軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

236話:ロムルーシへの船旅1

留学のため、僕たちが乗った船は帆船だ。

けど大きいし、定期的なやりとりがあるために旅客船として就航しているものらしい。

きちんと予約を取れば客室が用意され、快適な旅が約束されるとか。

ルキウサリアの学園御一行となっている僕たちには客室が用意されていた。

ただし良くて相部屋、悪いと棚かなって並びの三段ベッドが二つある六人部屋だ。

(ハンモックのイメージだったけど、違うんだね)

(吊り下げた網に寝るのは船員のみです)

すでに船旅は一夜が経ち、セフィラは船の中を走査済みだ。

聞けば客室もない旅客は、寝具もない船倉で雑魚寝だという。

日の出と共に狭い船倉から逃げ出すように甲板に出ていたとか。

(そう考えれば、二人部屋になれたのは良かったね)

(船上で一人部屋というのがそもそも非効率的です)

セフィラ的には限られた空間という点が重いらしい。

僕は元四人部屋で、ルキウサリアからの留学生と一緒に移動する学者と相部屋の予定だった。

けど、一人部屋のソティリオスから恩返し代わりに誘われて、ソファをベッド代わりに使わせてもらってる。

正直棺桶のような二段ベッドに比べれば、貴族が使用することを前提にしたソファのほうがずっと寝やすい。

当のソティリオスは上客として船長の招きで会食中だ。

そして僕はその隙に、ソティリオスの部屋を悠々と使って伝声装置の作動実験中。

「やっぱり移動中は駄目か。音も通信状況もぶちぶち切れる。移動しながらでは通じないんだ」

今はまだフィヨルドの汽水域で、外洋に出たらまた変わるかもしれない。

一番の上客ということで、ソティリオスの不在は頻繁だ。

その間客室を独占することになった僕は錬金術をこっそり行えていた。

けど出航から八日が経った頃、思いもしない問題が発生する。

「え、腹痛?」

「船倉の客の一部と、船員にも広がっているそうだ」

教えてくれたのは船長に接待されて不在が多いソティリオス。

「幸い学園関係者の飲食物は我が家の者たちが管理をしていた。そのため問題はなかったが、積み込んだ飲料水の一部が傷みかけていたそうだ」

水は腐る、そして腐った水には中る。

まだ少数が被害に遭ってるだけらしいけど、ひどい下痢に襲われて苦しんでいるし、体力がないと回復する前に脱水で死ぬこともある。

「まさかこれが役立つ時が来るなんて…………」

「なんだ?」

「いやぁ、留学する時に錬金術科の先輩から、下痢止めになる食糧を餞別にもらってさ」

取り出すのは錬金術で料理を新開発しようとしていたトリエラ先輩がくれた固焼きのボーロ。

正直石のような強度があって鼠でさえ齧れないだろうものだ。

その分腐敗もしないんだけど、食べ方はワインに浸してふやかす必要がある。

前世であった、お菓子のように小粒にすればもっと食べやすい気はするけど、もらったのは手のひらサイズの半球形。

齧りつくには覚悟がいる厚みだ。

「何故そんな物を?」

「他にも船に乗るならって、酔い止めももらってるよ」

「錬金術で? 毒、ではないんだろうな?」

「さすがに先輩に毒殺される謂れはないんだけど。念のためにルキウサリアで薬師に調べてもらってるし大丈夫だよ」

「そうか。それなら売ってくれないか? 侍女たちが船酔いで起き上がることもできなくなっているらしいんだ」

「いいよ、あげる。僕が今無事なのはその人たちが気を使っててくれたお蔭でしょ」

言って、僕はキリル先輩お手製の酔い止めをソティリオスに渡した。

下痢止めはどうしようかと思ったけど、運よく苦しむ船員の中に顔見知りがいる。

「いやぁ、これ、けっこう効くな。腹のどうしようもない感じが食べる毎に治まってく」

「そりゃ良かったな。感謝はこの学生の坊主に言いな」

「ありがとよ、坊主」

「いえ、効くようでしたら、残りを他の船員とお客に回るようにしてくれませんか?」

相手は廻船ギルドで見た船乗りエルフ。

ヘルコフに紹介してもらう形でこうして会ってるけど、水に中った一人だった。

息も絶え絶えで、他の若いエルフに必死に看病されていたのが、ワインに浸したボーロを食べると、喋れるようになるまでに回復してる。

「ていうか、廻船ギルドの船なのかよ、この旅客船」

「荷物のついでに客運んでたけど、客だけ乗せても採算取れるってんでな。ま、廻船ギルドの旗掲げてりゃ大抵の荒くれものは大人しくなる。客運ぶにはうってつけよ」

つまり、この旅客船も実は半武装の海賊船まがいなの?

