軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

38

ビアンカは目の前に広がる光景にひくりと口の端をふるわせた。

そしてゆっくりと自分の隣に座るネロに目を向ける。

「ネロ様、これは一体どうなっているのですか?」

「ん? 君に似合うと思って集めたんだ。どれも綺麗だろう」

どこか得意げな笑みを浮かべるネロに、ビアンカははくはくと口を開閉させた。

「確かに綺麗ですけど……私の身体はひとつしかないんですよ! こんなにたくさんの宝石をい

いただいても困ります!」

応接室の机の上には、数多の宝石が並べられていた。

大ぶりなものから小ぶりなものまで様々な色形のものが揃っており、どれもまばゆいまでに輝い

ている。

どれも一級品であることは疑いようがないだろう。

部屋で本を読んでいる最中、突然ネロから応接室に来るように呼ばれてきてみれば、みたことも

ないようなこの宝石たちが既に並べられていたのだ。

「こんな高価なものいただけません」

少し口調を強めれば、ネロがしゅんと眉を下げた。

その表情の変化にビアンカはうっと言葉を詰まらせる。

「……前世の俺は妻にほとんど贈り物をしなかったんだ。それをずっと後悔してる。だから、ど

うしても贈りたくて」

「うう」

卑怯者、と言いたくなるのをビアンカはぐっと飲み込む。

声を荒げないように気をつけながら小さく息を吸い、ネロの手にそっと自分の手を重ねた。

「先日もドレスを作っていただいたばかりですし、もう充分ですわ」

前世のことを打ち明けられてからというもの、ネロはこれまで以上にビアンカに尽くすようにな

った。

仲直りができたということもあるのだろうが、とにかく側に置きたがるし、贈り物も絶えない。

いい加減にしてほしいとつきはなせばいいのだろうが、何せ前世のことでネロがどれほど苦しん

でいたかを知った今となっては、その気持ちを無下にはできないでいた。

「だが……贈りたいんだ」

「う……」

まるで子犬ような視線を向けられ、ビアンカはきゅっと唇を引き結ぶ。

ネロのことを好きだと自覚してしまったせいで、ビアンカもネロに随分と甘くなってしまった。

暇があれば膝の上にのせられ、何もかも世話をしようとしてくるネロの一挙一動が恥ずかしが、

どこか嬉しくてたまらないのだ。

ネロに深く求められ、愛されていると感じてしまっている。

(いけない。甘やかしちゃ駄目)

「とにかく、こんなにたくさんは必要ありません」

「ビアンカ……」

「だから、ひとつだけにします」

数多ある宝石の中から、ビアンカは小指の先ほどの石を指さした。

名前はわからないが、とても深い青がとても綺麗だと思ったのだ。

「この前仕立ててくださったドレスも青ですし、これでペンダントを作ってください」

「ああ。まかせておけ。最高の職人を探そう」

音がしそうな勢いで表情を明るくさせたネロは、早速使用人たちに指示を飛ばしている。

使用人たちの表情も微笑ましそうで、きっとネロとビアンカが仲良くしていることに安堵してい

るのだろう。

ほんの数日までは顔もあわせなかったのだから、当然かもしれない。

今となっては申し訳ないことをしてしまった。

(とはいえ、あれはネロ様のせいだし)

勝手に拗らせてビアンカと距離を取っていたのはネロだ。

とはいえ事情がわかった以上は、そうするしかなかった気持ちも少しだけわかる。

「この色はビアンカの白い肌によく映えそうだ」

ビアンカを見つめるネロの瞳はどこまでも甘い。

(でも、ネロ様は見ているのは私じゃない)

幸せだと感じると同時に、ビアンカの胸にはじわりと黒いもやがかかる。

ネロが何より愛しているのは、ビアンカの前世であるアルルなのだ。

かつて心から愛した妻であるアルルの魂を持っているからこそ、ネロはビアンカを選んだのだか

ら。

(私が本当の意味でネロ様に愛されることはないのよね)

ビアンカはアルルであった頃を覚えているが、自分とアルルは別の人間だと感じていた。生まれ

も育ちも違うし、考え方だって違う。

(私がアルルとまったく違うことをネロ様はどう思っているのかしら)

