軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話47:イルメ

大陸西のエルフの文化圏から、大陸中央部のルキウサリア王国で学園に入学してから四カ月。

慣れないかに思えた石の街も、それなりに見慣れてすごしやすさも感じている。

何より受験で聞こえた精霊の声から、対話にまで至り、自らが錬金術によって生まれたと言質が取れたことも私の気持ちを軽くしていた。

制約はあるものの、可能性は確かにあるのだ。

もし自ら生み出すことができれば、故郷の精霊信仰の陰りを是正できる。

「あらぁ、またこの子は他所ごと考えてはるぅ」

からかうように声がかけられた。

相手はニノホトの王族に相当する身分のヒノヒメ先輩。

特徴的な喋りと長い黒髪が印象的で、指先の動き一つも育ちの良さが感じられた。

「すみません、集中を欠いていました」

「謝る必要はあらへんよ。けど、悩むことあるなら先輩に聞ぃてえぇんよ?」

「いえ、一族に関わることですので」

錬金術科の精霊から秘匿を求められた上で、命にかかわる術をかけられている。

危険もあるけれど抜け道もある術ではあるものの、漏らしたことが知れれば信頼を失うだろう。

そうでなくても精霊は人の嘘を見抜けるのだから、恥じる行いをしてはいけないと言われてきた。

同じ秘密を共有するクラスメイト以外に言うつもりはない。

ただこの場には私以外のエルフがいた。

イア先輩とクラスメイトが呼んでいるので倣うけれど、本人は居心地悪そうだ。

「イア先輩は国が違うので、申し訳ありませんがお教えできません」

「そ、そうだよね。それに巫女姫の方が考える一族の問題とか、ただの平民の私には重い悩みだよ、きっと」

「いえ、才覚があるようならやぶさかではないのです。ですがこの件については先達とも言えないため、情報の漏えい防止のための判断です」

「はい…………。なんか今の新入生たち、活発に色々するもんね。才覚、かぁ」

イア先輩が落ち込むのを、ヒノヒメ先輩が肩を抱いて慰める。

そこに甘い匂いのするパイを持って、この部屋の主であるトリエラ先輩がやって来た。

「はい、お待たせ。ちょっと焼き色偏っちゃったけど、味はばっちりチェリーパイだよ。それで、どうしたんですか? やっぱりイア先輩、イルメちゃんのこと苦手?」

はっきり言われて私も驚くけれど、当のイア先輩が慌てる。

「そ、そういうことじゃないけど! その、親とか上の世代から散々教えられた怖いイメージがあってね!」

言い訳するイア先輩を気にせず、トリエラ先輩は自ら焼いたパイを慎重に切り始める。

茶色く焼き上がった生地にナイフを入れると、サクッという軽い音と香ばしい匂いが広がり、その後には赤い果肉が蜜を纏って甘くさわやかな香りをあふれさせた。

「えぇ匂いやねぇ。女子会はトリエラのところでやるんがえぇわぁ」

意識が引き込まれたところに、ヒノヒメ先輩の声で前のめりになっていた姿勢を正す。

突然呼ばれて女子会とかいう集まりに参加させられた現状、状況把握に努めなくちゃ。

「それで、この女子会という集まりの趣旨はなんなのでしょう?」

「あ、知らない? ただ女の子だけで集まって美味しいもの食べてお話するだけだよ」

トリエラ先輩の言葉に、私は唖然とする。

「そんなことをする必要性がわからないのですが?」

「その、イルメさんは、男ばかりの中で、言えないこともあるかなって」

イア先輩が言うには、どうやら私が新入生の中で紅一点であることから、時期を見計らっていたそうだ。

気遣い、なのでしょうけど、正直その必要は感じない。

どう中座しようかと考えている内に、目の前に魅力的なチェリーパイが置かれる。

最初変な肉クッキーを作っていたトリエラ先輩だけれど、作ろうと思えば美味しいものを作れることは送別会で知っていた。

呼ばれて足を運んで食事を出されたなら、食べるくらいの礼儀は、必要でしょう。

「イアがなぁ、巫女姫は恐れ多いいうてね。慣れのためにもお話しましょって」

「…………特に話せることもありませんが」

ヒノヒメ先輩に答えつつ、私はチェリーパイを口に運ぶ。

甘みも酸味も強いチェリーパイに、用意されたのは渋みが濃い紅茶。

お茶を飲めばチェリーの香りを邪魔せずさらに甘く昇華するように鼻孔を抜けた。

「じゃあ、女子会の定番かな。イルメちゃん、恋バナしようか」

「…………はい? 恋、バナ?」

楽しげに告げられたけれど知らない単語だ。

試験に合格できる語彙力を身につけたと思ったけれど、まだまだのようね。

なんて思ったのに、聞けば恋愛についての雑談だった。

余計に私以外とやるべきだと思う。

