軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

271話

柔らかい草花を踏みながら進んでいると、蚊の魔物が俺たちの周りを飛び始めた。

駆除業者の対応として、普通に魔物除けの薬を全員に振りかけると、案内をしてくれている獣人たちが信じられないものを見るような目で見てきた。

「魔物除けの薬です。まずかったですか? 蚊の魔物に刺されると痒いでしょ?」

「いや、そうなんだけど……」

ゴマフアザラシ顔のお姉さんは困ったような表情で、俺を見ていた。

セイウチ顔のお兄さんは「なぁ~ははは」と笑っている。

アシカ顔の青年は、どういう薬なのか聞いてきたので、匂いを嗅がせたりして教えてあげた。

「これは北極大陸にはないものです」

予知スキルを持っていても、こういう細かいことまで予知はできないらしく、かなり興奮していた。

「一応、自社開発した薬だからね」

ベルサが言った。そういえば、魔物除けの薬はローカストホッパー駆除の際に俺たちが開発したものなのか。

「ってことは、吸魔剤もそうなのかな?」

「吸魔剤? 魔力でも吸収しそうな名前ですね」

アシカ顔の青年は髭をピクピクさせながら聞いてきた。

「その通り。砂漠に魔力を吸収するサボテンのような草があって、それから作り出すんです。特に南半球産のは強力なんですよ」

俺がそう言うと、ゴマフアザラシ顔のお姉さんが鼻を膨らませて、「南半球に行くルートを見つけたの?」と聞いてきた。

「ええ、今はほとんど荒れ地ですけど、スライムはいなくなったし、ドワーフたちが頑張っているところですよ」

「ちょっとナオキ、そんな簡単に教えていいのか? そもそもポーラー族の方たちは南半球と言っても普通に知っているようだけど……」

アイルがなんでもしゃべる俺を制した。

「なぁ~ははは、大丈夫。この世界が半球と言われて信じるものは北極大陸にはおらんよ」

セイウチ顔のお兄さんが教えてくれた。

「そら、もう少しで基地にたどり着くから、辛抱してくれ」

俺たちは再び北極大陸の4人についていった。途中、長身のエルフ以外は疲れて歩く速度が遅くなったりして、すべての荷物は俺たちが背負うことになった。

「すまんな」

「いえ、助け合いです」

俺がそう言うと、北極大陸の4人は笑っていた。

空気が澄んでいて、汗ばむ身体に吹く風も気持ちがいい。遠くの山には岩肌が見えてはいるが、頂上付近はやはり雪が積もっている。

白い小さな花の花畑では、いつかマルケスさんのダンジョンで駆除したスノウフォックスが駆け回っている。ポーラーベアーというホッキョクグマに似た魔物がこちらに向かってきたが、音爆弾を投げると回れ右をして走り去ってしまった。

「無用な殺生をしないための魔道具か?」

「いえ、そんな大層なものではありません。海で使うと大量に魚の魔物が獲れますしね」

セイウチ顔のお兄さんに聞かれ、俺が答えた。

その頃には俺たちがなにかをやるたびに、北極大陸の4人は「んん~」と唸り、考え事を始めてしまうようになっていた。

「行きましょう」

「なぁ~、急がなくては夜がきてしまう……いや、夜はもう明るいんだったな」

セイウチ顔のお兄さんがつぶやいた。

「やっぱり、北極大陸ではすでに白夜なんですか?」

俺が聞いた。

「日は沈むが、明るい。眠りにくいなら睡眠対策を考えておいたほうがいいかもしれん。北極大陸の初心者は、よく睡眠障害に悩まされるからなぁ」

セイウチ顔のお兄さんが教えてくれた。散々魔物に使っていた眠り薬を自分に使う日が来るとは。

「あれがポーラー族の北極基地だよ」

ゴマフアザラシ顔のお姉さんが指さす方を見ると、鏡餅のような形をした建物があった。建物は4つあり、大きさはスーパーマーケットくらいのものから、小さい一軒家のようなものまで様々。4つの建物は窓もない渡り廊下で繋がっている。

