作品タイトル不明
第九話 最強の陰陽師、話を聞く 前
翌日。
ぼくはアミュたちと共に、この集落の長と顔を合わせていた。
「エイダンフじゃ」
集落の中央に位置する、とある大きな家屋の一室にて。
老いた 矮人(ドワーフ) の男が、この上なく簡潔にそう名乗った。
がっしりとした体格に反した子供のような背丈。髭面に隠れた顔面には、不機嫌そうな表情が浮かんでいる。
昨日、護衛の冒険者が連れてきた 矮人(ドワーフ) だった。この老人が区長とやらなのだろう。
だが。
「またそんな態度を……ごめんなさいね。ユーヘッデの無理を聞いてくださったのでしょうに」
矮人(ドワーフ) の隣に座る 森人(エルフ) の老女が、申し訳なさそうにそう言った。
長身で背筋も伸びているものの、金髪の色合いはくすみ、肌には皺が刻まれている。
リゾレラほどではないにせよ、相当な年月を生きていることだろう。
森人(エルフ) の老女は微笑んで言う。
「あの子の教え子なのかしら。私はセゼルテ。ここヤレイオロ共治区で、区長をしています」
森人(エルフ) の老女はそう、穏やかに名乗った。
ぼくはわずかに眉をひそめて問いかける。
「セゼルタ殿が区長……となると、エイダンフ殿は」
「区長でなければ、ここに座っておらん」
エイダンフがぶっきらぼうにそう言った。
内心で首をかしげていると、セゼルテが説明してくれる。
「ここには区長が二人いるのよ。 森人(エルフ) と 矮人(ドワーフ) は、元々あまり仲のいい種族じゃなかったの。だから両方の種族が多く住む集落は、共治区としてそれぞれの種族から長を選出しているのよ」
「そういうことでしたか」
森人(エルフ) と 矮人(ドワーフ) は仲が悪いと噂で聞いたことはあったが、共に国を作った種族同士でそんなことあるのかとずっと疑わしく思っていた。
しかし、どうやら事実だったらしい。
「あれをどうにかしようなど、馬鹿げておる」
エイダンフが、吐き捨てるようにそう言った。
「あれは人の身にどうこうできるものではない。伝承どおり、魔王と勇者の誕生によってあふれ始めた。儂らはそれを受け入れるほかない」
矮人(ドワーフ) の老人が、ぼくらを見回す。
「ユーヘッデの奴め、教え子か知らんがこんな若輩者どもを寄越しおって……何を考えておる。一度捨てた故郷を、今さら憐んでいるつもりか」
ずいぶんと失礼な御仁だったが、しかしここに住む者たちが異変をどう捉えているのかは、なんとなくわかった。
森人(エルフ) の老女が、苦笑とともに言う。
「ごめんなさいね。わかりづらいでしょうけれど、エイダンフは無関係な若者をいたずらにあの山へ向かわせることに反対しているだけなの」
「そう言っておろうが」
「ちょっと黙っていてちょうだい。でもね……ユーヘッデが見込んだのであれば、あなたたちはきっと、とっても強いのでしょう。解決は難しくても、無事に帰ってくることはできるはず。……頼ってもいいかしら」
ぼくは一瞬間を置いて、うなずく。
「ええ。ぼくたちはそのために来ましたから」
ぼくの言葉に答えるように、セゼルテが微笑む。
「異変について、あの子からはどのくらい聞いていたかしら」
「大まかには。できればあらためて、この地に住む方々から詳細を聞きたいと思っていました」
「わかりました」
セゼルテがうなずき、ぼくらを見回して言う。
「あなたたちは、この独立領についてはどの程度ご存知かしら」
イーファらが顔を見合わせ、順番に言う。
「えっとその……前回の大戦の時に、 森人(エルフ) と 矮人(ドワーフ) の人たちが魔王軍を離れて、ここに国を作った……ってことくらいしか……」
「どちらの種族も、人間と仲がよかったからなのよね?」
「戦って独立を勝ち取った、って聞いた」
期待通りの回答だったのか、セゼルテは微笑んでうなずく。
「ええ、そうね。人間も魔族も、今では多くの者がそう思っているでしょう。友好関係にあった人間と争うことを拒み、仲が悪かったはずの二種族が手を取り合って、魔王とも勇者とも敵対する覚悟で中立を宣言したと……。でも、真実は少し違います。あなたたちは、独立領に入ったとき疑問に思わなかったかしら。どうしてこの場所なんだろう、って」
森を抜けた時の印象を思い出す。
たしかに、草原が多く魔族にとっては暮らしにくそうな土地だった。
ぼくはリゾレラから聞いたことを思い返しながら答える。
