軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ただ平穏な引きこもり生活のために

国王ジルク・オルテアスは自室にこもっていた。

会談中に起こった謎の爆発。報告によれば市中で魔物の発生騒ぎもあったようだ。

二つの異常は何かしらの関係があると疑うべきだろう。

いったい誰が、なんのために?

疑問は尽きないが、しかし。

自分はこのとおり、無傷で生きている。

(ふん、大方ギーゼロッテが余と貴族派の重鎮たちの殺害を狙ってのことだろう)

だが彼女の目論見は失敗した。

気がかりだったマリアンヌの無事も確認している。まだ王宮には戻っておらず、学院で事後処理を行っているのだとか。ライアスと行動を共にしているのは別の懸念を生むが、それも些事だ。

(神はまだ、余を見捨ててはおらぬ)

どこぞの妖しげな神ではない。王国を守護する『ミージャ』の加護が、まだ自分にはあると確信した。

(今こそ、神が与えたもうた好機に違いない)

ジルクは自らを鼓舞するように叫ぶ。

「ギーゼロッテを亡き者にしてくれる!」

「あー、それはやめてくれ。まだ早い」

「っ!?」

複数が重なったような奇妙な声に辺りを見回すと、部屋の真ん中にいつの間にか椅子が置かれ、何者かが座っていた。

全身黒一色。頭部まで黒いヘルムで隠されている。

「黒い戦士……シヴァなる者か」

「さすが王様。よく知ってるな」

「そなたが、なぜ……?」

「ここにいるのかって? 一連の騒ぎの首謀者を連れてきた」

椅子の下から引っ張り出したものを見て、ジルクは「ひっ」と声を上げた。

生首だ。いや、頭部だけだが生きている。恐怖に引きつり、カタカタと歯を鳴らしていた。

「そやつは、バル・アゴス男爵か?」

精悍な顔つきは見る影もないが、たしかに彼だった。

「あんたと貴族派の重鎮を殺して天下を取りたかったらしい。ギーゼロッテも加担してる」

「ならば!」

「だから待てってば。わざわざ教えにきてやったんだ。こっちの条件も飲んでくれよ」

「何を悠長なことを。余の暗殺を狙った輩であるぞ。国の象徴、国王である余をだ!」

「うるさいなあ。相変わらずあんた、自分のことしか考えてないんだな」

相変わらず? この男とは初対面のはずだ。正体は自分が知る男だろうか? しかし噂どおりの実力ならば、該当する人物が思い当たらなかった。

「……褒美ならば取らせよう。しかし国王たる余に具申する無礼をまずは謝罪せよ」

くつくつとシヴァは笑う。

「ほんと変わんないなあ、あんた。ま、王様だから仕方ないか。けど勘違いするな。あんたは俺に生かされてるんだ。邪魔だと判断したらその首を切り落とす」

「貴様――っ」

「条件は二つ。ギーゼロッテを罪に問うな。アレが死ねば国が荒れる。あんたじゃ収拾つかなくなるだろ?」

ジルクはギリと奥歯を噛む。

「もうひとつは、街中で魔物と戦った連中に関わるな。どこの誰かを探るのもナシだ。知っても何もするな」

「報告では巨大な狼が街を疾走していたらしいが?」

「おいおい、さっそく俺から探ろうとすんなよ」

シヴァは立ち上がると、無遠慮にジルクへ近寄った。

「だ、誰か! 誰かおらぬか! 侵入者だ! ひぃ!?」

「無駄だよ。部屋の外まで声は届かない」

左肩に鋭い痛み。

「腕が、余の腕がぁ!」

ぼとりと左腕が落ちる。しかし血は噴き出さなかった。

シヴァは落ちた腕を拾うと、王の肩に押しつける。

「へぁ!? あ、あれ……?」

次の瞬間には離れたはずの腕が元通りにくっついていた。

「俺はいつでも現れる。あんたが約束を破ったらな。次は――」

シヴァは自身の首に指を当て、すぅっと横に撫でた。

先の言葉のとおり、首を刎ね飛ばすとの意味だ。

「ああ、そうそう。子どもには優しくしてやれよ? 嫌いな女の血を引いててもさ」

そう言って、シヴァは暗がりに溶けていった――。

ギーゼロッテは離宮の自室へと早足で向かう。

革命は失敗した。

国王も貴族派の重鎮も生きており、王都に放たれた魔物はことごとく何者かに駆逐されたのだ。

(来る……あの男が、きっとわたくしのところへ、来る……)