いや、旗って言ってるから報復されたくなきゃ手を出すな、かな。

しかも廻船ギルドの人員も乗り込んでるし、襲うだけ報復が約束されてるんだろう。

船乗りエルフは僕を見据えた。

「それにしても坊主、いや、坊ちゃん。本当に配っちまっていいんで? いくらか徴収しても文句は出ませんよ?」

学園生徒だし貴族出であることはわかるだろう船乗りエルフは、言葉を取り繕うくらいには頭が働きだしたようだ。

というか、この人やっぱり実は偉い人のご落胤なのかな?

看病してたエルフ、ボーロ食べさせる時に毒見してたんだよね。

「同じ船にいる限り治ってもらわないと、広まったりしたらこちらも危険だから」

「そりゃありがてぇ。薬ってのは大金かかるってんで飲むのを嫌がる奴もいるんだ」

「えぇ、そんな理由で?」

驚くとヘルコフが牙を剥くように笑って見せる。

「生き残っても返せもしない借金抱え込むよりってな考えもある」

「それが美味くて腹痛治るっていうなら喜ばない奴はいねぇ。いやぁ、やっぱり精霊のご加護ってのはすごいな」

そこに繋がるの?

手に熱を感じてみると、セフィラが遺憾表明の文字を書いてる。

(セフィラが精霊って思われる共通項聞き出してみるから、今は我慢して)

お腹が落ち着いてきた船乗りエルフが起き上がるのを、看病してたエルフが支えた。

様子見も兼ねて精霊について聞いてみると、超自然存在で知性があっても姿がなく、マナと関わりが深いという、錬金術科のクラスメイト、イルメから聞いた話と変わらない。

ただ広範囲を移動している船乗りだからか、イルメとは違う着眼点もあった。

「精霊にもけっこう性格がある。こっちを全く無視するのもいれば、話ができるとわかると積極的に声をかけて来るのもな。精霊は寝なくていいみたいで、二日寝ずに話し相手になって、さすがに寝落ちしたんだよ。そしたら飽きたのかいなくなってたことがあった」

「姿見えないのにいなくなったことがわかるの?」

「逆にめちゃくちゃ喋りかけて来てたから、話しかけても返事がないならそういうことだろ。あ、でもたまに光る霧のような形のもいたな」

けっこう興味深いことを言うし、それだけ知ってるって相当長生きな人なのかな?

興味はあるけど、船乗りエルフにはボーロ型の下痢止めを配ってもらわないといけないから、ここらで切り上げよう。

「坊ちゃん、今回の礼だ。これをやろう。エルフ関係で厄介ごとあったらこいつ使いな」

そう言って船乗りエルフが差し出したのは、何処かの家紋らしきものが彫り込まれたカメオ。

看病してたエルフが慌ててたから相当なものらしいけど、命の値段なら安いくらいだと船乗りエルフが叱りつけてた。

そんなことがあり、僕が船室へ戻るとソティリオスがいた。

「下痢止めは効いたようだな。こちらも酔い止めが効いて侍女は眠った。そのことを聞こうと人をやったが、何やら話し込んでいたと聞いたが」

「あぁ、眠気を誘うところがあるから。薬が効いてる証拠だよ。話は、精霊の加護がっていってたから、精霊って何って聞いてたよ」

僕の答えを聞いて、ソティリオスは考え込むと、何か決めたように顔を上げる。

「では、錬金術とはなんだと私が聞いたら、アズロスは答えられるか?」

「あれ、興味ないんじゃなかったの?」

「興味はない。だが、知っていて損はないと思った。錬金術科は薬学をするのか?」

「薬学もするね。そもそも薬って何? って話だし。突き詰めたら錬金術ともつながるよ」

僕の返答を吟味するように、ソティリオスは顎に指をかけて考え込む。

「そもそも錬金術の起こりを知らないと、今の常識で考えても何かわからないと思うよ。それで言えば、錬金術科は錬金術の始めは思想哲学だと教えているね」

「思想哲学? それがどうしたら毒や黄金を作りだすことになるんだ?」

「やっぱりそういうイメージだよね。じゃあ、黄金が作れると考えた錬金術師の思想哲学について。長くなるよ?」

「船員も動けないせいで、航行もままならん。今日は船室から動く予定はないな」

僕が座ると、ソティリオスも聞く姿勢になる。

興味がないと言ってる割りに関心はあるようだ。

「まず世界は何でできているか。そう考えを巡らせた学者たちがいた。ある者は水、ある者は空気、ある者は地、ある者は火だと言った。そうして四元素からできていると言う人が現われた。ある者は元素というものはそれ以上わけられない不変の何かだと規定した」

つまりは原子論だけど、科学が進んで初めて実証できた原子とはまた違う。

そして、錬金術とはこの初期の原子論を否定して発展させた、四元素説からなっていた。

実は魔法も四属性でわかるとおり、四元素の理論を元にしてる。

だから僕としては四元素じゃなく四属性説って言ってもいいと思う。

これは薬術にも引き継がれる考え方で、けっこう根深い科学との違いだった。