「元はダナーン族という獣人族の遺跡だった場所でね。今でも地下には遺跡が埋まってるのよ」

「なぁ~、我らとしては調査を頼みたいのだがなぁ……」

早くも俺たちになにか依頼をしたいらしい。調査と言いつつ、実験台にでもされるんじゃないだろうか。

「清掃か駆除の仕事があれば依頼は受け付けますよ。ただ遺跡に関しては考古学者とかが専門でしょう。そういう方たちに頼むのが筋ってもんです」

「そりゃあ、違いないね」

ゴマフアザラシ顔のお姉さんが答えた。

「まぁ、用事が済んでからです。そういえば、北極大陸には冒険者ギルドとか商人ギルドとかあるんですか?」

ロクでもないことに首を突っ込む前に話題を変えよう。

「ない。しいて言えば、彼ら、ポーラー族は皆なにかしらの研究をしているってことだ」

背の高いエルフのポールが口を開いた。

「じゃあ、お三方もなにかの研究をしてるんですか?」

「私は料理ね」

「生命について少しな」

「天体」

ゴマフアザラシ顔のお姉さん、セイウチ顔のお兄さん、アシカ顔の青年の順に答えた。

「他の学問を修めている者もいるのか? 例えば魔物など!?」

突然、後ろからベルサが3人に聞いた。

「なぁ~無論、いる。光の勇者であるヨハンがそうだ」

セイウチ顔のお兄さんがそう言うと、「でも……!」とアシカ顔の青年が口を挟んだ。

「確かに、今はちょっと違うかもしれんなぁ……」

セイウチ顔のお兄さんが頷いた。

やはり光の勇者は引きこもっているようだ。

「悪いんだが、こちらの入り口から入ってもらえるか? 外から来る者は皆ここを通ることになっているんだ」

ポールが大きな建物の入口に案内してくれた。北極大陸の4人は橇を持って違う入り口から入るようだ。

上部が丸い形をしたドアを開け、4畳半ほどの玄関でしばらく待つよう言われた。なにかしらの検査があるのだろう。もしかしたら、やましい気持ちも検査されたりして。

「なにかされたりしませんか?」

メルモが不安そうに聞いてきた。

「郷に入っては郷に従えだ。なにかされたとしても、切り抜けられないような鍛え方はしてないだろ?」

「あっ、ナオキ、魔法陣だよ。なんの魔法陣だろ?」

アイルが床を見て言ってきた。

「おおっ、珍しい! これクリーナップの魔法陣だ。そうか、ここで外から来た人間の病原菌を落とすんだな。よくできている」

一応、船を下りる時に全員にクリーナップはかけているが、北極基地の設備に感動してしまう。

「魔法陣学を習得している人がいるってことですかね?」

セスが聞いてくる。

「研究者の集まりなら、いてもおかしくはないんじゃないか」

とりあえず、自分たちで床の魔法陣に魔力を込めてクリーナップ。他になにか変わったものはないかと玄関を見回すと、天井には大きな提灯型の魔石灯があった。

「光源が小さくても部屋全体を明るくできるようにしてるんだな」

ベルサが構造を予想していた。

北極大陸ならではの生活の知恵がありそうだ。

目の前にある引き戸のドアが開くと、マスクと白衣を着たドワーフの女性が魔石を持って立っていた。

「あれ? もう魔法陣起動させた?」

ドワーフの女性が聞いてきた。マスクをしているものの誰かに似ている気がする。

「はい、すみません。クリーナップなら全員にかけちゃいましたよ」

「あ、本当。魔石いらなかったわね。エルフのポールに聞いたけど、蚊の魔物に刺されなかったって?」

砕けた口調で聞いてきた。声も誰かに似ている気がする。

「ええ、魔物除けの薬を使ったんです」

「そしたら、こっちで血液検査をしないといけないんだけど、いい?」

「蚊の魔物で俺たちの血液を採取するつもりだったんですか?」

「そう。本当はこっそりやろうと思ったんだけどね。コマから、あ、あなた方を迎えに行った獣人の女性から、正直に話したほうが早いって言われてね」

だったら魔物除けの薬を使わないほうが良かったか。でも、痒いしなぁ。

「あなたたちのためでもあるのよ。北極大陸はいろいろと他の地域と違うから異常をきたす人も多いから、健康な時に体の状態を調べておいたほうがいいの」

「なるほど、わかりました。どうぞ」

俺は袖をまくって腕の内側を見せた。

「採血は慣れてるようね? どっちにしろ、玄関じゃなくてこっち来て」

そうか、採血と言っても注射器があるわけじゃないのか。注射器の針って作るの大変そうだもんな。

ドワーフの女性に連れられて引き戸の向こうに行くと、真ん中に木が植えられているホールのような場所に出た。中の構造としては吹き抜けのあるショッピングモールのようだ。建物の中に中庭があり、それを囲むように部屋がいくつか分かれている。

人族やエルフも多いが海獣系の獣人たちが多く、慌ただしく動き回っていた。ドワーフは前を行く白衣の彼女だけ。チラチラと獣人たちは見てきたが、立ち止まったり、近づいてくるものはいなかった。

