作品タイトル不明
疑心暗鬼が会社を殺す
第53話 疑心暗鬼が会社を殺す
蒼天の崩壊。
蒼天だった。
皮肉なほど、澄みきった青空だった。
マルペンは寝台に横たわったまま、天井を見つめていた。
商会は倒産した。
あれほど活気に満ちていた工場も、倉庫も、店舗も、今は静まり返っている。
「……俺のせいか。」
誰もいない部屋で呟く。
判断を誤ったのか。
拡大が早すぎたのか。
信じすぎたのか。
答えは出ない。
だが、崩れたのは事実だった。
一つ目のひびの始まりは、小さな噂だった。
「マルペン商会は危ないらしい。」
根も葉もない話。
だが、同じ言葉を三人から聞けば、人は信じる。
販売課長は酒場で呟いた。
「社長は最近、様子がおかしい。」
借金に追われ、板挟みにあい、心は濁っていた。
本気ではなかった。
ただ、愚痴だった。
だが愚痴は、形を変える。
「社長が横領しているらしい。」
「女に入れ込んでいるらしい。」
「帝国へ逃げる準備をしているらしい。」
言葉は膨らみ、独り歩きした。
二つ目のひび
ある日、若い従業員が社長屋敷を訪れた。
庭先で見た。
女が泣いている。
社長が腕を掴んでいる。
「やめてください!」
その叫びだけが耳に残った。
従業員は凍りついた。
販売課長の言葉が脳裏をよぎる。
――社長はおかしい。
彼は何も確かめず、引き返した。
その夜、話は広まった。
「社長が女を襲っていた。」
事実は違った。
女は借金取りに脅されていた。
社長は庇っていただけだった。
だが、真実は遅い。
噂は速い。
三つ目のひび
社長は帝国へ出張した。
新規契約の最終交渉だった。
だが帰還予定日を過ぎても戻らない。
連絡もない。
手形の決済日が迫る。
「やはり逃げたのか。」
誰かが言った。
もう誰も否定しなかった。
そして崩壊
材料代の引き落としができなかった。
不渡り。
工場の門に怒号が響く。
「金はどうした!」
「社長はどこだ!」
誰かが叫んだ。
「女二人と帝国へ逃げたらしい!」
それは噂だった。
だがその瞬間、事実になった。
従業員の目から信頼が消えた。
取引先が手を引いた。
銀行が融資を止めた。
そしてマルペン商会は崩れた。
遅すぎた帰還
数日後、マルペンは戻った。
帝国で足止めを食らっていただけだった。
新規契約は成立していた。
だが門は閉ざされていた。
従業員の目は冷たい。
販売課長はうつむいたまま言った。
「……みんな、信じられなくなったんです。」
マルペンは何も言えなかった。
空は、あの日と同じ蒼天だった。
あまりにも青い。
彼は初めて理解した。
会社を潰したのは、金でも、敵でもない。
疑心暗鬼だった。
そしてそれは、誰の心の中にもある。
蒼天の下、マルペンは静かに目を閉じた。
終わりではない。
だが、すべてを失った日だった。
どうだろう。