「……他の種族が定住していなかったからなのではないのですか? 魔族は新天地を目指す際、誰もいない場所を慎重に選ぶのだと聞きました。かつてあなた方の先祖もそうだったのでは?」
「そうね。でも、なぜこの地には誰もいなかったのかが問題なの」
思わず眉をひそめる。
だが、言わんとしていることはなんとなく理解できた。
魔族も別に、森にしか住めないわけではない。農耕や牧畜を行い、都市を造る種族であれば、ある程度ひらけた土地を望むこともあるだろう。
ならばなぜ、この地に住まう魔族がいなかったのか。
セゼルテが答えを口にする。
「この地は、古来から忌まわしい場所とされていたわ。前回の大戦よりも、その前の大戦よりも、ずっと昔から。だからこそ、ここは空白地帯になっていたのよ。魔族も人間も、あの山を臨む場所に住もうとはしなかった」
「……戦って独立を勝ち取ったのではない。誰もが忌み嫌う場所に、逃げてきただけじゃ」
エイダンフが、唐突に口を挟んだ。
「あの時代、大戦の最中には、魔族の誰もが狂乱していた。魔王軍を統括する四天王は皆、人間の英雄など誰も及びもつかないほどに強かった。さらに魔王の強さは、その彼らをはるかに上回るほどで……そしてそれ以上に、他者を惹きつける魅力を持っていた。誰もが魔王を崇拝し、人間を共通の敵として団結した。それまでは各々好き勝手生きていた連中が、魔王軍などを結成し、人間を滅ぼせると本気で信じてしまうほどに」
「……」
「 矮人(ドワーフ) と 森人(エルフ) は……彼らに比べ、少しだけ正気じゃった。多少なりとも人間との交流を持っていたために、奴らが狂気じみたモンスターの類ではなく、儂らと近しい価値観を持つ存在であることを知っていた。奴らが仲間を想い、団結し、魔王に立ち向かう勇気を持っていることも。魔族に数で勝り、そのうえ……勇者なる異常な英雄まで擁していることも。だから……逃げた。耳長風情と手を組んででも。その先には忌まわしい地しかなくとも。狂乱に飲み込まれ、いずれ破滅の時を迎えてしまう前に……。儂の祖父は、そのように話しておった」
「……」
矮人(ドワーフ) の老人が語る話は、真に迫っていた。
どうやら独立領には、帝国や魔族領には伝わっていない真実があったらしい。
セゼルテが微笑とともに言う。
「私も、母からはそのように聞きました。私自身は大戦後に生まれた世代だから、当時のことは知らないわ。でも、おそらくそのとおりだったのでしょう。そうでなければ……まさに異変の最中にあったこの地に、移り住もうとはしなかったでしょうから」
この地の異変が古くからのものだとは、学園長から聞いていた。
しかしまさか、独立領の成り立ちにまで深く関わっていたとは。
ぼくは静かに問う。
「前回の大戦の時代にも、今回と同じような異変が起こっていたと?」
「ええ」
セゼルテはうなずく。
「伝承によれば、この異変は魔王と勇者の誕生を契機に発生するものなの。だから五百年前も、きっと今と同じ状況だったことでしょうね」
「……異変の原因に、見当はついているのですか?」
ぼくが問うと、 森人(エルフ) の老女は首を横に振った。
「いいえ、何もわからないの。何が原因で、なぜこんなことが起こるのか。これまでたくさんの者たちが調べようとして、誰もわからなかった。山へ向かったきり、帰ってこなかった者も多いわ。私たちにわかっているのは、何が起きているのかだけ」
セゼルテは説明を始める。
「あの山……呼び名はいろいろあるけれど、ここに住む者たちは単に『山』と呼んでいるわ。独立領の中心に位置するあの山は、常に霧に覆われているの。どんなに暑い日でも、それが晴れたことはない。山頂などは、霧が濃すぎて誰も見たことがないと言われているほどよ。その影響なのか、あの山に棲むモンスターもどこか様子がおかしい。それだけならば、私たちの住む土地には影響がないのだけど……魔王と勇者の誕生をきっかけに、霧は周辺の土地にまで広がり始めるの」
概要は学園長から聞いていたが、セゼルテの説明はより詳しいものだった。
森人(エルフ) の老女は続ける。
「霧のせいで寒くなったり、作物が育たなくなったりすることはないわ。普通の霧ではなく、魔術的なものなのでしょう。山にいるモンスターのように、家畜がおかしくなったりすることもない。ただ、時折……霧に晒される中で、眠りについてしまう者が現れるの」
セゼルテが憂いの表情で言う。
「夜の眠りとは違う、決して醒めない眠りについてしまう者が」