軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

231話:逃げる鼠1

予定外にソティリオスが誘拐されてしまった。

「なんだって!? すぐに捜索を!」

「国にかけ合おう! それと帝都の閣下にも連絡を!」

宿に戻って報告すると、ユーラシオン公爵家の者はもちろん、ルキウサリアの学園関係者も騒ぐ。

しかもこの港町の首長を飛び越えて国に訴えると言い出した。

これはさすがにファーキン組と組んでる役人も予想外なんじゃないかな。

「落ち着かれてくださいませ。徒らに騒ぎを大きくすれば、暴漢に捕まったユーラシオン公爵令息の身に危険が及ぶやもしれません。あなた方が冷静にならねばお助けすることも叶わないのですから」

ナーシャが冷静に諭すと、そこにヒルデ王女が乗る。

「まずはこの町の役人を動かして、相手を特定しなければなりません。あちらは割符が目的でしょうから、本人には危害を加えない可能性もあります」

「いいえ、すでに殺人を犯している可能性が高いのですからそのような楽観は危険ではありませんか」

ナーシャが冷静でいながら脅しを交えて、その場の視線を集めた。

「徹底的に相手を潰さなければ、これ以上の凶行に出る可能性があります。そうさせないためにもトライアン王国が一丸とならなければ、どのような結果であってもユーラシオン公爵はお許しにはならないでしょう」

言外に、無事でなかった時に何もしなかったでは言い訳もできないぞと。

もちろんナーシャとは、ヒルデ王女が片棒を担がされていることは情報提供済み。

その上でそれを公にしないのは、下手したらハドリアーヌにも泥をかけられるから。

「ユーラシオン公爵家の方々はもちろん、ルキウサリアの学園の方々もご令息の無事を願っているはずです。そのためには足並みを揃えて動かなければ。何よりもまずご令息の安全が第一。わたくしもハドリアーヌ第二王女として微力ながら助けとなります」

勝手に国の名前を出して言うナーシャは、責任問題になった場合けっこう危ない。

けれどこれでヒルデ王女も一歩引くような発言はできなくなった。

そうしてハドリアーヌ王女二人が争うように、ソティリオス誘拐の解決を国に訴える流れになる。

ハドリアーヌはもちろん帝国も他人事でいられない状況は、ナーシャとしては追い風。

ソティリオスが誘拐されるという不測の事態を利用し尽くす気だろう。

僕はその騒ぎに乗じて宿を出た。

誰も木っ端貴族のアズロスなんて気にしない中、ナーシャだけがちらりと僕を見る。

「あっちはナーシャが上手くやってくれるだろうし。襲われた場所に戻ればいいかな?」

「イクトの奴が印を残してると思いますんで戻りましょうか」

宿に戻ったのはヘルコフだけで、イクトはソティリオスを追っている。

その際僕は、エルフのイア先輩から渡された天然チョークを預けていた。

現場に戻れば、イクトがチョークで書いただろう暗号が刻まれている。

(咄嗟によく書いたね)

(これは主人が六年前に解いた暗号です。その時に解き方を聞いていました)

(確かに見覚えあるけど、なんの暗号だっけ?)

(帝室図書館の書架裏に落ちていた黒鉛を使った筆記具の生成レシピ)

あ、鉛筆の作り方だ。

黒鉛という炭素自体があるところにしかないから、その粉末を集めて作るというもの。

高価な黒鉛の塊でなく、粉末から鉛筆を作れるっていうことで財テク的に暗号にされて残されていた技術だ。

暗号自体は文字を解体して模様のようにページの下に並べただけ。

Aだったら左右で傾斜の違うスラッシュが二つに横棒一つに分解する。

そうした形でイクトは直進や右折などを縦書きの模様として書き残していた。

「イクト?」

見つけた背中に声をかけると、今にも走り出そうとしていたイクトが振り返る。

「何かあったの?」

「はい、ユーラシオン公爵子息は、あなたがお渡しになった黒曜石を割り、逃げ出したそうです。今はまだ露見していませんが、隠れることもままならない様子で見つかるのは時間の問題だと」

