軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

闇にアークガイル

閑話 闇にアークガイル

孤児院の廊下には、柔らかな陽光が差し込んでいた。

白く塗られた壁。磨かれた床。規律正しく並ぶ子供たち。

その中心に立つ男は、穏やかな笑みを浮かべている。

「さあ、こちらへ。うちの子たちは皆、よく躾けられております。」

“マクレガー”は丁寧に頭を下げた。

客人の貴族は満足げに頷き、子供たちを見回す。

どの子も、背筋を伸ばし、作り物のような笑顔を浮かべていた。

——よく出来ている。

マクレガーは内心でそう評価する。

恐怖で固めた笑顔は、教育などよりもよほど従順だ。

客が帰ると、彼はふっと息を吐いた。

その瞬間、笑みが消えた。

温度が、消えた。

目の奥に宿る光が、冷たい刃のように変わる。

——ここからが仕事だ。

夜。

孤児院の裏口から、数人の子供が連れ出される。

泣く者はいない。

泣くことを許されていないからだ。

だが——

一人の少女が、ほんのわずかに視線を上げた。

馬車に乗り込む直前。

彼女の目が、男を見た。

助けを求めるでもなく、怯えるでもなく、ただ——

理解してしまった目だった。

ここが終わりなのだと。

その視線を、男は受け止める。

そして何も感じない。

「乗せろ」

短く命じる。

扉が閉まり、馬車は静かに動き出した。

車内は暗い。

揺れに合わせて、子供たちの小さな体がかすかに触れ合う。

息を殺す音。

衣擦れの気配。

誰も声を出さない。

その静寂の中で、男——アークガイルは考える。

無駄のない流れだ。

拾う。洗う。整える。売る。

それだけだ。

感情を挟む余地などない。

——これは商売だ。

彼の中で、それは揺るぎない真理だった。

やがて馬車は止まる。

案内された先は、灯りの少ない屋敷だった。

門の前には、黒衣の男が立っている。

顔は仮面で覆われていた。

「……来たか。」

低い声。

「お待たせいたしました。ご注文の商品になります。」

アークガイルはいつも通り、丁寧に一礼する。

子供たちが順に降ろされる。

仮面の男は、一人ひとりを無言で見て回った。

顎に手を当て、品定めするように。

その仕草は、家畜を選ぶそれと何ら変わらない。

「ほう……今回も質が良いな。」

「ありがとうございます。」

淡々と応じる。

視線は交わらない。

踏み込まない。それがこの取引の暗黙の了解だ。

「用途は……聞かぬのか?」

ふと、仮面の男がそう言った。

試すような声音。

アークガイルは一瞬も迷わない。

「商売に不要な情報は、扱いません。」

即答だった。

沈黙。

そして——

「くく……徹底しているな。」

仮面の下で笑った気配がした。

袋が差し出される。

ずしりとした重み。

中で金貨が触れ合う音が、鈍く響く。

それが全てだ。

「また頼む。」

「はい。いつでも。」

背を向ける。

子供たちの方は、見ない。

見る必要がない。

価値は、すでに金に変わったのだから。

帰路。

馬車の中で、アークガイルは袋を一度だけ確かめる。

不足はない。

問題なし。

だが——

わずかな違和感があった。

最近、流れが鈍い。

供給が減っている。

原因は明白だった。

マルペン。

孤児を拾い、囲い、働かせる商会。

あれのせいで、“商品”が減っている。

市場が荒れている。

効率が落ちている。

——邪魔だ。

屋敷に戻ると、手下たちが出迎えた。

「おかえりなさい、ボス。」

「ふむ。」

空気が重い。

報告を待つまでもない。

「今日の収穫は?」

「……それが、その……。」

視線が泳ぐ。

声が震える。

確定だ。

「収穫なしか。」

「は、はい……。」

沈黙。

次の瞬間——

アークガイルの手が動いた。

目の前の男の胸倉を掴み、そのまま壁に叩きつける。

鈍い音。

「言い訳は不要だ。」

低い声。

感情は乗っていない。

だからこそ、重い。

「流れが止まれば、全てが止まる。分かっているな?」

「は……はい……!」

手を離す。

男は崩れ落ちるように床に伏した。

「マルペンだな。」

誰にともなく呟く。

答えは返らない。

だが、それでいい。

原因は一つで十分だ。

暗闇の中、彼の目が細くなる。

「……孤児を拐え。」

その一言で、空気が変わった。

手下たちが息を呑む。

それがどれほどの意味を持つか、理解しているからだ。

「孤児を囲うなら、奪え。」

「守るなら、壊せ。」

「流れを止めるなら——流れごと断て。」

淡々と告げる。

そこに怒りはない。

ただ、合理があるだけだ。

「動け。」

「……へい。」

短い返答。

だが、その声には震えが混じっていた。

アークガイルは背を向ける。

もう指示は終わりだ。

夜は深い。

だが——

その闇は、静かに広がり始めていた。

孤児たちの運命も。

街の均衡も。

すべてを巻き込みながら。