作品タイトル不明
18話
進学するまでの短い休日期間を経て、満景が熊野高等専修学校に投稿する日にちとなった。
熊野高等専修学校は私服登校ができる学校なのだがが、入学式と卒業式、そして学期の初めと終わりの全校集会だけは、制服で登校する決まりになっている。
「別に私服じゃなくて、制服で登校しても良いらしいけど」
満景は、熊野高等専修学校の制服である、真っ黒な詰襟学生服に身を包んだ姿を鏡に映す。
黒い学生服のボタンと襟につけた校章は金メッキされていて、部屋に入る日の光をキラキラと照り返していた。
男子用の制服には黒い学帽もあり、髪を整えてから頭の上へ。
そうして出来上がった自分の姿を見て、満景は苦笑いする。
「これで外が黒で内が赤色の 外套(マント) を来たら、大正モダンモチーフの映画にでてくる、モブの学生陰陽師だ」
満景は、似合っているとは言い難い自分の姿を見終えると、制服の各所に護符や紙の人形を仕込んでいく。
霊能者を教育する学校の制服だけあり、護符などを入れるポケットは制服の内外に適宜設けられている。
一通りの用心グッズを装備し終えてから、満景は鞄を手に自宅を出ることにした。この鞄だけは、黒い詰襟学生服という古臭さに不似合いなほどに、落ち着いた色合いの大容量ボストンバッグと現代的だ。
自宅マンションを出て、最寄り駅へ。そこから電車に乗り、熊野高等専修学校のある駅へ向かう。
今は、学校の投稿可能時間が始まるギリギリを狙って、可能な限り通勤ラッシュを避けた時間帯だ。
電車の座席は乗客で埋まってしまっているが、吊革を手に握ることは不自由しないぐらいの、電車の込み具合。
投稿するには早い時間帯だからか、電車の中に学生服姿の人たちはチラホラとしかいない。
その中に、満景と同じ熊野高等専修学校の制服を来た人は、残念なことに存在していない。どうやら、他の学校の学生しか同じ車両に乗り合わせていなかったようだ。
(登校で電車に乗るのって、なんか高校生になったっていう特別感があるな)
満景はワクワクとした気分になりながら、自宅の最寄駅から二駅移動し、熊野高等専修学校のある駅に到着。
電車から降りて左右を見ると、電車の他の車両から、同じ学生服を来た人物が十名ほど確認できた。それと、古臭いデザインの黒いセーラー服――女性用の熊野高等専修学校の制服を着た人たちも、電車から降りた男子生徒と同数ぐらい見かけることができた。
満景は、学校へ向かう学生たちの人波に乗り、駅の外へ。そして通学路を歩いていく。
熊野高等専修学校は長い歴史のある学校だからか、通学路は学生向けに商売をする商店街になっている。
この商店街では、登校する学生たちをおびき寄せるためか、朝早くにも関わらず開店している店が多い。その中でも揚げ物の音を響かせている弁当屋は、満景が思わず立ち寄りそうになるほどの存在感を発していた。
満景は、気を引き締め直し、通学路を先へ進む。
そうやって進んでいって、気付いたときには、先ほどの弁当屋の手前にいた。
「んっ?」
満景が驚いた声を上げて周囲を見回すが、ごく普通の商店街の光景でしかない。
しかし、満景と同じように、不思議そうに周囲を見回す生徒が他に二人いた。
この、向かっている場所とは違う場所で我に返るという事態に、光影に心当たりがないわけでもなかった。
(迷いの森の魔法とか、回廊の呪法とか、各方面でよくある、人を惑わせる類の術だろうな)
満景は現象の理由を見破ったものの、果たしてこの術が学校に常時かけられているものなのか。
満景は、料理の良い匂いがする弁当屋の付近から立ち去りつつ、この術が新入生が登校する入学式の日限定なのかを考える。
(受験した日には、この手の術は発動してなかった。それが入学式には展開されているってことは、ある種の試しなのかな?)
満景は慎重に通学路を進みつつ、人を惑わせる術にかからないよう心掛ける。
そうやって歩いていて、ある地点――仏具屋とガラス屋が隣り合っている場所で、急に意識が遠退くように感じた。
満景は急いで一歩後退すると、術の範囲外に出られたようで、意識がハッキリと戻る。
しかし満景に続いて通学路を歩いていた生徒の一人が、人を惑わせる術にかかってしまったようで、ガラス屋の手前でくるっと回れ右をすると、そのまま来た道を戻っていく。
(どうやら、術に確りかかると、あの弁当屋の前まで歩かされるみたいだな)
満景は時計を確認し、登校時間には余裕があることを確認すると、紙の人形を一枚取り出す。
その人形の胴体部の中央に、弧を左右に向かい合わせに書き、その弧の真ん中に縦線を入れた。図形にすると『(|)』という感じにだ。
そしてスマホを取り出し、地図アプリを表示させると、自分がいまいる地点と熊野高等専修学校を経路として結び、道行きを表示させた。
(この術の基盤になっているのは、恐らく仏具とガラスの二つの店。仏――覚者の悟りの道を教え導く力を、ガラス――鏡で意味を反射反転させて、目を閉ざさせて間違った道へ誘導する効果にしているんだと思う。僕が見抜いた通りの術式なら、ちゃんとした道案内さえあれば、道に迷わされることはなくなる。
満景は目を閉じると、スマホの画面に人形を貼り付ける。そのスマホの画面を前に見せつけるように掲げた。
「急々如律令」
呪力を人形に込めて呪文を唱えると、人形の胴体部の模様が目に変わった。そして現れた目に映る光景が、目を閉じた満景の視覚に転写される。
この術は、使い魔や式神などの使役した者の視界を借り受ける術式を、人形用に改変したもの。
その術を展開したまま、満景は一歩二歩と前に進んだ。
(ちゃんと惑わされずに見えている。あとは、振り返っても仏具屋とガラス屋が見えない位置まで進めば、もう迷わせる術にかかる心配はいらない)
満景は、スマホの地図アプリに備わっている音声案内を起動する。
地図アプリが読み上げる感情のない合成音声に従い、人形から齎される視界で道を確認しながら、通学路を先へと進んでいった。