作品タイトル不明
10話
段ボール三つ分しか私物がなかった、満景。
移住したワンルームの部屋も、さぞや伽藍としたものになるかと思えば、そうならなかった。
満景が移住した翌日には、占いの館にて満景が世話になっている師匠連中から、引っ越し祝いと称した物品が大量にやってきたからだ。
ファミリー向きの大型冷蔵庫。多目的電子レンジ。キッチン用品一式。棚と食器。収納スペースがついたベッド。最新式エアコン。衣服に靴。レトルト食品の詰め合わせ。小さなちゃぶ台とマットレス。小さめの鉢植えに入った蜜柑の果樹。新品の神棚と天照大神の札。そして熊野高等専修学校での授業でも使う、霊能者用の物品たち。
それら送られてきたものを、それぞれの位置に収めるだけで、丸一日を消費した。
「有難いけど、貰いすぎだよなー」
すっかり物に溢れる見た目になった、満景の部屋。
部屋の中の光景を見回してから、満景はスマホを取り出し、贈り物をくれた師匠たちにお礼のメールを打つことにした。
礼儀を考えると電話で伝えるべきだろう。
しかし師匠たちは押し並べて電話よりもメールでの連絡を喜ぶ。
「厄介な依頼は電話で来ることが多いから、すっかり電話嫌いになっちゃった。なんて、揃って言っていたけど」
連絡が来たら出なければいけない電話よりも、自分のタイミングでチェックできるメールの方が楽なんだろうなと、満景は師匠たちが語る理由をそう捉えていた。
配送伝票にある名前と物品を確認しながら、それぞれの師匠に向けた感謝の文面をしたためたメールを送っていく。
それらの執筆が済んだところで、満景は空腹を感じた。
「お祝いで貰ったレトルトパックがあるけど……」
流石に移住して二日目に手を出す品物じゃないなと、満景は感じた。
それならとスマホを取り出し、付近にある飲食店を調べる。
このマンションがある場所は、熊野高等専修学校からほど近い場所で、学校に通学するための電車移動で使う最寄り駅にも近いところ。
そんな立地だけあって少し歩くだけで、スーパーでもコンビニでもラーメン屋でもファミレスでも、より取り見取りの環境だった。
「うーん。節約を考えると、スーパーの方がいいんだろうけど」
親元から離れて暮らす決心をしたからには、家賃、光熱費、水道代に通信費などの生きる上での必要経費は、自身の稼ぎで払い続けないといけない。
しかし、ソコノ住職のお陰で、引っ越し費用と家賃は大分安く済ませることができた。その節約できた分のお金で、多少は豪華な食事を取る事もできる経済状況でもある。
満景は考えに考えて、たまの贅沢ぐらいはしてもいいだろうと判断した。
「でも、安くお腹いっぱいに食べられる店の方がいいなー」
満景は条件に合う店を探し、ヤサイアブラ盛り盛りラーメン屋と、ご飯お代わり無料の定食屋を見つけた。そして今回は、安全牌を選ぶつもりで、定食屋に行ってみることにした。
「このラーメン屋は、呪文を唱えるタイミングを間違えると怒られるって話だし。いきなり出向くのはちょっとね」
満景は道順を頭に叩き込んでから、祝い品の中にあった新品の靴を履いて、件の定食屋に向かった。
真っ暗な道を、外套が青白い光で照らし、街路樹がその光を阻んで暗がりを作っている。
こういう明るい場所と暗い場所が交互に訪れる道は、目が明暗の反応を繰り返すことで視神経が混乱を起こす。その混乱によって、不意な幻視を発生させることもある。
光の中に居ない人の姿がチラつき、暗がりの中に存在しない者の影を見たりする。
そんな幻視を日常のどこかで体験でもしたのだろう。この道を歩いている人の多くは、どこか恐々とした態度でいる。
一方で満景は、祓い師としての感覚から、この道には人を害するほどの霊的存在はいないことを把握しているため、初めて行く定食屋への期待感から浮いた足取りになっている。
そんな周りと違う態度で歩いているからか、満景とすれ違う人たちは皆、満景が幽霊じゃないかと言いたげな顔で振り返って存在を確かめている。
満景は周囲の様子に気づく様子もなく、目的地の定食屋に辿り着いた。
しかしその瞬間、定食屋の中に入るのが嫌になる気分を抱いた。
「うーん。これは……」
満景は、店外ディスプレイに並ぶ蝋でできたサンプル品を見る素振りをしながら、定食屋のことを霊的な方向から確認する。
定食屋の中に、悪霊はいない。客に憑りついている霊も、満景が警戒を必要とするような相手はいない。
定食屋の土地が、呪われているわけでもない。ちゃんと地鎮祭を執り行ってから建てたようで、土地から感じる神気は大人しいもの。
風水的な見地から確認しても、定食屋の内外に不備は見当たらない。
色々な方向から見て問題ないはずなのに、満景は感覚的に、この定食屋に入りたくないと感じている。
「問題ないって思うのなら、踏み込んでみるべきだよね」
満景は、食品サンプルの中で一番美味しそうな定食を選んでから、店の中に突入することにした。