作品タイトル不明
20話
正門から敷地内に入ると、すぐに『新入生はこちら』と矢印付きの案内看板が出ていた。
満景は矢印の方向へと進みながら、もしかしたら術がかけられているかもしれないと考えて、慎重に歩くことにした。
しかし、この用心は要らないものだったようで、あっさりと体育館に到着した。
解放された出入口から中に入ると、ビニールの絨毯が魅かれた構内に、多数のパイプ椅子が並んだ光景があった。
満景が中に入った時点で、パイプ椅子の列の先に、すでに数人の生徒が座っていた。
男女合わせて十人ぐらいの生徒の制服には、満景と同じ成績優秀者のバッチが一つ付いているのが見えた。
満景は、パイプ椅子のどれに座るかと顔を巡らせていると、出入口の脇に立っていた先生らしき女性が近づいてきた。
黒髪をミドルボブにした髪型の、メガネを付けた童顔の顔立ち。就職活動の際に作ったと思わしき、安そうな生地で仕立てられたパンツスーツ。背の高さは、百五十センチメートルを超えるか超えないか程度。体型は中肉中背で、胸元も決して大きいとは言えないが小さいとも言えない具合。
新任の教師としか見えない見た目かつ、全体的に人から舐められて見られそうな雰囲気を持つ、二十代そうな外見の女性教師。
その彼女が、満景に声をかけてきた。
「座る場所は前から順に、右詰めで座ってください」
与えられた仕事を頑張っていますと顔に書いてある態度の、女性教師。
満景は思わず、相手が年上という点を忘れて、頑張っていて偉いなという感想を抱いてしまう。しかし、そんな感情は表に出さずに、頷きを返す。
「分かりました」
言われた通りに、パイプ椅子の最前列へいく。そして既に座っている人達に続く形で、パイプ椅子の一つに座った。
その際にチラリと既に座っていた生徒たちに目を向けると、それぞれが思い思いの方法で時間を潰している様子が見えた。
腕組みしながら目を瞑って寝ていたり、スマホで何かを見ていたり、真っ直ぐに前を見て微動だにしていなかったり、などなど。
満景は続けて背後を振り向き、体育館の出入口を見る。新たに入ってくる生徒の姿はないし、並べられたパイプ椅子の数から考えると、入学式が始まるのはまだまだ先そうだ。
それならと、満景もスマホで時間つぶしをすることにした。
見るのは、もっぱらニュースサイト。
どうしてニュースを読むのかというと、満景が占いの館で手伝いをするようになってから、占い師の面々から勧められた情報収集先だから。
人は、人生が上手くいっているときと、上手くいっていないときに占いに頼る。人生の好調が長く続くように、もしくは少しでも不調が好転するようにと願って。
そのため占いに来る人は、ニュースサイトで記事が乗る時事の事柄に関係していることが多い。
とある分野の企業全体の株価が落ちたときに、次の株の銘柄はどれを狙うべきかという相談をする者が現れる。政治不信のニュースが駆け巡ると、自分の将来を占って欲しいという客が来る。ある有名アイドルが結婚報告をしたときだと、自分も出会いが欲しいと求める客が増加する。
つまり世間にどんなニュースが多くなっているかを知れば、占いの館に来る客層にだいたいの予想を付けることができるようになる。
訪れる客にどの占い師を紹介するかが、満景が占いの館における役割だ。そして占い師には、占う内容に対して向き不向きがある。
そのため客層の判断を誤ると、特定の占い師ばかりに客が集中して、他の占い師が閑古鳥という状態になりかねない。
だからニュースを見て、どんな占いを求める客が来そうだという考えを持っておくことは、満景の業務に役立つし、ひいては占いの館の売り上げにも直結する。
そして、そうした業務のため以外でも、満景にとってニュースは娯楽的要素が多いコンテンツでもある。
(事件事故と並んで、日常の面白い話もニュースになるんだよね)
例えば、警察犬が一日署長になったというニュースだったり、ある企業が冗談にしか見えない製品を発売したり、滑稽な事故動画が掲載していたり。
事実は小説より奇なり、という言葉があるように、満景にとっては架空の物語に興じるよりも現実に起こった面白い話の方が興味をひかれるものだった。
満景が、そうした面白ニュースを読んで顔を綻ばせていると、横に座っていた生徒が満景のスマホの画面を覗き込んできた。
