軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話107:メンス

ルキウサリアで、第一皇子殿下の屋敷に滞在し始めてから五日が経つ。

不意にこれは従僕でも学友でもしたことがない作業だと気づいて、つい溜め息が漏れた。

すると聞き留めた人々が一斉にこちらを見る。

と言っても、宮殿にいた時よりも格段に少なく、侍女、侍女見習い、財務官、宮中警護、家庭教師が各一名しかいない。

従僕である私も含めて六名で錬金術をするための部屋の片づけをしていたのだ。

「メンス、何か困ったことでもあったか? って言っても、俺に教えられることなんて多くはないがな」

そう言うのは赤い熊の獣人の家庭教師で、元軍人で特に身分のない平民。

さらにはロムルーシの生まれで帝国に移住している形だが、所帯は持ってない。

貴族社会からすればどこの馬の骨と言われるが、皇帝陛下が軍人をしていた時の上官で、個人的な信頼は大変厚い。

嫡子と認められなかった第一皇子殿下のお側にと思う、最良の人選だったのだろう。

「ではお言葉に甘えて。九尾の貴人という対応の難しい方がおいでであり、そのために新たな錬金術を模索していらっしゃるという認識でよろしいでしょうか?」

聞いたものの、全員が答えに窮する。

家庭教師は赤い毛におおわれた手で近くの宮中警護を叩いた。

テリー殿下とも顔見知りだという宮中警護は、爵位を持つものの、やはり他国出身の海人であり、伝手も財もないという平民とあまり変わらない立場。

ここに来て知ったのは、やはり皇帝陛下が以前からの知人であったことと、その腕一本で貴族にまでなった、この時代に珍しい経歴の人であることくらい。

「アーシャ殿下のお考えを、私が推し量れるほど浅くはない」

「逃げんな」

宮中警護の言葉に家庭教師が小さく咎める。

そうして私の問いに誰も答えられない様子に、財務官がとり成すように口を開いた。

「第一皇子殿下のお考えとしては、第一に錬金術ですので、この星と地脈を書き出すのもそのためであるのではないかと」

財務官もまた平民の出で、年少である私にも対応は丁寧だ。

官吏としての登用試験に合格できるだけの知識層で、血筋を辿ればエルフの帝国貴族に当たるため、職務上の対応として私を使用人扱いでもいいのだけれど。

この人もここに来て知ったのは、見てわかるエルフの特徴がある割に、能力は人間準拠であることくらいだ。

テリー殿下の学友から降りて従僕となり、ルキウサリアに滞在は想定していたため、調べられる程度には第一皇子殿下の周囲については調べた。

その中でこの財務官は左遷も同然に送り込まれたはずだったが、実際見ていれば、完全に第一皇子殿下から錬金術を教わることを望んでいる。

テリー殿下からも時折第一皇子殿下の手伝いを担っていたというのだから、わからない人だ。

「ご主人さまは、とても賢い方で、それゆえに、説明の難しいことを色々と考えておられるんです」

第一皇子殿下と同じ年齢だという侍女見習いは、伯爵令嬢だが、実家は先細りだ。

当主の素行がよろしくないし、政治に興味がなく財産を食いつぶしてる状態にある。

やはりこうして直接接して知ったのは、錬金術で作った薬によって第一皇子殿下に助けられたという経歴。

以前から侍女である姉を通じて錬金術を教えられ、今ではテリー殿下よりも錬金術をしているのではないだろうか?

