軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話105:ウェアレル

学園の魔法学科が教室を並べる廊下。

そこに見慣れた黒地に白い斑点のユキヒョウの獣人がいた。

腕には魔法術式の構成文章の文例集が抱えられている。

「や、ウィー。今日はもう帰り?」

「イール。お疲れさまです」

「んふ、やっぱりその喋り方慣れないなぁ」

「もう二年目ですよ。いい加減慣れてください」

十年以上前に共に学んでいた同輩は、学生時代の腐れ縁。

卒業後教師をやっていた時も、イールとニールの双子たちとは共にいた。

口調を変えたのは帝都へ行ってからで、貴族とやり取りするために身に着けたのだ。

だから戻ってからからかわれたが、私は今も第一皇子であるアーシャさまに仕えている。

今さら口調を戻す気はない。

「そちらは、今から研究室ですか?」

「そうそう。ヴィーのところの子が覚えててくれたハリオラータの術式の解析」

「そんなにかかります?」

思わず聞くと、イールに牙をちらつかせて軽く威嚇された。

「すみません。能力を疑ったわけではないんです」

ただ、比較対象が悪かったのだ。

アーシャさまとセフィラは、すでに対処できてるというのがおかしいくらいだった。

同僚たちから聞いた限りでは、セフィラからすると隠蔽のための術がこめられすぎて、不自然に何もないように感じる術式だという。

それでわかってしまう状態であるため、急いで解析する必要ももうない。

そうでなくても姿を消す方法は、アーシャさまが宮殿に住まう幼い時から自ら考案していた。

イールに提供した術式はすでにその用途を解析し、袖周辺は術本体を滞りなく動かすための補助と見抜いている。

その上で縫製と布面積から背中が術の本体であろうという当たりもつけていた。

「全体じゃなくて一部だから、どういう仕組みかをまず想定しなくちゃいけないんだ」

「はい、そうですね」

説明はわかる。

術式を解析するために必要な手順もあるのだと知っていた。

そしてイールが間違っていないことも理解している。

前提条件が、やったことがある認識を阻害する方法からの逆算であるアーシャさまとセフィラが特殊だということも。

私は大人しく聞いてけれど、そこに激しい足音が近づいていた。

姿は見えなくても、私とイールの耳なら足の向く方向がわかる。

さらに人を捜す声も確かに届いた。

「九尾の方! 何処かに九尾の方はいらっしゃらないか!?」

九尾とは私たちが在学中、そして卒業の際に呼ばれていたあだ名だ。

魔法学科の中で尾のある種族九人が優秀な成績を収めていたことに由来した。

それと同時に、本来なら全属性を前提にした学科を終業したことへの畏怖と呆れだ。

私はまだ風と雷を使えるが、隣のイールは獣人という種族のため身体強化しか使えないので、魔法は道具で代用するという荒業でこなした。

超人と呼ばれた獣人に関しては、獣人の中でも並外れた身体能力も加わって、魔法を越える現象を起こすこともしばしばだったのはもう思い出したくない。

他にも竜人や海人の血を引く者がおり、誰も相当な力技をこなして卒業している。

「九尾を指名って、ヨトシペが何かした?」

「あーしじゃないだす」

イールの言葉に、いつの間にか背後にいたヨトシペが否定した。

どうやら九尾を呼ぶ声に気づいて私たちの側に来たらしい。

捜す者も私たちに気づいて、手を振りながら駆け寄って来た。

「た、大変です! 竜、の…………ドラグーン! …………止められず!」

息切れし、言葉が途切れてしまっている。

それでも、不穏な内容は聞こえた。

途端にイールが窓の外へ飛び出す。

身体強化を抜きにしても、見事な身ごなしで壁を駆け下り着地した。

ここは二階だぞ。

「何をしてるんですか、あなたは!?」

「研究あるから忙しいんだ! あとよろしくー」

「こら、逃げるな!」

つい素で叫ぶが、それでも長い尻尾をなびかせて走り去るのは止められない。

というか、振り向きもしないで一目散だ。

袖を引かれて見れば、ヨトシペが気のせいと聞き流したかった現実を突きつけて来た。

「ドラグーン乗ってる竜人どす?」

「えぇ、あの二人でしょうね。何年か前にドラグーンを手に入れたと手紙にありました」

「下の皇子さまいなくて良かったでげす」

