軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

8人の自称魔法使い

「だからぁ、この事務所との所属契約を解除したいって言ってんだよ」

「なんでかって? そりゃ最大手からスカウトが来たらそっちにいくっしょ」

「しかも政府直轄だからな。保障やらなんやらもこんな零細とは天と地との差があるし」

都内の外れ。

寂れた雑居ビルの四階に位置する小さな事務所で、男女三人がニヤつきながら告げる先。

長身の女が縮こまって愕然としていた。

黒髪をぼさぼさのまま無造作にひとつに束ね、くたびれた紺のスーツを着回している。スタイルのよい体つきながら、190を超える長身に加えて化粧けのなさと目つきの悪さで威圧感が半端なかった。

「こ、ここ困ります。いくつか案件をいただいてまして、貴方たちがいなくなったら、い、違約金が……」

柊(ひいらぎ) 牡丹(ぼたん) 28歳独身。

ここ『ヒイラギ探究者事務所』の所長である。

「はあ? んなの聞いてねえし。俺らに関係ないだろ」

「どうせ面倒なだけの渋いアイテム漁りっしょ」

「だいたい金稼ぎが下手すぎんだよ。今どき『配信』すらしてねえとかショボすぎんだよ」

ぐさぐさぐさっと牡丹の胸に言葉が突き刺さる。

たしかにまだ話していなかったし、誰もやりたがらない面倒なだけで実入りの乏しいアイテム集めの依頼だし、『一層でも下に、どこよりも早く!』が理念の事務所だし、そもそも『配信』には〝映え〟が必要で――などとは口には出せず。

「ま、もともと大手への踏み台で入ったとこだしな」

「あのクソ親父がいなくなってせいせいしたと思ったら、もっとヤバくなったし」

「マジこのタイミングで引き抜かれてラッキーだったぜ」

ケラケラと笑う声に、悔しさと諦めが同時に押し寄せてくる。

ただのひと言も反論できない自分が心底イヤになった。

「んじゃ、そういうワケだから手続きは頼むぜ。今日中にやっとかねえと……わかるよな?」

ドスの効いた声が突き刺さる。俯いたままぽろぽろと大粒の涙が落ちる様を眺めることしかできない中で――。

「お取込み中、失礼しまーす」

拍子抜けするほど呑気な声が届いた。

顔を上げ、退所希望の三人が不審を向ける先を見やれば、黒髪の少年がいた。そして、

「兄上さま、この方たちは事務所を去るご様子ですね」

「ちょうどいいわね。追い出す手間が省けたわ」

とんでもない美少女が二人、彼の背後から顔を覗かせる。

さらにぞろぞろと、若い外国人風の男女が狭い事務所に入ってきた。

(な、なんなのこの子たち……って今、妙なこと言ってなかった?)

戸惑いで声が出せずにいると、

「なんだテメエら? ったく、邪魔くせえなあ――どけよ!」

リーダー格の男が、そばにやってきた金髪の女の子を屈強な腕で押し退けようとして。

「ごばあっ!?」びったーんっ!

壁まで吹っ飛んで叩きつけられたぁ!?

黒髪の少年が間に割って入ったかと思ったら、の出来事である。

「ちょ、なっ!?」

「テメエか!? なにしやが――どぼぁっ!?」びったーんっ!

もう一人、黒髪の少年に詰め寄った探究者の男が吹っ飛んだ。

「俺の可愛い妹に手を触れようとするヤツはこうなる。覚えておけ」

ものすごい殺気だった。

「い、いや、俺は、その子にはなにも……」

「……俺に触れようとしたヤツもそうなる」

しれっと言い放つ少年を牡丹は凝視する。

ダンジョンの中(・・・・・・・) でもない(・・・・) のに、素手で大男を壁まで弾き飛ばすことが果たして可能なのか。

いや、そもそも投げ飛ばしたり殴ったりをしたようには見えなかった。

体に触れてもないのに、なぜ?

