軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

365話

「おお、おめでとう!」

褒めたのだが、セーラたちは浮かない顔をしている。

せっかく『7つの謎』の一つである世界樹の実を見つけたというのに。一緒に発見したという世界樹の管理者であるメリッサたちもどこか暗い。

「誰か、忠告を聞かずに世界樹の実を食べちゃったのか?」

人数を確認したが、セーラたちもメリッサたちも誰一人欠けているわけではないようだ。

「見つけた場所がちょっとね……」

メリッサが答えた。

「ナオキさん、どうすればいいんですか? こんなもの」

セーラは齧られた痕のある世界樹の実を俺に見せた。世界樹の実は水の球の中に閉じ込められ、誰にも触れられないように浮かばせている。

「一つだったか?」

「いえ、こっちにもあります」

ドヴァンが革の袋に入った人の顔ほどもある大きな種を見せてきた。

「だいぶ食べられたな。ということは、周囲が爆発していたか……」

「骨も残ってないなんて……。あったのは指輪とか服の切れ端だけ。魔物も食べていたらしいんですけど、地面に爪痕しか残ってなかったです」

「種の方は山の上にあったんだけどね。そこら中が爆発があったみたいで地面が抉れてた」

セーラとメリッサがそれぞれ説明してくれた。

「こんなものあっちゃいけない、とわかっただけでも人類にとっては進歩だろ。とりあえず、『7つの謎』を解いた証拠として持っておくか? 俺は火山のマグマに放り込んだけど」

セーラたちもメリッサたちも「それがいい」と言い始め、とりあえずまだ種に果肉がついている方は火山に放り込むことに。種だけの方は、俺が革の袋に時魔法の魔法陣で時を止めて、『人類勇者選抜大会』まで持っていることになった。

世界樹の実の周辺にあった指輪が決め手となり、この前捕まえていたエルフの弟が爆死したことが判明。嗚咽を漏らすエルフに縄を解いてやることくらいしかできなかった。

「改めて、『7つの謎』を探す過酷さを知りました。やっぱり一筋縄ではいきませんね。死んでいった者たちの意思を汲み、どんな方法を使っても見つけていきますよ」

そう言ってセーラたちのパーティは、世界樹の実を捨てるため火山へと向かった。もしかして、こういうことになるから、誰も『7つの謎』を解かなかったのかな。

『時を刻む宝剣』と『世界樹の実』が見つかったという話は、発見者たちの状況なども含めてまたたく間に世界中に広がり、冒険者になろうとする希望者が激減したという。

『今までが多すぎたんだからいいんじゃない?』

『これで、少し楽になりますよ』

冒険者たちのトラブルなどに対応をしていたアイルとセスはホッとしていた。

「冒険する勇気のない奴らが冒険しなくなっただけさ。それより、竜の子たちはすごい速度で食べ物をエネルギーに変えるんだよ。消化器官がどうなってるのか見てみたいんだけどさ。どうにかゼットに言ってもらえない?」

ベルサは地下帝国で竜の観察を続けている。

「それ、研究のために解剖したいってことだろ? 竜族の誰か死ぬまで待ったほうがいい」

「それまで私が生きてないよ」

そう言いながらも、ベルサはメルモに指示を出しながら、竜の子たちを世話している。ゼットも黒竜さんも『空飛ぶ竜の乗合馬車』の仕事をしながらも、毎日様子を見に来ているようだ。

俺はというと竜の地下帝国と世界樹を繋げるトンネルを作るために、ひたすら穴掘り。今の食料調達のためのルートだと、世界樹から山脈を登って城から地下に潜るため、時間がかかる。それに、竜の子たちを外に出さずに育てても、また引きこもってなにもしない竜ができるだけなので、自然な環境で育てたい。

「世界でも過酷な環境で育てたほうが体力も警戒心も強くなるよ」というベルサのアドバイスで、ゼットと黒竜さんが世界樹と地下帝国の間にトンネルを作ることを決めた。

トンネルができれば、世界樹の管理者たちの出勤も楽になる。

その後、偏見が強いエルフとダークエルフに魔族の大統領のボウがキレて、ルージニア連合国と組んで経済制裁が始まりそうになったり、火の国が奴隷貿易を本格的に始め、元氷の国の奴隷たちが買い占められそうになったりしたが、瀬戸際で止めていった。

