軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

三鷹さんの所信表明

拝啓 迷宮事業部の皆様

まずはじめに、発足からの短期間にもかかわらず、複数の事案を解決に導いてきた皆様の尽力に心からの敬意と感謝を表します。

一つ一つの命を大切に救ってこられたのは、皆様のプロフェッショナルと決断力があってこそです。現場で救助にあたる迷宮救命士および救助協力者の皆様はもちろんのこと、オペレーティングやバックアップチームの誰一人が欠けても、これらの成功を手にすることはできなかったでしょう。

しかしながら、私は現状を冷静に見つめる必要があると考えます。迷宮事業部の救助体制はいまだ十分とは言えず、そのために皆様一人一人に負担がかかっている現状は問題であると言わざるを得ません。

緊急時の救助体制、必要な戦力の不足、人員配置の最適化など、解決すべき課題は山積みしています。

このような状況を踏まえ、部長として以下の方針で臨みたいと考えています。

一、持続可能な救助体制の構築。

一時的な成功や個人の献身に依存せず、継続的に機能する救助体制を構築します。

二、事業部員および救助協力者の安全確保。

救命活動に従事する皆様自身の心身の健康を最優先事項とし、無理のない業務環境を整えます。

三、組織基盤の強化と拡充。

人員、設備、マニュアル、トレーニング体制など、救命活動の基盤となる要素を早急に整備します。

四、重大事案への対処方法の確立。

六層級の魔物に代表される重大事案への対応を可能とする戦力を確保し、いかなる事態においても組織として対処する方法を確立します。

最後になりますが、皆様へのお願いとお約束です。

多くの課題を抱える中で、皆様に多大なご負担をおかけしている現状こそが喫緊の課題であると認識しています。このような状況を一日も早く改善するために、部長として全力を尽くす所存です。

仮に厳しい状況に直面したとしても、「無理をしない」「助け合う」「声を上げる」ことを大切にしていただきたいと思います。個人的な負担が大きくなっていると感じた際は、遠慮なく私にお伝えください。

私たちの活動は、文字通り「命を救う」という、何ものにも代えがたい価値あるものです。この誇りを胸に、迷宮内の救助体制の構築に向けて、ともに歩んでまいりましょう。

今後とも、何卒よろしくお願い申し上げます。

日本赤療字社迷宮事業部部長 三鷹愛美

*****

「ふぁ……」

迷宮事業部、少しだけいい位置に移った三鷹さんのデスクにて。

配られた所信表明を読んだ私は、我ながら間の抜けた声を上げた。

「み、三鷹さんって……。とっても、大人、ですね……?」

「そりゃまあ、大人ですけども」

「かっこいい、です」

「……どうも」

所用があって事業部を訪れたついでにと、素っ気なく渡されたのがこの所信表明演説だ。

読んでくださいと言われたので、読んで感想を言ったら、三鷹さんはちょっと苦笑していた。

「まあ、ただのかっこつけじゃないですよ」

咳払いを一つ。三鷹さんは怜悧な顔を作った。

「電撃就任もいいところでしたが、これはこれで好機です。せっかく部長になったからには、これまで以上に迅速に体制を構築せねばなりません」

いつものようなにこにことした温和な微笑みだとか、からかうような優しさはそこになく、どことなく緊張感が漂っている。

「やらなければならないことは山積みです。明日にだって、またあの時みたいなことが起こらないとは限らないんですから」

先日、我らが迷宮事業部の部長に就任してから、三鷹さんは少し変わった。

凛々しくなったというか、笑わなくなったというか。張り詰めた、というか。

その変化がいいことなのか、悪いことなのか、私にはわからないけれど。

「三鷹さん」

だからただ、思ったことをそのまま言った。

「笑ってください」

「……笑う?」

「大丈夫、です」

慣れない笑みを作ってみる。

いつか、三鷹さんがこうしてくれたように。

「私、がんばりますから」

そう言うと、三鷹さんは少しだけ間の抜けた顔をして。

前みたいに、くすりと微笑んだ。

「……わかってるようで、わかってないですね。あなたは」

「え、と……?」

「ご心配感謝いたします。が、無理はしないでくださいね」

「え、あ、はい」

なんか、心配したつもりで、逆に言い含められたような……?

……まあいいか。こういうの、なんだか三鷹さんらしいから。

「ともあれ、今日の用事としてはそんなところです。なにか質問などありますか?」

「あ、えと。質問ってわけじゃ、ないんですけど」

さっきの所信表明で、気にかかったところがある。

具体的には最後の一行。『日本赤療字社迷宮事業部部長 三鷹愛美』の部分だ。

「三鷹さんって、下の名前、あったんですね」

「そりゃまあ、私も人の子ですから」

「まなみさん、ですか?」

三鷹さんは笑みをぴしりと固まらせた。

「あの、えと……?」

「……………………らぶみ、です」

長い沈黙の後、笑みを浮かべたまま三鷹さんは答える。

「三鷹らぶみです。愛に美しいと書いて、らぶみと読みます」

「え、あ、え」

「他になにか?」

三鷹さんはにこにこと微笑む。

その笑みの裏に、なにか凄みのようなものが滲んでいた。

「あ、あの、三鷹さん……?」

「はい、どうしました?」

「なんか、えと、怖い、です……」

「そうですか」

三鷹さんは凄みのある笑みを取り下げない。

なにか言わなきゃと、頭の中がぐるぐるになって。

「あ、あの……! 私は、らぶみって、かわいいお名前だなって……!」

「白石さん」

三鷹さんは私の言葉を遮った。

「今後、部内で本件を取り扱うことを禁じます。部長命令」

「…………わかり、ました」

並大抵の命の危機なら覚えがあるけど、この時感じた危機感はそのどれとも違う。

……ちょっとだけ、身の危険を感じたりもした。