軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

ナンバー1にはなれない男

ソレは部屋の中にいた。

どうやら待ち構えていたようなので、偶然そこにあったのではないだろう。

(私に用がある、ということか……)

ソレが何かはわからない。

カタチあるものではなく、そもそも見えるものでもない。

広い自室の虚空に漂う〝何か〟を感じつつも、彼は無警戒に歩み寄った。

『我を恐れぬか、アレクセイ・グーベルク』

「ふむ、ただの幻覚ではなさそうだ。意識体や精神体の類といったところか。であれば、これはもはや人の領分ではない。私もついに『神の声』が届くほどになったと、自惚れてしまうな」

確証はもちろん、確信があるわけでもなかった。

かといってカマをかけたのでもない。

ソレには純然たる力があり、気を抜けば命すら持っていかれるほどの圧を感じた。

ゆえにこそ、神かそれに匹敵する何かだとアレクセイは思ったのだ。

(しかしずいぶんと弱っているようだ。おそらく本来ならば有無を言わさず何かを仕掛けてくるところ、会話によって私に何事かを『承諾』させる必要があるのだろう)

アレクセイは冷静だった。

声に出さなかったのは真意が知られるのを嫌ったのではない。

心の内を暴かれても構わなかったし、それくらいできないようでは期待できないとの狙いがあった。

『その洞察力、聡明さは心地よい。しかし我とそなたは相容れぬ。〝絶望〟を欠片も持たぬ者に、我は興味がないのでな』

「それでも私の前に現れたのは、そうせざるを得ないイレギュラーな事態が発生した、ということかな?」

『然り。お試しの〝器〟が使えなくなったゆえにな。 彼奴(きゃつ) と近しき者ゆえ危険はあろうが、そなた以上にふさわしき者が見当たらぬ』

「なるほど、神ではなく悪霊の類か。人に取り憑き我がものとするのだな。残念だが、私は自意識を放棄してまで力を欲してはいない。他を当たってくれ」

半分は本心だが、逆に言えば半分は違う。自分が自分でなくなろうと、それに見合う〝力〟が手に入るなら――。

『それはそれで〝面白い〟か。いやはや、これほど愉快なモノが近くにいようとはな』

不確かな存在は心底愉しげに嗤う。

『そなたに揺るがぬ意志があるのなら、自我の大半は保っていられよう』

「条件が曖昧なのは置くとして、お前はそれで満足だと?」

『然り。我はすでに消えゆくのを待つのみ。そも成り立ちからして不要な存在だ。しかし敗北したままでは収まらぬ。一矢でも、報いねばな』

「これはまた……正直だな。悪霊ならば夢のある話で騙してほしいものだがね」

『絶望を持たぬとはいえ、そなたは現状を諦め、ただ生に愉悦を求めるのみの男。ゆえにこそ、我はそなたにふさわしい』

アレクセイ・グーベルクは秀でた頭脳と魔法力を持つ。

しかし優秀であるがゆえに、そびえたつ〝壁〟はけっして乗り越えられないと、幼いころから諦めていた。

自分は、けっして『ナンバー1』にはなれない。その才能が初めからなかったのだ。

武の閃光姫ギーゼロッテ。知のティアリエッタ・ルセイヤンネル。

最近ではその二人をも超えんとする新鋭、シャルロッテ・ゼンフィスが現れた。

そして、彼らどころか常識をも遥かに超えているハルト・ゼンフィス。

自分にできるのは、彼らを翻弄する道化がせいぜい。

それでも国をひっくり返すほど立ち回り、やられ役として果てるその瞬間まで、大いに人生を愉しむと決めた。

貴族がどうのに興味はない。

ナンバーズを組織したのも、国を内部で分かち掻き乱したいがためだ。

「いいだろう。私の本質を理解したうえでの提案ならば、きっとお前は私を愉しませてくれる」

部屋の中央、空間が揺らめいた。

次の瞬間には視界が黒く染まり、

「ぐ、はぁ、ぁぁああああっ!」

体の内が熱く煮えたぎった。

(驚いた、な……。まさか、本当に〝神〟のごとき存在だったとは!)

その記憶が脳に流れ込んでいく。

しかし『アレクセイ・グーベルク』の本質を染めるには至らず、

『よいぞ。我を御してみせよ。そこに至ればそなたは人を凌駕する』

熱は治まったものの、体のいたるところがじくじくと痛む。

「ああ、これが人を超えた力か。私には、分不相応な代物だな」

言いつつもアレクセイは、歪な笑みを浮かべていた。

(魔神ルシファイラ……教団がその 僕(しもべ) たる魔人によって、魔神復活のために組織されたものだったとはな)

純粋な驚きは、アレクセイがいまだ『自分』を持っているからに他ならない。

(私に入ったこいつは魔神の欠片のようなものだ。しかも『お試し』であるがゆえか、かなり小さい。より強大な欠片は王妃ギーゼロッテに取り憑いたのか)

そして自分に入った欠片が前に選んだ器はザーラ・イェッセル。

彼女が魔神に逃げられたあとどうなったか、確認する必要がある。しかし黒い戦士シヴァの監視は当然ある、とみるべきだ。

(ルシファイラはずいぶんと慎重だったが、私はいつ死のうが楽しめればそれでいい。ならば、多少は大胆に行かせてもらおう)

伝え聞く話によると、ザーラは立ち上がれないほど衰弱しているそうで、王都にある侯爵家の邸宅で療養中だ。

(しかし、時期がおかしい。シヴァと対峙した数日後に運ばれたそうだから、その間に何かがあったのか……)

その辺りも確かめておきたい。

アレクセイはその日のうちに花束を持って、イェッセル家の邸宅をお見舞いの体で訪れた。そこには――。

(なんとも間が悪い……。この魔神、呪われているんじゃないか?)

ザーラの部屋には、彼以外にも訪問者がいた。

ベッドで上体を起こしたザーラの傍らには、

「アレクセイさん、こんにちはです」

屈託ない笑みを浮かべるシャルロッテ・ゼンフィスと、

「先輩ちーっす」

なんともやる気のなさそうな、ハルト・ゼンフィスが立っていた――。