そんな事がありながら、竜の地下帝国と世界樹のトンネルは1ヶ月間、俺がひたすらツルハシで掘り進めて、どうにか人が一人通れるような穴ができた。方向さえわかればと、ゼットがトンネルを押し広げ、無事に立派なトンネルが開通。竜の子はメリッサたちにも可愛がられ、世界樹での生活を始めていた。

「ちょっと俺、アペニールに行くわ」

「ん? 了解」

何をするのか気づいていないベルサに見送られ、俺はアペニールに向かった。

開国直後ということもあって、冒険者たちとの刃傷沙汰もあるが、そこまで大事にはなっていないらしい。食べ物や娼館での金の感覚が違うのだとか。冒険者たちの娼婦の扱いが酷いため、何人も出禁を食らったとヨハンから聞いている。

「社長、聞いてくださいよ。最近、縄の縛り方を覚えたんですよ」

「ヨハン、お前はどこまでも自分を開発していくなぁ」

「ええ、どこまでも!」

ヨハンは真っ直ぐな目をしていた。勝手にしてくれ。

「社長もアペニールに行くなら、国境から入ったほうがいいですよ。身元が判明してるってだけで、ちゃんと扱ってくれますから」

そう言っていたヨハンのアドバイス通り、俺は国境から入って、闇の精霊に連れて行かれた古い長屋へと向かった。

古い長屋では女性たちが外で井戸端会議をしている。どうやら新しい闇の勇者が決まったのに、名乗り出てないため誰だかわからないらしい。

「どうして、今回に限って試験がなかったの?」

「さあ、お城は跡目のレクリア姫が自由になるために結婚をしないと宣言しちゃったから、それどころじゃなくなったんじゃない?」

「へぇ~、自由ってのは不自由だね」

「で、結局誰なんだろうね? 闇の精霊様も教会の僧侶たちにも言ってないみたいだし」

「この前、あのスケベ牧師が『私は知っている』と言ってたのは嘘かい?」

「「「うそうそ」」」

この長屋の女性たちは楽しげだ。

「こんちは。オエイさん、います?」

「あら? あんたはいつぞやのかわいい青年じゃないか?」

「かわいいなんて言ってくれるのこの長屋の人たちだけですよ」

「オエイなら、部屋ん中で寝てるよ。あの娘は完全に昼夜逆転してんだ。日が出ているうちは起きないよ。返事なくても戸を開けてみな」

井戸端会議をしていた女性たちにお礼を言って、オエイの部屋の戸を叩いた。

「……フゴ」

返事がない。

戸を開けてみると、オエイが半目を開けて座りながら寝ている。

「オエイさん、オエイさんってば!」

「はぁっ! なに? 夜這い?」

オエイは俺を見て驚いていた。

「いや違います。人相書きの依頼をしてほしくて」

「あれ? いつぞやお髭の男爵と来たかわいい兄ちゃんじゃないか? 夜這い?」

オエイは顔をシーツで拭いながら聞いてきた。

「話を聞いてないですね。人相書きをしてほしくて」

「なんだ、そっちか。何枚?」

「100枚くらいですかね」

「だったら、木版にして刷っちゃおう。代金は、お髭の男爵につけておくかい?」

「お願いします」

オエイは「どんな顔だい?」と俺に聞きながら、紙に木炭でミリア嬢の顔を描いていった。

「で、誰なんだい? これは」

「妻です。もしかしたらもっと若いかもしれませんが」

「ふ~ん、妻帯者だったか。よし、できた。こんなもんでどお?」

オエイが描いた人相書きはミリア嬢そっくりで「すげー、そっくりです」と驚いてしまった。話だけで、こんなに再現できるのはすごい。

「そうかい。じゃあ、彫っていくよ。すぐできるから、土間で待ってな」

「はい。あ、よろしければ、世界樹産の干し肉とカム実って果物です。貰ってください」

「いいのかい? 悪いね。世界樹!?」

オエイは話しながら仕事ができるようで、手を止めずに驚いていた。

「ええ、ここのところ世界樹で仕事をしていて」

「へぇ~、案外、すごい兄ちゃんだったんだね?」

「いや、オエイさんの方がすごいですよ」

「あ、お髭の男爵に聞いたかい? 勇者のこと? っていうか男爵の正体は知ってるのかい?」

「ああ、聞いてますよ。この前言ってましたし」

「そう。どうなの? 勇者ってモテたりするのかい?」

どうやら自分が闇の勇者になったことについて戸惑っているらしい。

「どうでしょうね。元土の勇者は結婚してましたし、元水の勇者も結婚しました。火と風は置いといて、光の勇者は娼館通いですね。開国した途端、アペニールにも通っているらしいです」

