作品タイトル不明
01
カルポスは、海に面した小さな国だ。
一年を通してあたたかな気候ということもあり陽気な国風と有名。
代々の国王は厳格な君主というよりは『陽気なお父さん』という立ち位置で国民たちから慕われている。
小さな国であることから貴族の数も少なく、争うよりも一緒に食事をするほうがいい、というのんびりとした者たちばかりなので、余所の国で聞くような派閥争いであったり、ドロドロとした政略結婚であったりとは無縁。
地形のおかげで他国から攻め込まれることもほぼない、とても平和な国である。
「ビアンカ。今夜の舞踏会楽しみね」
「そうねぇ」
従姉妹のリリアナに、ビアンカはどこかのんびりとした返事をする。
ドレスルームにはありとあらゆる色のドレスが所狭しと広げられているが、それらすべてはリリアナが自分のために引っ張り出したものだ。
ビアンカはその選抜から漏れた中から、今夜の雰囲気に合いそうなものを見繕っている。
「もう、どうしてそんなにやる気がないの? おじ様たちから今度こそはいい相手を探すように言われているんでしょう?」
「うーん」
「せっかくかわいい顔をしてるんだからきれいにしなきゃもったいないわよ」
リリアナの言葉に、ビアンカは「はは」と乾いた笑いをこぼした。
アプリコ伯爵家の令嬢、ビアンカは今年で十八歳。
母親譲りの明るい茶色の髪に、父親そっくりの青い瞳。くるりとした瞳は我ながらかわいいとは思うし家族は褒めてくれるが、自分ではそこまでとは思っていなかった。
「お父様が勝手に言っているだけでしょう? お母様はゆっくりでいいとおっしゃっていたわ」
女性の結婚年齢は十七歳から二十歳までの間と言われている。
十八歳であるビアンカは焦る年齢ではない。
「ビアンカの場合、少しくらい焦らせないと相手を決めなさそうだから言っているの。普段はしっかりしているのに、どうして結婚のことになると急にやる気をなくすのよ。結婚したくないの?」
妙に鋭いリリアナの言葉にビアンカは苦笑いを浮かべる。
リリアナはまだ十六歳と結婚を焦る年ではないが、恋愛や結婚への夢いっぱいという様子ですでにあれこれとお見合いの話を受けているらしい。
「結婚したくないわけじゃないのよ? いいお相手がいればいいなって思ってるわ」
「ビアンカの考えるいいお相手ってどんな男性なのよ」
「そうねぇ……明るくて誠実で会話ができて、私のことをちゃんと好きな人、かしら」
指を折りながら理想の条件を告げれば、リリアナが変な顔をしてこちらを見つめる。
「現実的なんだか理想が高すぎるのかわからない条件ね。見た目は? ほら、背の高さとか」
「……あまりたくましすぎる人は、苦手かも」
少し考えてから答えれば、リリアナは片眉をつんと跳ね上げた。
「まるで誰かを想像しているみたい」
「えっ?」
「もしかして、本当はもう気になる方がいるんじゃない?」
「い、いないわよそんな人」
追及から逃げるため、ビアンカは手に持っていたドレスを抱きしめ試着室に飛び込む。
「ふう……」
狭い試着室の中には全身が見える姿見が取り付けられていた。
そこに映る自分を見つめながら、ビアンカは深いため息をこぼした。
(言えないわよね。まさか前世の夫とは真逆の人がいい、なんて)
ビアンカには前世の記憶がある。
おそらくは今よりもっと遠い昔、歴史書に載っていないような時代を生きた記憶だ。
とある小国で側室が生んだ王女。冷遇され育った彼女は、父親の命により戦で名を上げた将軍の褒賞のひとつとなった。彼は平民から成り上がった人物で王族にはじまる貴族を嫌悪しており、無理矢理与えられた妻となった王女との結婚を心底嫌がっていた。
『お前を愛することはない』
初夜での冷酷な言葉は今でもはっきりと思い出せる。
結婚しても夫婦とは名ばかりの他人以上に距離のある関係だった。
そんな結婚生活は長くは続かなかった。暴君と成り果てた父王への反発が高まり、クーデターが起きたのだ。
その首謀者は他の誰でもない、夫。王女であったビアンカの前世は捕らえられ、最後には夫の手により命を落とした。
『俺の手で終わらせてやる』
剣を振り上げながら告げられた死の宣告が前世での最後の記憶だ。
あまりにもかわいそうすぎる。
前世の記憶を思い出したのは十歳の誕生日だったと思う。
兄が取り寄せてくれた可愛らしい手鏡には今の自分ではなく、過去の自分が見えたのだ。
淡いストロベリーブロンド、大きな紫色の瞳、透けそうにほどに白い肌。
父王に無理矢理に娶られた母に生き写しの美しさを持ちながら、疎まれ誰にも愛されず、最後には夫の手により命を落とした憐れなお姫様。
『いやぁ……!』
それが前世の自分だと気がついたビアンカはあまりの衝撃に、その日から三日ほど寝込んだ。
そして心に決めた。次は愛し愛される結婚をしたい。傍にいてくれて、一緒に笑ってくれる人がいい、と。
理想の相手を探そうと頑張った時期はあったのだ。
だがどうも前世の記憶がトラウマになっているらしく、男性を前にするとうまく話せずなかなかうまくいかない。
今では結婚だけが人生ではないし、どうせなら一人でのんびり生きるのも悪くはないのではないかとさえ思っているくらいだ。
(家はお兄様が継ぐし、お姉様は嫁ぎ先でうまくやってる。私一人くらい自由に生きたっていいわよぇ)
父あたりは反対しそうだが、母はわりと放任なのでビアンカの気持ちを汲んでくれているところがあった。
(舞踏会が終わったらお話してみようかしら)
今夜開かれる舞踏会は、隣国からの使者を歓迎するために開かれたものだ。使者の中にはまだ婚約者のいない隣国の第二王子がいるということで、王家から未婚で婚約者のいない適齢期の令嬢はなるべく参加するようにというお達しがきている。
(あわよくば隣国と縁を繋ぎたいということなんでしょうね)
隣国であるオランジュは軍事国家として名高い。国の規模はカルポスの倍以上といったところだ。
今のところ関係は良好だが、もっと仲良くしておくことに越したことはない。
もし第二王子がこの国の令嬢に目を留めてくれれば、といううっすらとした期待が感じられた。
とはいえ無理に籠絡せよという圧は感じない。
未婚女性と同じ数ほど未婚の男性も参加するらしいので、強いて言うならば王家主体の合同お見合いのような場も兼ねているのだろう。
(気が重いわ)
本当なら行きたくはなかったが、ビアンカに早く結婚して欲しい父の懇願に負けて参加することになったのだ。
憂鬱な気分を切り替えるため、抱えていたドレスを身に纏ってみる。
薄紫のチュールが印象的なふんわりとしたデザインのおかげで、ぱっとしない自分でもそれなりに見えた。
(いい人がいればよし、いなければお父様たちと話す。よし、決めたわ)
ぐずぐずと悩むのは性に合わない。
ビアンカはぱっと笑顔を作り、試着室の前で待っているであろうリリアナの元に戻ったのだった。