「そっちが真似するのかよ」

ヘルコフの突っ込みは、ワゲリス将軍の逸話のことだろう。

けどイクトが聞いたように言うってことは、つまり…………。

「セフィラ、どんな状況?」

「潜伏先は商店に偽装した建物。割符を奪った後はユーラシオン公爵子息を縛り物置に。移動させる算段をしていたので、長くはもたないでしょう」

すぐに移動するために見張りもなしであったことが、ソティリオスの不運。

脱出する様子を見せたと露見すれば、今度は逃げないよう手ひどい対応も視野に入る。

「移動させる意味は?」

「ここに指令を出す者がいるため、露見を恐れての措置です」

僕はヘルコフとイクトに目配せをする。

頷くので、たぶんファーキン組のけっこう上の人がいること確定か。

となると、優先順位が変わる。

「ソティリオスは時間の問題って、どれくらいかな?」

「当人が抜け出していますので、今すぐにでも」

「よし、ソティリオス含めて建物の中の人を幻惑して」

「そりゃまた大胆ですな」

「現状では妥当でしょう」

魔法が文化と共にあったこの世界、魔法対策は基本されている。

だから効きにくかったり、使ったらすぐ特定されたりするんだけど抜け道はあった。

地道に一人ずつ魔法をかけることだ。

でも肉体のある人間ならすぐ露見するし、時間もかかる。

それが実体もない、姿も見えないセフィラがやれば露見もせずにし果せる。

「それで、どちらから対処しますか?」

「上を押さえてからソティリオスだね」

イクトに答えると、ヘルコフも頷いた。

「ま、すでに中調べ終わってんなら楽なもんですわ」

その言葉どおり、セフィラが幻惑で正常な判断力奪った後は、迷わず敵のところへ押し込めた。

「うぅ、なん、だ? 襲撃、か?」

魔法に何やら抵抗されてるようだ。

ただ目もよく開いてないし、焦点も怪しい。

「君は誰? ファーキン組の偉い人だと嬉しいな」

声をかけても答えはしない。

けれど考えはするだろう。

そしてその思考は、セフィラに聞こえていた。

「わぁ、こんな縁があるなんて。犯罪者ギルドの支部長? へぇ?」

「帝都から逃げ出したやつか。こんな所で会えるとはな」

ヘルコフはすぐに一番の重要人物として、今となっては元支部長を逃げられないよう即座に気絶させる。

重要人物が顔つきあわせて割符の受け渡しをしていたとなれば、取り返した割符の重要性も気になった。

「こちら、二重底の机の引き出しに隠されていた名簿です」

「隠されてたってことは、裏ってついたり?」

セフィラの指示で悪事の証拠を確保したイクトが頷く。

どうやらファーキン組の顧客名簿らしい。

部屋にいたのは五人で、一人は元支部長。

「さて、他はどんな人かな?」

そうしてひと纏めに声をかけてセフィラに聞き取らせると、ファーキン組の次の首領になれそうな人までいたようだ。

領主を抱え込んで抵抗したサイポール組に比べると、保身が杜撰な気がする。

けど河岸変えをしてそんなに経っていないことを思えばこんなものか。

「いや、いっそこれだけの顧客を未だに抱えてるっていうのが脅威かな」

結局五人とも結構重要だったから確保決定だ。

最後の一人をヘルコフが締めて気絶させようとする頃には、だいぶ幻惑が切れてた。

やっぱり何か魔法対策がされていて、長くは効かないんだろう。

まだちょっと怪しい焦点だけど命令している僕に顔を向けていた。

正気だったら睨んでいるかもしれない。

けどこの場に似つかわしくない子供の僕がいることになんの疑問も持っていないことから、状況判断はまだ怪しいようだ。

「一度鼠を逃がしてしまったせいで今回の事件だ。齧られたチーズに僕なりに思うところはある。だからこそ、今度は逃がさない。帝都、ハドリアーヌと来て三度目はないよ」

逃がす気がないことを告げると、顔を歪めて睨もうとするようだ。

ただ自由にならない体では、何かすごく嫌なことを聞いたような顔止まり。

そしてそのまま気を失い、ヘルコフに縛りあげられる。

「さて、運び出して縛り上げて、隠そうか。それからソティリオスを助けに行こう。セフィラ、二日くらい隠せればいい。場所を探して」

縛った上で猿轡と目隠し、耳栓という魔法以外の方法で自由を奪う。

手伝いをしながら、僕はソティリオスにどう誤魔化すかを考えていた。