「なにそれ? ちょっと危ないじゃないか。強くなったりしたらできるのかな?」

「強さは関係ないと思いますよ。うちの社員たち、皆強いですけど、誰も結婚してないですからね」

「長屋の娘たちごと、貰ってくれる人いないかね?」

「うちの会社の部下とかならいいかもしれないですよ。世界的な運送会社を経営してますし、お金はあります。それから、今、近くに来ている元風の勇者は種苗屋ですし、しっかりしてますよ。あと、グレートプレーンズにいるラウタロさんって将軍も奥さんいなかったんじゃないかなぁ」

「意外によりどりみどりじゃないか?」

「ええ、妻探しが終わったら、紹介しましょうか?」

「いいね! お見合いパーティーとか開いてよ」

そんな会話をしているうちに、オエイはミリア嬢の木版を彫ってしまい、どんどん紙に刷っていった。闇の勇者とか関係なくすごい技術だ。

刷り上がったミリア嬢の人相書き100枚を受け取り、長屋を後にする。

「お見合い、よろしくねー」

「はーい」

それから、俺は竜の島へ行き、『人類勇者選抜大会』閉会式の準備を始めた。

せっかくなので新しい勇者誕生を祝う会を開きたい。竜の島は小さな島だし、島民たちもコムロカンパニーには協力的だ。「閉会式」をやりたいと言ったら、島民たちはすぐに手伝うと言ってくれた。

火吹きトカゲやイエローフロッグなどの特産品を中心に、料理も揃えてくれるという。

「すっかりこの島は有名になっちゃって、冒険者も観光客も来るようになったんだよ。これも『空飛ぶ竜の乗合馬車』のお陰だ」

そう言われると企画した方としては嬉しい限りだ。

『人類勇者選抜大会』も最後の月に入ると、候補者も絞れてきた。複数見つけていいというシステムだったため、誰かが見つけた『7つの謎』でも見つけたらカウントされる。

リッサ師匠たちが見つけた『キマイラの生息域』はすでに何人も見つけているらしい。

『取り出してはいけない小さき者たちの秘宝』はシャングリラの保管庫が「ダンジョンだ」と白状するの待ちになっている。

見つかっていないのは『砂漠に隠れた桃源郷』と『薬草の原種』だけ。あとはだいたい誰かに見つけられている。

「『薬草の原種』は迷路を解けば、くれるかもな」

そんな事を考えながら、冒険者たちの対応や「閉会式」の準備をしていたら、すぐに春が終わる一週間前になってしまった。

最後の一週間はコムロカンパニーも参加する、と事前に全世界に伝えていた通り、うちの社員たちは問答無用で暴れ始めた。

まず、シャングリラの保管庫にアイルとベルサが突入していき、速攻で保管庫を管理している小人族たちに「お願いですから、ダンジョンコアは取り出さないでください」という言葉を吐き出させた。また、大会中に文句を言っていた冒険者たちをぶっ飛ばし、新しい勇者たち全員を脅して『7つの謎』についての情報を吐かせたらしい。さらに各国の主要都市にある冒険者ギルドからは大会中の売上については後で話があると言っていたとか。現在は2人は北半球の光の精霊がいるダンジョンへ向かって迷路で足止めを食っているはずだ。

メルモとセスはシフトチェンジし、『人類勇者選抜大会』が終わるまでにできるだけ儲けることに。ゼットに言って塔の周りにちゃんとした建物を作らせ、職人さんたちや従業員にお願いして店を出した。コムロカンパニーのグッズだけでなく、衣服や回復薬の他、料理、生活に必要な魔道具、船の権利書まで販売し始め、さながら田舎にある巨大ショッピングモールのようだった。もちろん、各国の商人ギルドから苦情は来たが、最後の一週間はまったく受け付けない。