「今は婚約を解消して学びに来ていますが、私は一族の益となる方と添い遂げます」

「あ、やっぱりレーゼンと同じタイプか」

「政略結婚が当たり前なんは同じやけど、タイプは違うと思うわぁ。うちは好みやない殿方との結婚は嫌なんよ。けど、イルメはそうやないんやろ?」

イア先輩の指摘を受けて、ヒノヒメ先輩が私に問いかけて来る。

それにトリエラ先輩が声を上げた。

「えぇ? レーゼン先輩の婚約者候補って一回り年上の権力者なんでしょ? イルメちゃん、そんな年上嫌だよね」

「いえ、別にそれくらいなら」

「あ、トリエラ。私らエルフって人間よりも老化遅いから、十や二十上でも見た目そんなに変わらないよ。だから年齢が結婚の壁になることは少ないの」

イア先輩の説明で、あまり考えたことはなかったけれど私も納得する。

それで考えると、人間種は随分と結婚する相手を選ぶ幅が狭いのだと初めて知った。

「それにトリエラ、うちは年上言うんは別に嫌やないんよ。同じ年齢や下よりは上がえぇわぁ。ただ、丸いお顔が好みやないんよ」

ヒノヒメ先輩が真剣に語りだすのは好みの男性の要件。

年上で痩せ型であることは外せないそうだ。

「それに強々やったら問題も少のうてえぇね。断る理由に、チトセに勝てることなんて言うてもうたから」

「年上で痩せてるのに、イトー先輩に勝ては無理じゃないですか?」

「チトセは貴族のたしなみ程度なんよ。刀がえぇから学生程度には勝てるけど、本職のお人やったら、逆に負けてしまわはるなんて程度が知れるわぁ」

「それって好みの相手が戦える人になってない? それでさらに体質のこともあって人間族じゃ難しいでしょ、レーゼンは」

恋バナなんて必要性は感じないけれど、ちょっと興味が湧いた。

私もエルフの中でしか考えていなかったから、他の種族の間での問題というのは新鮮だ。

だからパイを食べてしまったけれど、中座はせず話の続きを促した。

「何があるんでしょう?」

「大したことやないんよ。うちが氷の姫て呼ばれるんは、生まれつき、氷の魔法使えるからでなぁ。それで、暑がりなんよ」

「はい?」

生まれつき氷の魔法を使えるのは確かに人間では特異な体質だ。

そのせいか暑いのが苦手で、大抵の人間では耐えられない寒さを求めるのだとか。

「つまり?」

「夏でも凍える言うて、侍女も逃げ出してもうたわぁ。不格好でも厚着を嫌がらんかったチトセだけが残ってん」

「だからレーゼンと結婚して一緒に住める相手なんて、寒さに強い海人くらいしかねぇ」

「年上で、痩せ型で、強くて、海人の…………ニノホトのお姫さまを迎えられる身分の方?」

イア先輩の言葉でトリエラ先輩が数え上げると、そうとうに特殊で凝り固まった好みだ。

「もう、寒い国のお人捜そう思てんけど、ロムルーシ行かれへんで」

学園で勉強ではなく社交と伴侶探しはよくいる学生の姿だ。

入学できるだけの学力を示せばそれでいいし、学者を目指すわけでもない子女は将来を見据えて行動をする。

さらにはヒノヒメ先輩が浮ついてると言うには、ニノホトとの距離がありすぎた。

私のように故国を捨てるような旅をする必要性があったのかもしれない。

けれど恋愛話として済ませるなら、深入りするのも失礼か。

「そや、結婚相手想像できへんなら、近くの男の子たちで考えてみたらどうやの?」

「ラトラスくん、ウー・ヤーくん、ネヴロフくん、あとアズロスくん」

「ないです」

ヒノヒメ先輩の提案にトリエラ先輩が上げるけれど、そこはない。

「身分が釣り合いません。そうした生まれ育ちとこれから交流を持つ親族間の格差が最初からあるようでは、結婚生活を長く続けて行くことはできませんので」

「あ、性格とか顔かたちじゃないんだ」

イア先輩が苦笑いするけれど、クラスメイトたちの人はいいと思っている。

錬金術に関する視点も私と違っていて、お互い手探りだからこそ意見を出し合って刺激を受けられる。

アズという一歩先んじた存在がいてくれたこともありがたい。

故郷へ帰れないことを覚悟して踏み出した学生生活において、願ってもない学友たちだ。

ただ私は巫女姫の能力を弱いながらに持っている。

これは私の信仰の上では次代に繋げたい才能で、エルフだからこそ持てる才能であるからには、他種族を候補には入れられない。

「それで言えば私の譲れない条件はエルフであることですね。そもそも寿命が違いすぎて、他種族はちょっと…………」

「あー、確かに。親戚の中だとそうでもないけど、人間の中だと時間の流れがね」

この感覚には、イア先輩だけが同調してくれる。

そうしてお互いに共通認識が持てたことで、少しだけ距離が縮まったように感じた。