軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

異世界での翌日の準備

第3話 異世界での翌日の準備

今日売ったボールペンは、思った以上の値で売れた。

たまたま、めっき加工されたものだったのが大きい。

珍しさと見た目の良さ。

この世界では、それだけで価値になる。

だが――

「本命は、こっちだな。」

手の中で転がすのは、三色ボールペン。

黒、赤、青。

たったそれだけの機能。

だが、この世界にとっては“未知の道具”だ。

うまく売れば、金になる。

失敗すれば――終わりだ。

「……明日が勝負か。」

小さく息を吐く。

市場を歩き回った疲れが、どっと押し寄せてきた。

宿に戻る。

額の汗をハンカチで拭い、椅子に腰を下ろした。

「こんな売り込み、初めてだな……。」

苦笑する。

以前は違った。

愛想笑いを浮かべ、相手に合わせ、言葉を選びながら売る。

売れなくても、会社があった。

社員がいた。

最悪、自分が食えなくなることはなかった。

だが――

今は違う。

売れなければ、食えない。

宿も追い出される。

助けてくれる人間は、誰もいない。

完全に、一人だ。

「……だからこそ、か。」

目を閉じる。

考える。

どう動くか。

まずは、宿を出ること。

長く泊まれば、金が持たない。

安い貸家か、寝床を確保する必要がある。

それと同時に――

言葉だ。

話せなければ、売れない。

読めなければ、騙される。

この世界で生きるなら、避けては通れない。

「やるしかないな。」

静かに呟く。

小さな三色ボールペン一本。

それが、今の自分のすべてだ。

ここから、積み上げるしかない。

ベッドに腰かけ、窓の外を見る。

夜の街。

人の気配はまだ残っている。

そのとき――

路地の奥で、動く影が見えた。

小さな人影。

子供だった。

しゃがみ込み、肩を震わせている。

「……泣いてるのか?」

気になって、外に出る。

近づくと、はっきりと分かった。

泣いている。

何かを訴えている。

だが――言葉が分からない。

何を言っているのか、理解できない。

それでも。

腹の音だけは、はっきり聞こえた。

ぐう、と。

静かな夜に、不釣り合いなほど大きく響く。

「……腹、減ってるのか。」

ポケットに手を入れる。

銀貨が数枚。

今日稼いだ、貴重な資金だ。

全部渡せば、この子は助かる。

だが――

自分が詰む。

手が、止まる。

「……くそっ。」

思わず、吐き捨てた。

選ばなければならない。

自分か、他人か。

少しの沈黙のあと――

ヤマタニは、銀貨を一枚だけ取り出した。

子供の手に、そっと握らせる。

小さな手。

驚いたように、こちらを見る。

泣き声が止まる。

「……これで、何か食え。」

通じないと分かっていても、言葉が出た。

子供はきょとんとしたあと、少しだけ笑った。

つられて、ヤマタニも笑う。

言葉は通じない。

だが――

何かが、通じた気がした。

その瞬間。

ほんの少しだけ、この世界に居場所ができたような気がした。

自然と、手が伸びる。

子供の頭を撫でる。

軽い。

あまりにも軽かった。

どれだけ食べていないのか、想像できてしまう。

やがて子供は、何度も振り返りながら去っていった。

その背中を見送る。

ボロボロの服。

裸足の足。

――孤児、か。

胸の奥が、わずかに痛む。

「……俺も、余裕ないのにな。」

苦笑する。

それでも。

さっきの笑顔が、頭から離れなかった。

窓の外を見る。

同じ街。

同じ夜。

だが、少しだけ違って見えた。

「明日は――。」

呟く。

三色ボールペンを握りしめる。

「絶対に、成功させる。」

自分のためだけじゃない。

あの子のためにも。

もう一度、全力で挑む。

静かな決意とともに、ヤマタニは目を閉じた。