俺はと言うと、各地の冒険者ギルドを回り、オエイに刷ってもらった人相書きを配り、ミリア嬢の捜索依頼を掲示板に張り出していった。一週間で回れるだけ回る。

一週間後、アイルとベルサは、『薬草の原種』をむしり取ってきて、光の精霊にダンジョンの出禁を言い渡された。メルモとセスは呼び込みのし過ぎで声が枯れて「閉会式」に臨むことに。

「お前らな、俺がいくら評判を気にしないからと言って、各所に謝りに行く俺の身にもなれよ」

「「「「……」」」」

社員たちはまったく反省はしてないようだった。

「やるなぁ」

ゼットはなぜか先輩たちの所業に感心している。俺は、全てを後で考えることに。

メルモとセスの「金ならある」という触れ込みにより「閉会式」当日は、竜の島が沈むんじゃないかってくらい人が押し寄せてきた。島の各所で料理が振る舞われ、音楽が鳴り、人が踊っている。

そして『7つの謎』を解明した者たちが集まってきた。ただ、3つ以上解明した者は少ないらしく、知り合いばかりになってしまった。

「で、結局、一番多いのは誰なの?」

「3つだな」

「3つだろ?」

うちの社員たちは全員3つ解明したらしい。

「あ、私たち4つです!」

セーラが手を挙げた。

「『世界樹の実』『キマイラの生息域』『取り出してはいけない小さき者たちの秘宝』それから『砂漠に隠れた桃源郷』です。桃源郷は私のダンジョンでした」

「あー、そうか。確かに砂漠に隠れているもんな。じゃあ、優勝はセーラたちのパーティでーす! 皆さん、拍手~!!」

島中から拍手が送られた。

一応、全世界で投票したほうがいいかと思ったが、うちの社員たちに投票する者はいないので、セーラたちが初代『人類の勇者』に決定した。

俺は通信袋に思い切り魔力を込めて、全世界に向けて放送を開始する。

「はい、えー、お久しぶりです。『人類勇者選抜大会』実行委員です。この度、勇者が決まったのでご報告させてください。初代『人類の勇者』には『7つの謎』を4つも解明した、セーラ及び、そのパーティと決まりました! 単独首位なので、決選投票もありません。じゃあ、セーラ、お言葉を」

俺はセーラに通信袋を向けた。

「この度、初代『人類の勇者』になったセーラです。これは私だけの称号ではなく、パーティ全員で勝ち取った称号です。この3ヶ月必死で『7つの謎』に挑みました。標高の高い山中で眠れずに朝を迎えたこともありました。暗闇の砂漠で唸り声を上げる魔獣に怯えることもありました。針をさすような雨の中、たった一つの魔石灯を頼りに泥の中を駆けたこともありました。もちろん、夢を追い、破れていった者や自分を信じて跡形もなく消えてしまった者もたくさん見ました。そういう者たちの意思も背負い、最後まで旅を続けることができたと思います。これからは『人類の勇者』に恥じぬよう生きていきますが、至らぬところも多いかと思います。皆様方にはご指導ご鞭撻のほどをよろしくお願いいたします! 甚だ簡単ではございますが、これにて挨拶を終わらせていただきます」

ちゃんとした大人の挨拶をしたな。

「セーラは不遇な時期が長かったため、人の痛みがわかる人物です。どうか皆様もこの新しい『人類の勇者』を応援してあげてください。必ずや期待に答えてくれると信じてます。新しい勇者に向けて、皆様コップのご用意を」

通信袋を一度切り、なみなみと注がれたワインのコップを片手に持った。再び、通信袋に魔力を込める。

「では、乾杯!」

この星に、新しく『人類の勇者』というシステムが生まれた。

「初代と言いましたが、『人類勇者選抜大会』は5年に一回くらい開催できたらな、と思っております。その間に『人類の勇者』の皆さんには、新たな謎を設定していただきたいと思いますので、よろしく」

「え!? そんなの聞いてないですよ! ナオキさーん!」

セーラがこちらを向いて叫んだが、無視して通信袋に魔力を込め続ける。

「今回のことで、一般の方々にも冒険者についていろいろ伝わったかと思います。普段ふらふらと適当に旅をしながら、魔物を討伐したり、薬草を採取したりしているように見えて、意外にちゃんと仕事をしているでしょう? 世界中にいる種族についてもわかったかと。死ぬかもしれない依頼もあるので、種族や年齢、性別など冒険者には関係ありません。人間関係得手不得手や能力の差もありますが、皆、必死で依頼に取り組んでいます。依頼に失敗すると、評価も評判も下がりますしね! ね!」

