作品タイトル不明
皇帝の矜持
――〝白〟陣営の脱落が決まる少し前。
帝国皇帝ヴァジム・ズメイは潜伏先の屋敷を出て、中央広場へと歩いていた。
近づくにつれ露店がちらほら現れ、道行く人の数も増えていく。
ぴたりと、ヴァジムは足を止めた。
数メートル先に、一人の少女が立ちふさがっていたからだ。
「直接会うのは久しいな、ユリヤ」
いつも気味悪いほど笑みを絶やさない銀髪の少女はしかし、金色の瞳を揺らしてこちらを睨みつけていた。
「アレを復活させたのは貴方だったのね」
「ふむ、やはり旧知であったか。彼奴も知った風ではあったがな」
「利用されていると知って利用しているのね」
「其方のときと同様に、な。しかし何用だ? 儀式が終わるまで其方はワシを排除できまい。彼奴の復活に文句のひとつでも言いに来た、とでも?」
「それもあるわ。ただアレがどうやって復活したかを――って、なに?」
話している最中、ヴァジムの身体が白い光に包まれた。
道行く者たちが驚き慄くうち、やがて光が消え去ると、今度は呆気に取られてしまう。
「ほんと不思議よね。どうして雪だるまなわけ? 生物ですらないじゃない」
呆れてため息をこぼす彼女の前には、そのものズバリ雪だるまが鎮座している。
「さて、ワシの意向など微塵も反映されておらぬよ」
ヴァジム(雪だるま)は歩き出した(というかぴょんぴょん跳ねて中央広場の方へ向かい始めた)。
ユリヤは半ば呆れつつ、周囲の目も気にせず横に並ぶ。
「それで、彼奴がいかにして復活したか、であったな。うむ、ワシにもわからぬ」
「はあ?」
「凍土の奥底から氷塊に封じられた彼奴を見つけたものの、如何な魔法でも砕けずじまい。さてどうしたものかと思案していたら、何処から飛来した『何か』と衝突し、氷が割れて彼奴が出てきた、という顛末だ」
ユリヤはしばらく考えてのち、
「それはいつ?」
ヴァジムは日付を告げると、さらに付け加えた。
「我が軍がシヴァなる男に撤退を余儀なくされた、まさにその当日でもある」
偶然、だとヴァジムには思えなかった。黒い戦士シヴァがいかなる男かもどのような思想を持つかも知らない中で、確信めいたものがあったのだ。
ヴィーイの復活には彼が関わっている、と。
そして自分たちが究極の願望機を巡る儀式に参加したのもまた、彼の意志が関わっているのではないか。そんな風にも感じていた。
「いえ、それはないわよ」
だがユリヤは断言する。
「すくなくとも意図はしていないはずよ。というかこの儀式、すでにシヴァの手から離れているみたいなのよね」
「ほう? 元はシヴァなる男が儀式の根幹にかかわっていたような物言いだな」
「当然でしょ。これだけ大規模な魔法儀式なんて〝神〟に匹敵する力……いいえ、それ以上の力が必要だもの」
「ふむ、〝神〟たる其方にそう言わしめるならば、そのシヴァなる男、〝神〟をも超えしモノであったか」
どこか嬉しそうに声を弾ませるも、雪だるまの表情はみじんも動いていない。
相変わらずすれ違う人たちは一様に雪だるまを見てぎょっとし、いつの間にか子どもたちが後を付けてくる。そうこうするうち、
「聞こえた? パープルに続いてブルーも退場したみたい」
ヴァジムは「そのようだな」と素っ気ない。
「あなたの願いは何? まさかとは思うけど、究極の願望機を手に入れて世界をもその手に、なんて考えていないでしょうね?」
「究極の願望機、か。たしかに魅力的ではある。手にできるならば手に入れたいものよ」
だがな、とヴァジムは続ける。
「そんな都合のよいモノが 本当に存在すると(・・・・・・・・) 、 其方は考えておるのか(・・・・・・・・・・) ?」
「……この儀式が紛い物だとでも?」
「かつて〝 神(そなた) 〟らがこぞって実現せんと躍起になっていたと聞いた。が、けっきょくのところ誰も成し得ておらぬのだろう? 一度たりとも存在していなかったものを、なにゆえ信じられようか」
たしかに理論上の産物だ。しかし膨大な魔力を手にできるならば、たいていのことは実現できる。それがこの世界の法則だとユリヤは考えていた。
「というか、儀式に疑念があるのにどうして参加しているのよ? アレにそそのかされたか脅されたか、いずれにせよやる気がないのは行動から見てわかるけれどね」
パートナーを放っておいて王都の各所を見て回るのを、ユリヤは数日前から確認していた。
しばらく泳がせていたのだが、どうにもヴァジムは儀式に対しての情熱に乏しいと感じていたのだ。
「なに、せっかくの機会だからな。見てみたかったのだ」
なにを? とユリヤが問う前に、ヴァジムは静かに、そして重々しく告げる。
「そして知った。ああ、実に 慷慨(こうがい) 極まる」
歩くうち、中央広場にたどり着いた。
ヴァジムは歩み(というか跳ね進むの)を止める。
周囲には物珍しさから人が集まってきた。
「見よ、この賑わいを」
平日の昼下がりだというのに大勢の人が行き交い、露店からは威勢よく声が飛んでいる。
「凡庸なる王と、その席を奪わんと狙う后の対立。臣下どもも王を排斥せんと憚りなく派閥を作る。斯様に愚か者どもが治める国でありながら、これほどの隆盛を誇っておるのだ」
地方では大小さまざまな問題がくすぶってはいるだろう。しかし国の中心地に生きる人々はいまだ活気に満ちている。
「穏やかな気候、肥えた大地、絶えぬ水脈。そして魔王を倒すほどの人材を育む環境が、この国を千年王国たらしめる。上に立つべき者たちが民をないがしろにしていながらな」
しかしそれも長くは続かない、とヴァジムは断ずる。
「ならば真にふさわしき傑物に委ねるが、正しき在り方であろうよ」
雪だるまの演説は聴衆の心を打った。だがどうにも反応しづらい空気が流れている。
ユリヤは深いため息をひとつ。
「まさか貴方がその『傑物』だとでも言うの?」
「さてな。逆説的ではあるが、それが正しき在り方ならば自然と選ばれよう」
その過程の中で、この儀式に勝利することが含まれているかもしれない。
ヴァジムの儀式に対する評価はその程度のものだった。だが――。
『〝白〟の宝石が破壊されました。〝白〟の魔法少女とそのパートナーは本儀式から脱落したと認定します』
雪だるまから白い光がにじみ出る。
「ふむ、高説を垂れておいてさっそくこれか。いやはや、ままならぬものよな」
やがて肩を竦める厳つい男が姿を現す。
儀式から脱落したにしては晴れ晴れとしていた。
「あなたってもっとクズだと思っていたわ。すくなくともこの国の王さまよりは 国民(みんな) のことを考えているのかしら」
「野心ある者は一様に〝クズ〟であろうよ。でなければ立ち行かぬ」
にやりと笑みを送り、さて散策の続きを、とヴァジムが歩き出そうとして。
「む?」
――ソレは唐突に在った。
先ほどまでは確かに存在せず、たった今、瞬きする間に現れたのだ。
「そんな……どうしてコレがここに……」
ユリヤもまた、驚愕に愛らしい目を見開く。
ヴァジムの行く手を遮るように、黄金の器が虚空に浮かんでいたのだ――。