作品タイトル不明
愛した理由
第54話 愛した理由
経理課長の想い。
あの日、初めて見たとき。
なんて人なのだろうと思った。
設計図を描きながら、工場に指示を出し、販売計画を立て、資金繰りを計算する。
一人で全部やってしまう。
しかも、怒鳴らない。
部下の失敗を笑って許す。
孤児院の子どもたちの頭を撫でるその手は、大きくて温かかった。
「住む場所は大丈夫か?」
「困っていることはないか?」
あの優しい声。
胸がきゅっと締めつけられた。
――この人のために働きたい。
いや。
この人のために生きたい。
気づけば、恋に落ちていた。
秘書の想い。
商人協会の夜会。
燭台の灯りの向こうで、静かに笑う中年の男。
若い男のような派手さはない。
だが、落ち着きがあった。
話すたびに、相手が安心する。
それが分かった。
「彼は次々に発明を生み出す男だ。」
父が誇らしげに語っていた。
だが、私の胸を打ったのはそこではない。
失業者を雇い、子どもを救い、怒らず、誇らず、驕らない。
優しい目。
――あの人の隣に立ちたい。
父に頼み込んで秘書になった。
邪魔な経理課長のオールドミスがいたけれど、敵ではない。
私が一番役に立つ。
私が一番支える。
二人は同じ男を愛してしまった。
だが奪い合わなかった。
守るために並んだ。