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作品タイトル不明

アークガイルと貴族

閑話 アークガイルと貴族

暗闇の中に、ひとつの窓の灯りが浮かんでいた。

夜の街は静まり返り、遠くの物音すら途切れている。

その中で、その灯りだけが不自然に残り続けていた。

それは、ある貴族の屋敷の一角である。

重厚な扉の向こう。

豪奢な部屋に、アークガイルは呼び出されていた。

厚い絨毯が足音を吸い込み、壁には金の縁取りが施された絵画が並ぶ。

棚には高価そうな装飾品が整然と置かれ、部屋全体が“富”を誇示していた。

だが、その空間に温かみはない。

むしろ冷たい。

人の気配よりも、金の匂いの方が強い。

貴族はワイングラスを揺らしながら、低い声で言う。

「最近、孤児の質が落ちているな。」

軽く言ったつもりなのだろう。

だが、その言葉の意味は重い。

アークガイルは一瞬だけ眉を動かす。

ほんのわずかな変化。だが見逃せば終わる場だ。

「……どういう事でしょう。」

「数が減っている。以前のように集まらん。」

貴族の視線が鋭くなる。

値踏みする目。

役に立つかどうか、それだけを見ている。

アークガイルは静かに答えた。

「それは――マルペン商会のせいです。」

「マルペン?」

興味の薄い響き。

だが、完全に無視したわけではない。

「はい。あの商会が、防犯用の発明をばらまいております。」

言葉を選びながら、簡潔に伝える。

余計な感情は乗せない。

貴族は怪訝そうに眉をひそめた。

「発明だと?」

「はい。孤児どもが使う簡単な防犯具です。」

貴族の表情に、わずかな苛立ちが混じる。

“商品”が勝手に抵抗する。

その事実が気に入らないのだ。

「例えば?」

「灰と粉末の辛子を布に包んだものを投げつけてきます。

目に入ると、しばらく何も見えません。」

実際に被害を受けた者の報告を、そのままなぞる。

「ほう……。」

貴族はグラスをゆっくりと回す。

赤い液体が揺れ、灯りを歪めて反射する。

まるで血のようだ、と一瞬だけ思う。

「顔を覆えば済む話ではないのか?」

「それが……他にもございます。」

わずかに間を置く。

報告は簡潔に、だが確実に。

「大きな音を出す筒や、悪臭の汁を詰めた玉を投げてくるそうで。」

逃げる時間を作るための工夫。

単純だが、効果はある。

「捕まえるのが、以前より難しくなっております。」

事実だけを述べる。

「ちっ。」

貴族は小さく舌打ちした。

その一音だけで、空気が冷える。

「……そうか。」

興味を失ったように視線を逸らす。

問題の本質ではなく、面倒さに飽きたのだ。

少しの沈黙。

部屋の中で、グラスの触れ合うかすかな音だけが響く。

やがて貴族は、あっさりと言った。

「まあいい。方法はいくらでもある。」

軽い言葉。

だがそこに躊躇はない。

「他の手を使って、子供を連れてこい。」

命令は短い。

そして、絶対だ。

「……かしこまりました。」

深く頭を下げるアークガイル。

従順な姿勢。反抗の色は見せない。

だが。

その胸の奥には、黒い怒りが渦巻いていた。

(マルペン……ヤマタニめ。)

静かに、確実に。

あの男は邪魔をしてくる。

こちらの領分に踏み込み、やり方を変えさせる。

今まで当たり前だったことが、通用しなくなる。

許せるはずがない。

アークガイルの瞳が、暗く光った。

だが、どうやって孤児を集めるか。

頭の中で、地図が広がる。

マルペンのある北地区は避けるべきだ。

対策が行き渡っている。

ならば、南地区か、東地区。

まだ手が回っていない場所。

あるいは——他の街。

多少手間はかかるが、やれないことではない。

捕まえやすい場所を選べばいいだけの話だ。

危険が増したのなら、楽な場所を探せばいい。

それだけだ。

「ククク……。」

思わず笑いが漏れた。

押し殺すことも忘れるほどに。

あの貴族がいれば、まだまだ孤児は売れる。

需要は消えない。

ならば、供給するだけだ。

金は尽きない。

いくらでも手に入る。

そして俺は——

一生遊んで暮らせる。

何もせずとも、金が入る生活。

誰にも頭を下げず、好きに生きる。

そのためなら、多少の手間などどうでもいい。

金さえあれば、貴族にだってなれる。

大臣にだって、なってやる。

力とは、結局は金だ。

アークガイルが富を貪れば貪るほど、

この国の闇は深く、歪んでいく——。

だが、それを気にする者はいない。

少なくとも、この部屋には。