「ご主人さまがなさっていることはいずれ形になります。しない場合は相応の理由があってこそ。知りたいと思うのであれば、自ら教えを請う以外にはありません」

そう教えるのは侍女で、宮殿には良くいた無表情な美人。

けれどこの方は性格的なものらしく、妹と第一皇子殿下のみに表情を緩める。

私も特に微笑まれたことはないが、必要なことは教えてくれるし、気回しもしてくれるので頼れる方だ。

とは言え、この中で一番私の行動を監視してもいる方だから、今も本気で錬金術をする気がないのなら深入りするなと釘を刺されたんだろう。

私が一年で離れ、テリー殿下の下へ戻ることを前提にしているようだ。

「こうして、理由を語られることなく指示されるのは、よくあることですか?」

聞いたら揃って否定した上で、宮中警護と財務官が補足する。

「あの方はできると言えばできてしまう。そう口にされる時には実行される時だ」

「ただこうして人手が必要な時にお声かけいただくこともありますが、珍しいですね」

前準備のような現状は珍しいという内容だが、何やら言葉に違いがある。

宮中警護のほうが確信的で、何かしら知っているのだろうと思えた。

こういう機微はテリー殿下のお側にいる内に、なんとなく察せられるようになったものだ。

父からも、第一皇子殿下は常に秘密を抱えているとは言われていた。

そして周囲はそれに従って口を閉ざしているとも。

ギリギリ、もしくはばれるようなことがあるまで黙っているのだとか。

「学園で行っていることの内容などをお聞きには?」

「その点は、カウリオ先生が担っておいでです」

「でも、ご主人さまは錬金術科の教師の方を越えると言われてるとか」

侍女姉妹が第一皇子殿下の話題で笑みを交わす。

考えてみれば、この謎の情報のまとめは第一皇子殿下個人で、学園は関係ないのかもしれない。

そうなるとテリー殿下のためにいる私の管轄でもない、とは思う。

ただ、テリー殿下はたぶんこういうことを知りたいのだろうな。

「おいおい、眉間に皺よってるぞ」

「すみません」

家庭教師に言われて表情を消すが、家庭教師は子供扱いで様子を窺ってくる。

若年でも宮廷に上がる許可を得た貴族子弟にその反応はどうなんだ?

いや、この数日で、すでに私では手に余るという実感は嫌でもある。

子供扱いをされても仕方ないと思えてしまうのが、正直情けなかった。

けれどここでの生活が、あまりにも常識外れだということもわかっている。

錬金術を抜きにしても、騎士も文官も放置でずっと動き回ってるような形が何故容認されているのか。

そんなことを考えていると、侍女見習いが気づかわし気に声をかけて来た。

「ご主人さまはあれこれ命じられる方ではないので、あまり気にせず」

「必要であればこうして声をかけられるので、それまでは慣れることを優先しましょう」

財務官も、どちらも善意からの声かけだ。

宮殿では子供相手でも利用を前提に対応される。

けれどここにいる人たちは対応こそ様々だがそうした作為はない。

ただ内容は首を傾げるばかりの異常が常態化している表れだ。

そもそも主人の意向を気にしていない上に、特に対策も取っていないのが不安すぎる。

第一皇子殿下のために動くつもりはありながら、先んじようとしないのは何故だろう?

仕えるのであれば、意図を汲むためにも主人の求める先を把握するものでは?

「あまり考えすぎても答えなどない。その辺り父君からは言われていないのか?」

宮中警護の質問に、父から比較的顔を合わせると聞いていたのを思い出す。

「答えがないとは? 第一皇子殿下は大変多岐にわたり活動をなさっている様子。支えるには知る必要があると思います」

そもそもこの留学は、左翼棟のような狭い範囲の話には収まらない。

手回しや調整が必要になるはずなのに、この数日そんなことはされていない。

九尾の貴人というイレギュラーのせいかもしれないが、いつ手回ししたのか王城へ行き、予定を変えてと確かに動いているのに、まるで予定など最初から組んでいないような動きだ。

学園内でも九尾の貴人の対応をしているというし、そちらで手回しはされているのか。

屋敷で待機ばかりの騎士が第一皇子殿下を警護する動きもないことが腑に落ちない私に、侍女は当たり前のように答えた。

「全てご主人さまの望むままに。多岐にわたる活動に、ご主人さまの思案の内でおさまるだけの話です」

「それはつまり…………誰にも相談もなく?」

揃って頷かれて絶句する。

私が聞いただけで転輪馬、天の道、帝国との共同で秘された錬金術と思しき技術か研究が三つほどある。

さらに錬金法という新たな魔法の考案、ゴーレムの解明、ハリオラータへの対応、学園生活もあるのだ。

一人で考えて実行など不可能としか思えない。

そもそもそれだけの場に向かうのに、騎士は何をしているのか。

私が知る限り何も知らない様子であるし、考えてみれば王城への随行さえない。

指示を出すにも計画を立てるにも、本来なら一つの事案に相談や打ち合わせる人員が必要だが、それがそもそもされていない?

そこまで考えて、私は侍女の言葉にさらに埒外なことを言っていたことに気づく。

「思案の、内? まさか、書付や計画書もなく?」

また揃って頷かれ、いっそ納得もした。

あまりにも膨大な活動内容であるにもかかわらず、宮殿でも第一皇子殿下の活動を知る者はほとんどいない。

ルキウサリアに滞在してみれば、屋敷に出入りする文官ですら、ただ留学しているだけだと思っている者もいた。

あまりに第一皇子殿下のことを把握できていないのは、軽視されているためかと。

それと同時に、そこまで隠しきれるものなのかと思っていたが、理由は痕跡を残さないせいだった。

「どなたか、助言などは?」

返ってきた答えは二、三、未経験のことや制度方面に関してのみというもの。

あとは自ら考えの内で答えを出して、行動に必要な道筋を立てて実行する。

実行、してしまえているらしい。

姿も見えない指南役でもいるような、と思ってしまうのは私が幼く能力が足りないせいだろうか。

ありえないけれど、相談役でもいなければ一人でやれるとは思えない。

テリー殿下から聞かされていた優秀さを、特に疑ってもいなかったが、完全に予想以上だ。

せめて私にもわかる形でその優秀さを学ばせてほしいものだった。