作品タイトル不明
ヤマタニ過労で倒れる
第20話 ヤマタニ過労で倒れる
一週間――ヤマタニはベッドから起き上がれなかった。
体が鉛のように重い。頭も回らない。目を開けているだけで疲れる。
医者は軽い口調で言った。
「過労ですね。少し休めば治りますよ。」
――少し、か。
どこか他人事のように聞こえた。
天井を見つめる。白い。何もない。
静かすぎる。
誰も来ない。
……当たり前か。
自分は社長だ。指示を出す側であって、世話をされる側じゃない。
仕事を回しているのは全部、自分だ。
倒れたところで、誰かが代わりに回してくれるわけじゃない。
――いや、違うか。
そもそも“代わり”なんて、いない。
目を閉じる。
ふと、考える。
もし家族がいたらどうだっただろう。
水を持ってきてくれる誰か。様子を見に来る誰か。
「大丈夫?」と声をかけてくれる誰か。
……そんなもの、最初からなかった。
だから気にする必要もない。
そう思おうとして――やめた。
少しだけ、寂しいと思ってしまった。
コンコン、と扉が叩かれる。
心が、ほんのわずかに動いた。
誰か来たか。
だが。
「社長、例の設計ですが――。」
事務的な声だった。
――ああ。
やっぱりな。
「……後にしてくれ。」
短く返す。
足音が遠ざかる。
静寂が戻る。
窓の外に目をやる。空はやけに青い。
退屈だ。
何もできない時間が、こんなにも長いとは思わなかった。
どれくらい時間が経ったか分からない。
再び、扉が開く音がした。
また仕事かと思った。
だが違った。
そっと入ってきたのは、店の娘――ウテナだった。
「……ヤマタニさん。」
手には湯気の立つ器。
「麦粥、作ってきました。」
少しだけ遠慮がちな声。
ヤマタニはゆっくりと体を起こす。
「……わざわざ、すまんな。」
「いえ。食べないと、治りませんから。」
ぎこちないやり取りだった。
だが、その湯気の温かさがやけに染みた。
ウテナが去ったあと。
再び静けさが戻る――はずだった。
コン、と小さな音。
扉が、ほんの少しだけ開く。
覗き込むように、小さな顔が一つ。
「……あの。」
孤児の少年だった。
手には、潰れかけた木の実。
「これ……食べる?」
不器用すぎる見舞いだった。
一瞬、言葉が出なかった。
「ああ……もらおう。」
受け取ると、少年は少しだけ安心したように頷いた。
それだけで、帰ろうとする。
「待て。」
思わず呼び止める。
少年は振り返る。
「……ありがとうな。」
その一言に、照れたように笑って、走っていった。
――それが始まりだった。
次に来たのは別の子供。
「俺、鳥の卵とってきた!」
その次は。
「あたし、お花!」
また別の子。
「パンのミミ……!」
正直、栄養的にはどうかと思う。
だが。
「のいちご、甘いよ!」
次々と、子供たちがやってくる。
どれも大したものじゃない。
売り物にもならない。
けれど――
全部、自分のために持ってきたものだった。
ベッドの周りが、少しずつ賑やかになる。
騒がしい。
落ち着かない。
でも――
嫌じゃなかった。
「ヤマタニのおっちゃん、早く元気になれよ。」
誰かが言った。
その瞬間。
胸の奥が、ぐっと締めつけられる。
――ああ、そうか。
自分は。
ひとりじゃなかったのか。
視界が滲む。
慌てて布団を被る。
顔を隠す。
声を出さないように、息を殺す。
それでも、涙は止まらなかった。
どれだけ仕事をしても。
どれだけ人を集めても。
こんな風に“誰かのために動いてもらう”ことはなかった。
打算でも、義務でもない。
ただの善意。
それが、こんなにも重いとは思わなかった。
「……ありがとう。」
布団の中で、小さく呟く。
その声は、誰にも届かなくていい。
だが確かに。
ヤマタニの中で、何かが変わった瞬間だった。