玄関近くの部屋に案内されて、俺たちは丸椅子に座らされた。長机があり、袖をまくって腕を出しておいてくれ、と言われた。ドワーフの女性は隣の部屋へ。

前の世界でも採血の経験があるので、特に怖いということもなかったが、社員たちは俺の真似をしているものの顔は不安そうだ。

「じゃ、少しの間我慢してね。堪えられそうにない人は目をつぶっているように」

隣の部屋から、瓶を持ったドワーフの女性が戻ってきた。瓶の中には大豆くらいある大きめのダニの魔物。探知スキルで見ると黄色いので使役されているようだが、まさか魔物を使って採血するとは。

「うほっ!」

と興奮しているのはメルモだけ。

瓶の蓋を開けた途端、ダニの魔物は俺たちの腕に止まり、血管を探してもぞもぞ動いたかと思うと、前触れもなく身体が膨らんでいた。注射器での採血よりも痛くないのが不思議だったが、しっかり俺たちの血を採取したようだ。

「結構、痒くなるから痒み止めと薬草を渡しておくわ」

そう言いながら、ドワーフの女性はダニの魔物を回収しながら、軟膏が入った瓶を渡してきた。渡された軟膏よりも回復薬の方が効果があるようなので、俺たちは自分たちの回復薬でダニの魔物に食われた場所を治した。

「へぇ~、いい回復薬を持っているのね」

「見ますか?」

俺はドワーフの女性に回復薬を見せた。

「異常な純度ね! これはスキルの恩恵?」

そう言いながら、ドワーフの女性がマスクを外すと、アーリムそっくりの顔が現れた。

「アーリム!?」

思わず、火の国であった魔道具屋の名前を叫んでしまった。

「妹を知ってるの?」

アーリムの姉だったか。

「火の国で会いました。魔道具屋をやっているはずですよ」

「そう。生きているならいつか会えるかもね。へぇ~、よかった。教えてくれてありがとう」

表情にはあまり現れてないが、妹の現状を知って嬉しそうではある。

「いえ」

「じゃあ、血液検査は結構、時間がかかるから、自由にしてきていいわよ。部屋とかどうするのかしらね? ポールから聞いてない?」

そう言われてもどうすればいいのやら。

「フェリル、終わったか?」

部屋の入り口に背の高いエルフ・ポールが立っていた。

「ああ、ポール。探してたのよ。採血はしたから、もういいわよ」

「わかった。じゃあ、駆除人たちは族長への挨拶を済ませておくか?」

ポールはエルフなので俺たちを駆除人と呼ぶようだ。風の妖精の噂でそう聞いていたのかもしれない。

「お願いします」

「一応、この基地にいる者たちには君らが駆除人であることは知られている。その青い服を着ていれば、たぶん、この基地のどこに行っても歓迎はされるだろう」

随分と優遇されている。それが妙に怖いな。

「実験体にされないように気をつけてくれ。皆、狙っている」

そういうことか。

「ありがとうございます」

「では、こちらに来てくれ」

俺たちは周囲を観察しながら、ポールについていった。

基地の中ではいろいろな研究がされているようで、介護ロボットスーツのような魔道具の補助器具を付けた人がワイルドウルフというオオカミの魔物と走っていたり、中庭の植物の生育状況を調査している人がいたり、薬品が入ったバケツをぶち撒けて半分透明になっている人がいたり、面白そうなことがそこかしこで起こっている。

俺たちは通路を通り違う建物へと連れていかれた。

「ここだ」

ポールは「族長室」と書かれた部屋の前で立ち止まった。

「全然、来ないじゃないか!? オタリーの予知も、いい加減なものじゃ」

甲高い声が族長室から聞こえてきた。オタリーって確か、一緒に来たアシカ顔の青年の名前だったよな。

「違うよ! もう来てるってば! おじいちゃんが寝坊したから僕が迎えに行ったんじゃないか!?」

コンコン

「失礼します」

ポールはため息を吐き、ノックの返事も聞かずにドアを開けた。

「はぁ!? ポール! 急に……そ、そやつらが駆除人か?」

両端に本棚がある部屋の真ん中で、オタリーと小柄な老人がこちらを見て、驚いていた。

老人は声も顔の表情も、ほとんどリドルさんと同じ。違うのは髭くらいだろうか。

「どうも、こんにちは」

早くも、目的の一つが達成されたかもしれない。リドルさんの異母兄弟を見つけた瞬間だった。