予感はほどなくして的中する。

部屋に入り、ランプに明かりを灯した瞬間、黒い影がソファーでふんぞり返っていたのだ。バル・アゴスの首を小脇に抱えて。

「よう。久しぶりだな」

五年ぶりに聞く声に、体の震えが止まらない。ギーゼロッテは思わず首輪に手をやった。

「そうビビんなよ。やらかした自覚があるなら、そっちは不問にしていい。ていうか前にも言ったろ? お前が王の座を狙おうがどうでもいいってさ」

「……では、何をしにきたというの?」

「街中で魔物と戦った連中のことを探るな」

「もとより興味なんてないわ」

「嘘つけ。お前、ライアスを使って俺のことを調べようとしてただろ」

「どうしてそれを!」

「ライアスがしゃべったんじゃないぞ? 俺はお前をずっと見てるっていっただろ?」

果たしてそうだろうか? しかしこの件でライアスを追及すれば、そのときこそシヴァは察知するだろう。

「それからティアリ……なんだっけ? あの人、名前が長いんだよな。えーと、学院で古代魔法を研究している教授だ。そいつは諦めろ」

バル・アゴスが捕らえられた時点でこちらの企みは筒抜けだ。釘を刺されては以降何もできはしない。

「……わかったわ」

だったら、とギーゼロッテはプライドをかなぐり捨てて懇願する。

「もういいでしょう? 首輪(これ) をどうにかしてよ!」

「なんで? 躾のなってない犬には首輪を嵌めとくもんだろ?」

「く、ぅぅ……」

「お前さ、自分がやらかしたことを振り返ってみろよ。クズだぞ? 俺が言うのもなんだけどさ」

シヴァは呆れたように言って立ち上がる。

「用件はそれだけだ。じゃあな」

以前と同じ。シヴァは実にあっさりと姿を消した――。

メルキュメーネスは王都郊外にある洞窟の奥深くで、胎児のように丸まっていた。我が身を抱き、震えをどうにか抑えようとするも止まってはくれない。

(アレは、なんだ……?)

恐怖が全身を覆い尽くす。

(アレは、なんなのだ……?)

王都を離れ、南を目指して飛行していたときだ。

ぞわりと悪寒が走った。考えるより先に、彼女に施された魔法が緊急の回避行動を取る。

彼女は魔神ルシファイラによって〝生存〟に特化し生み出された魔人だ。創造主の復活がなされるまで、どれほど無様であろうと『生きて目標を達成する』ことを使命としていた。

続けて展開した結界が破られたと察知する。

そちらに体を向けると、全身が黒に染まった何者かがいた。

「よく避けたな。結界の外からなら気づかれないと思ったのに」

「貴様、は……」

黒い戦士。シヴァと名乗る男だと即座に認定した。しかし、アレは――。

(なんだ……、なんなのだ? あの 裡(うち) から湧き出る異様な魔力は……)

あり得ない。生存特化の魔人であるメルキュメーネスだからこそ認識できた異常。

(桁が違う。我ごときでは到底届かぬ領域だ。アレは、まさか――)

逃げる以外の選択肢がなかった。

それほどに強大な存在と対峙してしまったのだ。

身をひるがえした。全魔力を『飛行』に注ぎ、音速を超えて逃亡を計る。だが――。

「あ、待て!」

片翼をつかまれた。否、何かが貼り付いた。

「逃がすかよ。名付けて『バンジーゴム』。伸縮性のあるゴム状の結界はくっついたら最後、いくらがんばっても剥がれないという――って、あれ?」

翼を引きちぎる。飛行速度は落ちるが今はいい。とにかくこの場を離れたかった。

「思いきり良すぎない? むぅ、これ以上王都から離れたくないし、仕方ないか。もう一人を狙おう」

そんな独り言にも安堵することなく、メルキュメーネスはがむしゃらに飛んだ――。

生きた心地はしなかった。

追跡を警戒し、森の中を蛇行して山を迂回し、人里に身を隠してから洞窟を見つけて飛びこんだ。

何時間経ったろうか? 何日過ごしても気が休まらない。

もう、自分はダメだ。

膨大な魔力にあてられて、壊れてしまった。

彼女が〝生存〟に特化しているがゆえの皮肉な結果だ。生みの親であり絶対の主たる魔神ルシファイラの復活に全霊を傾けることが、もはやできなくなった。

アレを見てしまった以上、どうにもならない。

黒い戦士、シヴァ。

魔人かそれに近しい者と高を括っていたのが間違いだ。

アレは、あの魔力は、そう。

人も魔人も凌駕し得る存在。彼女が知る限りもっとも近いのは――

――神だ。