満景はギョッとして、覗き込んできた生徒に顔を向ける。
相手は狸顔の女性。髪は全体的にはヘルメットヘアではあるものの、後頭部から背中にかけて一束の髪が長く伸びていて、少し変わった髪型をしていた。
満景が驚いているのを見てか、悪戯が成功した子供のような表情を向けてくる。
「やーやー、ごめんね。スマホ見てニヤニヤしているから、どんなエッチなものを見ているか、気になっちゃってさー」
明け透けに言われた内容を理解して、満景は思わず赤面する。
「エッチなものって、こんな場所で見るはずがないじゃないか」
「いやいや。男子生徒がニヤニヤ笑いながら見るものっていったら、そういうものだって相場が決まっているでしょ。ねえ」
最後の『ねえ』は、満景に対して言ったものではなく、彼女を挟んで満景とは反対側に座っていた男子生徒にだ。
話題を振られた男子生徒は、お前と話す気はないとばかりに腕振りをして、黙り込んでいる。
つれない態度を取られて、女子生徒は再び満景に狙いを戻して話しかけてきた。
「そんで、どんなエロい画像を見ていたんだー?」
「見てないってば。僕が見ていたのは、これだって」
満景がスマホの画面を見せると、女子生徒は詰まらないという顔になる。
「ええー。おもしろ動画~。そんなんでニヤニヤしないでよ~」
「いいだろ。僕がどんな物を見て、笑っていたって」
「いやまあ、いいけどね。君、悪い人じゃさそうだしさ」
急に人柄を言われて、満景は面食らう。そして更に面食らう事態に遭遇する。
女子生徒の制服の胸元が独りでに動き、胸前の襟から指に本分ほどの太い棒状の物体が現れたのだ。
先ほどまでエロエロと言っていた人物の胸元から出てきた、棒状の物体。
危うく、満景の思考が性的な方向に傾きそうになるが、それより先に出てきた物体の正体を確定させることができた。
「それって、管狐?」
管狐。
由来が様々ある存在で、動物霊を加工して細長い狐の存在だとか、もともとが細長い狐のような妖怪だったとか、稲荷神系の神使の系譜だとか云われている。
情報収集から盗みまで多岐にわたって活躍する便利な存在だが、直接的に霊障を起こす悪霊や悪神と戦うには向かないとされている。
そんな管狐と思わしき存在が、女子生徒の胸元から顔を出して、満景のことをじっと見つめている。
満景が思わず手を伸ばし、そして管狐を触れる手前で手を止める。
管狐は鼻面を移動させて、満景が伸ばしてきた手先の匂いを嗅ぐ。その後で、撫でるのを催促するように、満景の手指に頭をこすりつけてきた。
許しが出たと判断して、満景は管狐の頭を優しく撫でていく。
オシロが死にアゼンが猫又の学校へと去ってから、久しく感じていなかった動物の毛並みの感触。
満景は思わず顔を緩ませて、管狐が撫でろと要求してくる場所を撫でまわしていく。
そうした至福の時間を過ごしていると、女子生徒が何かを企んでいる笑顔を向けてきた。
「あら大胆。今日初めて見知った女性の胸元に手を伸ばして、ごそごそとするなんて」
言われて、満景はハッとする。
確かに遠目から今の状況を見たら、満景が女子生徒の胸元へと手を伸ばし、その手をこねくり回すように動かしているように見えるだろう。
慌てて手を引こうとするが、管狐が撫でるのを止めたことを咎める潤んだ瞳で見てくる。
満景は、今後の自分の評価と管狐の機嫌とを天秤にかけ、管狐を満足するまで撫でるほうを選択した。
満景が悔しそうに、管狐が万足そうな顔でいるのを見て、女子生徒が笑い声をあげる。
「あははっ。管狐の気持ちの方が大事だなんて、本当にお人よしだよね。じゃあ周囲に誤解されないよう、その子は一時的に預けちゃうからさ」
女子生徒が自分の胸元をポンポンと平手で叩く。
すると管狐の全身がするすると、その胸元から出てきて、そして満景の手に巻き付いて甘え始める。
『管』狐という名前だけあり、確かに細長い。
満景の手の中から前腕にかけて巻き付くその姿は、まるで毛むくじゃらの蛇のよう。
でもちゃんと確認すると、狐らしい肉球の小さな四肢があり、後ろ足の先は尻尾になっているとわかる。
飼い主の許可がでたからと、満景が管狐を撫でまわし続け、管狐はもっともっとと撫でられる場所を変えるために身をよじる。
そんな事をしているうちに時間が経ち、いつの間にやら入学式が始まる直前になっていた。