魂を愛しているから些末な違いなど気にしないと言うのか、それとも本当は不満に思っているの

か。

そんなことを考えながら横顔を見つめていると、ネロがどうしたの?とでも言うように目を細め

てきた。

「ビアンカ? もしかして他にも欲しい石が?」

「いいえ。それひとつで充分です」

「無欲だなぁ」

嬉しそうなネロの顔にビアンカは今日も質問をぐっと飲み込む。

この幸せな日々が、いつまでも続いてほしい。

知りたくないことから目をそらせばいい。

そう、己に言い聞かせ続けていたのだった。

そんなビアンカの努力により成り立っていた平穏な日々に、ある一通が舞い込んできた。

手紙に目を通すネロの表情は酷く硬い。

「どうしたんですか?」

「城からの呼び出しだ。母上の体調がよくないらしい」

「ええ!」

思わず大きな声が出てしまう。

ネロの母と言うことは、この国の王妃ということだ。

「大変じゃないですか」

「ああ。とにかく一度戻ってこいということだ」

「そうですよね。すぐに支度をしないと」

どうしようとビアンカは慌てるが、何故かネロはその場から動かなくなってしまった。

そんなにショックなのかと心配していると、彼は深刻そうにこちらに目を向ける。

「ビアンカ、一緒に城に行かないか」

「え? 私も、ですか」

「ああ」

頷くネロの表情は真剣だ。

「これまで俺は君を傍に囲い込むことばかり考えていた。だが、このまま君をここに閉じ込めて

おくのはよくないと気がついたんだ」

「ネロ様……」

「君を正式に父上と母上に紹介し、皆にも君を知ってもらいたい」

じんと胸がしびれる。

ネロがビアンカとの未来を前向きに考えてくれるているのがひしひしと伝わってきた。

「嬉しいです。私も、ご挨拶したいです」

「よかった。なら支度をしよう」

「はい」

こうしてビアンカは、ネロと共にこの国に来てはじめての旅にでることになったのだった。

とはいえ城はネロと暮らす屋敷から馬車で半日ほどと、さほど離れているわけではなかった。

明け方に屋敷を出たこともあり、夕暮れ前には城にたどり着くことができた。

「わ、あ」

ネロの屋敷を見たときも大きいと感じたが、城の規模はそれをさらに上回るものだった。

馬車から降りたビアンカは見上げても天辺が見えない大きさに思わず口を開けていると、隣に立

つネロがふふっと笑い声をあげた。

恥ずかしさにビアンカはあわてて唇を引き結む。

城内に入ると、兵士や使用人たちがネロを出迎えてくれた。

まずはネロの部屋に案内されるらしく、長い廊下を二人で並んで歩く。

「王妃様は大丈夫でしょうか」

「手紙ではとにかく会いに来てくれとしか書いてなかった。内容的にそこまで深刻なもののよう

ではなかったが……」

そういいながらネロは周りを見回し、怪訝そうな表情をうかべた。

「ネロ様?」

どうしたのかと声をかければ、ネロははっとしたように表情を改める。

「いや、なんでもない。俺の部屋に行こう」

「はい」

通されたのは王城でネロが使っている私室だった。屋敷の部屋よりもずっと広くなにもかも豪華

なのはさすがというところだろう。

落ち着かなさにきょろきょろしていると、ネロがくすりと笑った声が聞こえた。

「ここにくるのは初めてだものな。すこし休んでいるといい」

「ネロ様は?」

「挨拶をしてくる。母上のことも詳しく聞いてくるから待っていてくれ」

「はい」

まだ婚約者という立場でしかないビアンカは、最初から挨拶についていくわけにはいかない。

大人しくここで待っていようと頷けば、ネロが何か言いたげな顔で見つめてきた。

「どうしましたか?」

「部屋の前には護衛を付けておく。なるべくすぐに戻ってくるから」

心配そうな口調に、ネロがビアンカを深く案じているのが伝わってくる。

一人にするのが不安でたまらないというような様子だ。

「大丈夫ですよ。大人しくしていますから」

「ああ」

名残惜しそうに何度も振り返りながら部屋を出て行ったネロを見送ると、部屋の中に一人きりに

なる。

慣れぬ場所ではあったが、随所にネロの気配のようなものが感じられた。

少し休もうとベッドに腰掛けてみれば、ネロがよく付けている香水の香りまでしてくる。

おかげで少しだけ身体の力が抜けるのがわかった。

(王妃様に何事もなければいいのだけれど)

ネロと家族の関係については、道中の馬車で説明されたものの、本当に表面的なことだけしかま

だ知らない状態だった・

両親である国王夫妻と関係はそこまで悪くはないようだが、兄である第一王子と確執もあり、あ

まり親密とは言えないよう様子だった。

とはいえ、病と聞けば駆けつけるほどには慕っているのだろう。

(そういえば、お城ということは第一王子殿下もいらっしゃるのね)