「逆でしょう。いらっしゃったから規制が厳しく今日まで来られなかった。緩んだ途端に、自慢の魔物で乗り込んできたのでしょう」

きっと待ちきれずにいたのだろう。

九尾を捜す者の慌て方からして、受け入れ準備すら待たずにいたことは察せる。

そういう強引さは今なお健在だと知っても、溜め息しか出ない。

「九尾の貴人が押し入ってきたのでしょうか?」

「は、はひぃ」

捜してた者は、私とヨトシペの前に辿り着いて肩で息をする。

服装から学園の者ではなく、街の門番。

門から走らされて、そのまま九尾の誰かを探す手伝いをさせられたのだろう。

「何をしに来たかは聞き取れましたか?」

どれくらい門で足止めできたかによるだろう。

正しく金で殴ることを覚えた今となっては、ちょっとやそっとの被害額では足を止めできなくなっている。

その金額が王侯貴族すら動かせる額だから、始末が悪いことこの上ない。

「青いアイアンゴーレムがほしいとのことで。もちろん無理だとは言ったのですが、らちが明かないと言ってドラグーンの巨体と何やら踊り回る供連の勢いに押されてしまい」

下手に否定して、やる気にさせてしまったようだ。

あまりにもその光景が想像できてしまい、私はまた溜め息が漏れる。

ヨトシペもかつての同窓の変わらない押しの強さに笑った。

「ムッフィもトレビも変わらないだすぅ」

「あ、念のために聞きますが、竜人の体色は紺色と紫色。そして紫色のほうが女ものの衣服を身に着けていたであっていますか?」

私の確認に門番は激しく首肯する。

「あと才人が揃っているから会いに来たとも」

緑尾の才人と呼ばれる私はさらに溜め息が深くなる。

それにヨトシペは、ふと振っていた丸い尾を止めた。

「ムッフィとトレビは皇子さまのところに突撃するんでげす?」

「そんなことさせられません!」

言われて私は総毛立つ。

これはなんとしても止めなければいけない。

というか、嫡子でもない第一皇子なんて珍しい生まれ育ちの存在だけでも、希少品好きの貴人たちが面白がって近づいていく。

さらにアーシャさまの才知煌めく内面を知れば、持ち帰りを言い出すのは疑いようもないだろう。

不敬だろうが大言壮語だろうが、押して押して押しまくるのが目に見える。

そんなことでアーシャさまは揺らぐとも思えない。

しかし煩わされるのは必至だ。

あの熱量はなんなのか、ともかく暑苦しく美しいと認めるものに対しては躊躇いなく手を伸ばす。

同じ九尾の竜人でも一人はマイペースで他人に迷惑をかけない自儘。

一人は海人の血もあるにしても、とても勤勉で気遣いもできるのに。

「ここ最近の忙しさでご自身のこともままならない状態なのに、これ以上煩わせるわけにはいきません」

「あーしも会いたいだすー。でも授業終わったらすぐ帰るでげすー」

ヨトシペもアーシャさまと時間が合わないことに不満の声を上げた。

規格外の身体強化を呪文にすることもあり、そちらは調整が必要そうだ。

「折を見てアーシャさまにはお伝えします。けれど今はムフトとトーレを…………」

「ムッフィとトレビって呼んだほうが喜ぶでごわす」

「喜ばせる気がないからですよ。あと、あなたが言っても喜ぶかは半々ですから」

色々呼び方を変えさせて遊ぶ竜人の王族だ。

聞いた話では腰を落ち着けろと、何処かの領地を割譲されて王になったそうだが。

その程度で漫遊道楽は、押さえられもしなかったようだ。

今回は私がいることを理由に出てきたようだが、どうにか追い返したい。

というか、二年が過ぎようとしてる今、どう考えても、ヘリオガバールから気ままに寄り道をし続けてルキウサリアまで来たのだろう。

「ともかくヨトシペは、先行して二人が騒ぎを起こす前に止めてください。私はヴィーを呼んできます。運が良ければニールも巻き込みます」

「イール逃げたから遅いと思うだすー」

私もそう思う。

しかしなんだかんだ口の上手いイールかニールがいたほうが、トーレとムフトの気を逸らす役には立つんだ。

私に答えた後には、ヨトシペまで窓から飛び降りて学園の中を駆けていく。

門番は獣人の身体能力が見慣れないのか、口を大開にしてヨトシペの走り去る姿を見ていた。

あとは帰ってから、アーシャさまに九尾の貴人の面倒さを話して聞かせなければ。

さて、まずは錬金術科の教員室にいるだろうヴィーを捕まえに行きましょうか。