魔法があるから可能ってこともあり得るし、変に言い切ることもできないんだ。
(うん? けどこの世界なら、魔法で他の…………?)
僕の思考を読んだセフィラが、さらに掌に熱を当てる。
ちょっと頭をよぎっただけの案さえ、説明しろだなんて。
(いや、テスタに生理食塩水教えたでしょ。あれ、病原の培養にも使えるけど、温度管理が必要だったはず。そうすることで目当ての病気の元を増やして、研究しやすくするんだ)
この世界にも、培養の考えはあった。
というか、民間伝承にあったのをテスタが実用化してた。
病を調べるためにその原因となったものを調査、検証する。
そのために疾患部位の保存だとか、原因となるものを特定するためにあえて培養して観察しやすくするとかね。
けど使ってたのは、ジャガイモのスライスだった。
埃やカビといった雑菌が入りやすい状態で、必ずしも培養に成功するわけじゃない。
他には水溶液中で培養する形だけど、やっぱり同じ問題が発生してた。
(前世でもっといいのあったはずだけど、僕も専門じゃないから、何使ってたか知らないんだよ。けど、温度管理をしてたのは確かだ。だから、温度管理というか、低温とか一定環境下に整えられる入れ物あったら使えるんじゃないかなって)
(…………該当あり。ホムンクルス)
セフィラが堪らず囁く。
イルメを見るけど、僕と離れて座ってるから聞こえてなかったようだ。
(ホムンクルスって、封印図書館の? あれは造るための大本の技術が伝えられてなくて、残ってるのは実物と実際に使っていた培養槽…………あ)
造れるかもしれない案が思い浮かんじゃった。
別に温度管理を炉にしなくてもいいんだ。
というか炉って言う火を入れる前提の構造物だと不都合もある。
だったら今度は、水を前提に考えた容れ物のほうが低温には合ってる。
そう考えると培養槽をモデルに、錬金炉に似た…………錬金槽?
(食用に使えるかはまた別の話になるけど、反応の遅延や、観察環境の安定を目的に器具を考えるのはあり、か)
うるさいセフィラには構想だけを許可して、僕は話を切り上げた。
色々錬金炉の方向性や要望について話して、エフィが僕を見る。
「それで俺も、錬金炉の時を進める効果を、もっとひと月くらいの短い分割にできないかとは言った。言ったんだがな?」
錬金炉は季節が一巡するのがデフォルトだ。
つまり一年時間が進む。
もっと短いスパンでの促進は、完全に経験則による手動の調整だった。
僕もお酒の熟成に失敗して酢にしたことがあるくらい、微妙な調整なんだよね。
炉の機構として、メモリでもつけられたら確かに改良としてはありだ。
「なんでそういう話からいきなり、イルメが経過観察してる精霊の元みたいな靄を、錬金炉に放り込むなんて話になったんだ?」
エフィが言うのは確かにそう。
「なんでそうなったのかも気になるけど、まずその触れもしない靄、どうやって入れるの? たぶんフラスコごと入れたら、フラスコが割れるよ」
考えてなかったらしく、ネヴロフとイルメはフラスコを見下ろす。
そもそも漂うだけで出ない靄は、さかさまにしても同じだ。
そして無理に出しても消えてしまうので、セフィラのように意志を持って出てくる以外に取り出す必要もない。
錬金炉の中には内側の皿があるけど、そこに出すのがまず問題だ。
クラスメイトが考え込んでる内に、僕は立ち上がって実験器具を取り出した。
「まずは別の容器に移すところから考えたら?」
そう言ってビーカーを出しつつ、実際はセフィラに言って吸い寄せてもらって移動の手助けをする。
さらに青トカゲのいる錬金炉とは別の錬金炉に誘導した。
「ともかく入れて、一巡だけね。そもそも密閉してないと消えるから、錬金炉内部から消える可能性高いけど」
炉の準備をしてから、ビーカーの中の靄を四苦八苦して炉の中にだす。
そして待つことしばし。
炉の入り口を開けると、予想外に靄は消えてなかったけど、変化なし。
そこから季節のひと巡りずつ手動の勘を頼りに進めて行って、様子を見ながら少しずつ消えて来てるのを確認した。
もうだめかと思った十六回目。
「え…………赤い?」
何故かそれまで変化のなかった靄は、赤く色を変えている。
さらに不穏なことに、視界の端で錬金炉の陰から青トカゲが嬉しそうに目を輝かせてる姿が見えたのだった。