「今の、ま、まさか、〝 スキル(・・・) 〟、なの……?」

思わず口から出たものの、それこそ『まさか』だ。

ここはダンジョンの中ではない。

ステータスが向上することもなければ、スキルの使用も、できるわけがないのだ。

「そんなことより――」「そんなことで済まないよ!?」

またも思わず声が出た。しかもふだんは出せないような大きな声だ。

マズい。

自分も攻撃されてしまう、と震えながら身構えた、のだが。

金髪の美少女が軽やかに進み出た。

「あなたがこの事務所の所長さんのボタンさんですね。わたくし、兄上さまの妹のシャルロッテ・ゼンフィスと申します」

スカートの裾をわずかに持ち上げる気品あるごあいさつに目を奪われる。

が、次の言葉に疑問符で頭がいっぱいになった。

「わたくしたちを、この事務所に所属させてください。〝探究者〟に、なりたいのです!」

きらっきらの瞳で元気いっぱいに言われたらほっこりしたくなるのだけれど。

「えっと、こ、子どもはなれませんよ?」

すすっと右から進み出る青髪の少女。

「安心して、みんな18歳以上だから」

「が、外国人も、資格がないんですけど」

ずいっと左から大股で迫る赤髪の女。

「そちらも問題ない。みなニッポン?ジン?とやらだ!」

青髪の少女を見る。赤髪の女に視線を戻す。にっこにこの金髪美少女へ、再び目を向けた。

「んなワケあるかーっ!」

また大声を張り上げてしまった。

いや、しかし、見た目で判断してはいけない。自分のような育ちすぎがいるのと同様、あまり成長しなかった場合もあるだろう。国籍だって帰化したりハーフだったりは珍しくない。

気を取り直し、しゃがんで女の子――シャルロッテに視線を合わせた。目つきが悪いから怖がられないかな、とびくびくしたものの、杞憂だったらしい。

眩しいばかりの笑顔で見つめ返された。

心の奥底から湧き出る暖かさ。純真無垢な瞳に癒されまくる。

が、これから告げる内容を思うと、気が重くなった。それでも言わなければ。

「あ、あの、ですね。たった今、この事務所で貴女たちを〝探究者〟にすることは、できなくなったんです」

〝探究者〟の資格を得るには政府が認めた事務所に所属する必要がある。

それはただ所属すればいい、という条件ではない。

「資格試験は、所属する事務所のレベル30以上の探究者の引率の下、ダンジョン内で実戦テストを行わなくては、な、ならないんです」

引率者のサポートを受けながら、指定された魔物を倒したりアイテムを獲得する。

初の実戦となる資格挑戦者の安全を守るのが引率者の主な役割だ。仮に挑戦者が死亡した場合は事務所側に相応のペナルティが発生する。

「なるほどです。事務所にとっては、誰でもお気軽に試験に挑ませるわけにはいかない、と」

理解が早くて助かる。

そして今、引率者になり得る現役探究者はこの事務所からいなくなってしまったのだ。

ちらりと壁の方を見る。

背中を打ち付けられて苦しそうにしていた男が立ち上がっていた。

「言っとくが、俺たちはやらねえぞ。まだ契約解除の手続きは終わってねえが、こんなふざけたマネした奴の言うことなんざ――ひぇっ!?」

目を向けられた瞬間に怯えまくる現役レベル30オーバー探究者。

「いや、べつにあんたらにはお願いしないっすよ。てか部外者は消えてくれません?」

言われたとたん、三人は出口へ駆け出して、

「覚えてろよ! ダンジョンの中では背中に気をつけるんだな!」

三下ムーブの捨てゼリフを残して去っていった。

で、と少年は何事もなかったかのように向き直る。

「レベル30を超える探究者って、まだ一人いますよね?」

不敵な笑みに、牡丹はおそるおそる人差し指を自らに向けた。

うなずく少年。

にっこり笑顔のシャルロッテ。

銀髪の美少女は終始笑みを浮かべている。

他の面々もよくよく見れば美女に美少女美少年(?)。

あまりに現実感が乏しすぎやしないだろうか。

それはそれとして。

「いやいやいやいや! 無理です無理です無理ですって!」

たしかに自分は探究者だ。レベルもなんとか引率する条件は満たしている。

だが、しかし。

「私ってただのデバッファーで状態異常系のショボいのしか使えないしレベル32なのに20台前半程度の貧弱ステータスだしなによりこの二年は実戦経験が皆無なんですぅ!」

一気にまくし立てた。

自分のことながら情けないが、すべて事実だ。

せめて仲間を守れる防御職か回復系のスキルがあればどうにかなったかもしれないが……いや、それでも新人未満の引率なんて無理がある。

だというのに。

「あ、ぜんぜん大丈夫っすよ。むしろ俺らが所長さんを守るんで」

少年の周りに、無数の黒い何かが現れた。

それらは勢いよく動き出すと、互いに衝突しながら激しい光と爆発音じみた轟音を伴い消えていく。

「レベルとかスキルとか、いちおうは調べて知ってますけど、たぶんあんま関係ないかな」

言いながら、信じられないことに体が浮き上がっていく。

「なにせ俺ら、 魔法使い(・・・・) なもんで」

あり得ない言葉になぜか、ぞわり、と。

恐怖とは違った何かが背筋を駆け上っていった――。