評判を下げた社員たちを見たが、必死で目を逸らしていた。

「冒険者ギルドの掲示板に張られている依頼は全て誰かの願いです。今回、冒険者になった方々は、その願いを達成して感謝される喜びを知ったと思います。知らない人の願いでも達成すると気持ちがいいでしょう? 俺も、依頼を達成した後の飯と風呂が大好きです! ですから、依頼する方はどんな小さな願いでも依頼してみてください。今日もきっと冒険者ギルドの掲示板には依頼が張り出されています。俺の依頼も張り出されているはずなので、よかったら見てみてください。妻を探してます。それでは、また5年後の『人類勇者選抜大会』でお会いしましょう!」

これにて第一回『人類勇者選抜大会』が終了した。

翌日、130件のミリア嬢目撃情報や「私こそミリアだ」という本人情報が俺のもとにきた。もちろん、そのほとんどが勘違いや嘘。俺はその一件一件を全て回る。

「あら? あなた。お久しぶりね」

「ナオキっち、探したわよ~」

「私だけがミリアだと信じて頂戴」

など、どうしようもない人たちも見た。

ちょうど50人目だった。

竜の娘が『空飛ぶ竜の乗合馬車』で、グレートプレーンズの塔に立ち寄った際、ミリアという名の少女がいたというのですぐに向かった。

「先生!?」

会った瞬間にミリア嬢だとわかった。顔の表情の作り方も声も、転生する前と同じ。ミリア嬢は赤ん坊でも老婆でもなく、思春期を迎えたくらいの少女の姿をしてる。ただ、素足でボロボロの布切れを着て、大事そうにワインの瓶を抱いている。

「ミリアさん!」

「い、妹を助けて……!」

「当たり前だ! なにがあった?」

過呼吸になっているミリア嬢を抱きしめ、水を飲ませて落ち着かせる。

「会えて、よかった」

ミリア嬢は大粒の涙を流しながら、俺の肩で泣いた。

「ああ、遅れてごめん。どこにいるかわからなくて、世界中の人に協力してもらってたんだ」

「知ってる……ふぅ、ふぅ」

背中を擦っていると、徐々にミリア嬢が落ち着いてきた。身体には小さな擦り傷が無数にあり、足には血豆ができている。俺が回復薬を取り出すと、ミリア嬢は「これにはかけないで!」とワインの瓶を遠ざけた。

「その瓶になにが入ってるんだい?」

「妹。魔物になっちゃった」

ワインの瓶の中をよく見ると、煤のようなカビのような黒い粉と小さな魔石が入っている。ちょっと動いてるので、生きてはいるのかな。

「なるほど、ちゃんと塞ごう」

「ん、うん」

あまり塞ぎたくはないのだろう。

「回復薬をかけている間だけでいいから」

「わかった」

ミリア嬢が頷いたので、身体の傷に回復薬を塗り込んでいった。服も着替えさせて、大きめのローブとサンダルを履かせた。肩に奴隷印はなかったが、奴隷だったらしい。

「奴隷印を押されるのはちゃんとした奴隷だけ。いなくなってもいいような奴隷には必要ないの」

「そうか。それで、どうしていたか教えてくれるかい?」

「うん。でも、先に私の妹の話をしなくちゃね。妹は……」

もともと、火の国のレイクショアにいたらしい。ミリア嬢のお母さんとお父さんは、とても貧しく、長女のミリアは生まれてすぐに奴隷商に売られたのだとか。よくあることだとミリア嬢は言っていた。妹の名前はポーラと言い、数年前までは普通に生きていたが、突然、お母さんとお父さんがアリの魔物に食べられたという。

「その時に魂が抜けちゃったんだって。すぐに身体に戻ったんだけど、それからよく魂が抜けるようになったって言ってた」

ミリア嬢はワイン瓶を見ながら話した。

「たぶん、シマントってやつだな。前に駆除したことがある」

「そう。なんでも駆除してるのね。先生は」

「続けて」

「それから、ポーラは誰も養ってくれないから奴隷になって、たらい回しにされたのよ……」

火の国から、氷の国に行って、炭鉱で働かされ、その頃からポーラは徐々に魔物化が始まった。ただ、力がないのですぐに売られ、氷の国からシャングリラに。シャングリラでは仕事がなかったため、群島で貝採り漁船で働いていた。

ある日、膝を怪我して船に乗れなくなっちゃったらしい。それで、船着き場の隅でじっとしてたら、全身にカビが生えてきたのだそうだ。

「『うわぁ!』って驚いたら、カビごと魂が抜けちゃって、どこにでも行けるようになったの。それから楽しくなっちゃって、身体を放っておいて、群島中を回ったらしいわ。でも、そのうち、身体に戻れないことに気づくのよ。でも、自分の体を死なせたくないから、口に食べ物を運んだり、襲ってくる犬の魔物を追い返したり大変だったらしいわ。そんな時に私が身体に入っちゃったの」

「はぁ~、なるほどね」

「でも、ずっと喧嘩ばかりしてたわ。ポーラは『私の身体に入らないで』って。でも、一度入っちゃったらどうすることもできないじゃない? 頭叩いて、出てくるってわけでもないし。それで立ち上がったり喋ったりしたら、また貝採り漁船に乗せられて、ずっと仕事することになっちゃった。どうにか先生と連絡を取りたかったんだけど、私、貝採りがうまいみたいで、ずっと船長に見張られてたの」

「ミリアさんは、お茶屋もできるし清掃も得意で貝採りまでできるの?」

「ま、ポーラもいたからね。食いっぱぐれないわよ。いや、それでね、春から冒険者たちもたくさん船に乗るようになって、貝採りじゃなくて輸送船でお金を稼ぐようになったのよ。あの先生が主催してた『勇者大会』っていうのに便乗したのね」

「あ、そうなの?」

「それで、『勇者大会』が終わって、皆が酔いつぶれた隙にポーラと一緒にコンテナに隠れて逃げてきたってわけ。ここがどこだかわからないけど、光ってる塔まで行けば、どうにかなるかと思ったんだけど、突然、ポーラの具合が悪くなっちゃって」

「そうか。どうしちゃったんだろうな?」

俺はワイン瓶の中にいるポーラを見たが、あまり動かない。

「専門家に聞いてみる? せっかくだから大統領に聞いてみようか」

俺たちは魔族領の魔王城まで飛んで移動した。

「フハ、これは魔物に成り立てで踏ん切りがついてないんだろう」

ボウに事情を説明すると、ワイン瓶の中を覗きながら断定した。

「大丈夫だよ。お姉さんのミリアさんは逃げないし、君が魔族になりたいならここでなったらいい。突然、姉の夫のナオキが現れて戸惑う気持ちはわかるけど、許してあげてよ。フハ」

ボウがワイン瓶を逆さにして中を開け、魔力の手でなでていくと、ポーラは人型の立派なシャドウィックになった。

「そうか。寂しかったのね。ポーラ、大丈夫よ。私なら逃げない。身体を返してほしいなら返すわよ」

「ううん、いいの。この身体になったら、もう戻れないわ」

「魔に魅せられたか。フハ」

ボウが小さな声で呟いた。

「その身体はミリア、お姉ちゃんが使って」

「お姉ちゃんって言った? ポーラがお姉ちゃんって! 今までミリアって名前でしか呼ばなかったのに! フフフ!」

ミリア嬢はポーラの身体を抱きしめようとして、全然抱きしめられてなかった。

「フフフ! ポーラ!」

でも、全然気にせず、何度も抱きしめようとして笑ってる。

「お姉ちゃん、もういいって! もういいってば! すみません、不束な姉ですが、よろしくお願いいたします」

シャドウィック姿のポーラに頭を下げられてしまった。

「いえいえ、こちらこそよろしくお願いいたします」

そもそもお互いに存在すら知らなかった姉妹は仲直りし、ポーラはボウの一存で魔族領に住めることになった。

「ちょっとここで魔族のいろはを教えてもらってから、姉には会いに行きますから」

「ポーラ! お姉ちゃんって呼びなさい!」

「姉! 新婚なんだからちゃんと旦那さんにかわいがってもらうのよ」

「もらうわよ!」

ミリア嬢が俺に抱きついてきた。

なんだろう、この感情は。とにかく鼻の下がすげー伸びている気がする。

その後、俺とミリア嬢はフロウラの近くにあるお茶屋で夫婦生活を始めた。