軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七話 最強の陰陽師、戸惑う

ぼくが呆然とする中、神魔の娘は浅鍋と小瓶を両手に持ったまま、こちらに駆け寄ってくる。

「セイカ! セイカなんだよね!?」

「え、その……」

「わぁ……ギルにそっくり! 大きくなったねぇ!」

顔を明るくした神魔の娘が、ぼくの間近にまで寄ってくる。

鍋と小瓶を持っていなければ、抱きついてきそうな勢いだった。

「そっかぁ……もう十六年も経つんだもんね」

女性が感慨深げに言う。

「あのね、セイカが来るってことは、区長さんから聞いてたんだ。でもここ帝国から遠いし、大丈夫かなぁって心配してたんだけど……こんなに立派になってたんだね。そりゃあこんなところにも来られるよねぇ。あ、でも、あの時のギルよりはまだ若いのかな? あれ、わたしギルが何歳の時に会ったんだっけ……」

「あの……」

言葉を失っているぼくに代わり、声を発したのはイーファだった。

「メローザさん、ですか……?」

「あ、そう! ごめんね、わたし名乗りもせずに」

メローザが、たははと笑う。

「みんなは、セイカのお友だち?」

「えっと……」

「そうだ! みんなお腹空いてるよね?」

返事を聞きもしないうちに、メローザは身を翻した。

おそらく正殿の奥にあるのであろう調理場へ駆け戻りながら、ぼくらを振り返って言う。

「待っててね、今ごはんにするから」

****

「ごめんねぇ、大したもの出せなくて」

数刻後。

神殿のやや大きな食卓には、四人分の食事が並んでいた。

「まさかこんなに早く来るなんて思わなかったから、全然準備できてなくてさぁ。普段はわたし一人だからねー。でも、明日には区のみんなにお願いして食べ物を分けてもらってくるから、期待しててね! あ、みんな座って座って。今果物切るからね」

促されるままに、ぼくらは食卓につく。

目の前に並ぶ料理は、パンやスープなど、帝国の農村でも食べられているようなありふれたものだ。

だが、普段は食べないであろう塩漬け肉やチーズが並んでいるところを見るに、用意がない中でも精一杯もてなそうとしてくれているようだった。

「はい! どうぞ召し上がれ」

切られた果実が並ぶ大皿を置きながら、メローザがにこやかに言った。

状況にやや面食らいながらも、ぼくらは促されるまま食事に手をつけ始める。

味は、どれも普通だった。

神魔の里で出された食事は、食材も調理法も帝国とはだいぶ違っていて興味深かったが、ここに並ぶ料理にはそういった特色もない。

ぼくらが食べている様子を、メローザはにこにこと嬉しそうに眺めている。

「いっぱい食べてね。おかわりもあるからね」

「は、はぁ……」

「あの……メローザさんは、食べないんですか?」

イーファが、どこか心配したようにそう言った。

メローザが座る席の前には、パンもスープも並んでいない。

聞いたメローザは、笑顔で手を振りながら言う。

「わたし? いいのいいの。用意する時につまみ食いしてお腹いっぱいになっちゃったから」

「……わたしたち、きっと全部は食べきれないと思うので、よかったらメローザさんも」

「うん、そーお? じゃあ少しだけ。ありがとうね」

にこにことそう言って、メローザは果実を一切れ口に運ぶ。

ただ、それ以上手をつけようとはしなかった。

言葉通りに満腹なのではなく……自分が食べるほどの用意がなかったのだろう。四人もの客人が突然来れば、そうもなる。

しかしメローザはそんなことを気にする様子もなく、機嫌良さそうに言う。

「みんな若いんだから、遠慮しなくていいからね。でも……よかった。セイカがちゃんと大きくなってくれて」

しみじみとそう言われ、ぼくは困惑混じりに中途半端な相づちを返す。

「は、はぁ……」

「セイカが生まれたばかりの頃、わたしお乳の出が悪くてねー。わたしのせいで大きくなれなかったらどうしようってずっと心配してたんだ」

「そ……そうですか」

メローザは本当に安心したかのように言うが、反応に困る。

しかも赤子の頃というならば、ぼくがまだ転生してくる前の出来事だ。

「こんなに大きくなれたってことは、あの立派な家でちゃんと食べさせてもらってたんだね。それに……わたしが伝えた名前も、そのまま使ってくれたんだ。人間の貴族の家だし、もっと人間っぽい名前に変えられてもおかしくないと思ってたんだけど……ギルのお兄さんには、感謝しなくちゃね」

「……セイカくんの名前は、メローザさんがつけられたんですか?」

微妙に引っかかっていたことを、イーファが訊ねた。

メローザは笑顔でうなずく。

「うん! ギルと二人で考えたんだ。あ、ギルっていうのは、わたしの旦那様ね。将来この子が、魔族領でも人間の国でも好きなところで生きていけるようにって、どっちでも不自然じゃないような名前にしたの。ただ……今思えば、どっちから見ても少し変わった名前になっちゃったかなぁ」

と、メローザが苦笑する。

アミュが、なんだか納得したように言う。

「へぇー……たしかにお貴族様にしては珍しく斬新な名前って思ってたのよね。いい家柄の連中って、だいたいが伝統的な名前してるから」

「でも……あんまり神魔っぽくもない」

「そう思うでしょ? でもね、実は大昔には、神魔でもこういう名前は珍しくなかったんだ。あんまり有名じゃない民話から見つけた名前でねー」

首をかしげるメイベルに、メローザは嬉しそうに説明する。

しかしふと、何かに気づいたかのような顔になった。

「あれでも、名前が神魔っぽくないなんてよくわかったね。わたしたちの名前なんて、人間にはぜんぜん馴染みないと思うんだけど……」

「神魔の里に二月くらいいたから、なんとなくわかる」

「えっ、そうなの!?」

「あっ、ていうか! ルルムがあんたのことずっと捜してたわよ!」

「ええっ!?」

急に思い出したように言ったアミュに、メローザがびっくりした顔になる。

「待って待って……懐かしすぎる! ルルム!? あの子今元気なの!? というかずっと捜してたってどういうこと!?」

アミュたちは春先から夏にかけての出来事を、かいつまんでメローザに説明していく。

メローザはそれを、ずっと驚きっぱなしで聞いていた。

「そうだったんだ……あの子にも心配かけちゃったなぁ……。あの時は逃げ出すのに必死で、他のことを考える余裕なんて全然なかったから……。でも、今は日暮れ森の里に戻って暮らしてるんだよね? じゃあ、よかったぁ」

「うん。ノズロも一緒」

「ノ、ノズロ……あまりにも懐かしすぎるんだけど。あれでしょ? ルルムの後ろにいっつもくっついてきてたちっちゃい子。一緒に旅に出てたんだねぇ」

「今はもう、全然ちっちゃくないわよ」

「あ、そっか。なんだか急に大きくなって、わたしも背、抜かされちゃったんだった。じゃあ今は、セイカくらい?」

「それより、ぜんぜんおっきい。ベア系のモンスターくらい」

「あはは、うっそだー! あの子がまさかそんなに大きくならないでしょ。でもいいなー、わたしもみんなに会いたいよ……。他には? 日暮れ森の里では誰に会った?」

「ええと、里長のラズールムさんとか……」

「ラズールムさん! ルルムのお父さんだよね? 里長になったんだ! へぇー……。ラズールムさん親切でいい人だから、里にいた頃はあの人が里長になればいいのに、ってずっと思ってたんだよね……なんだか嬉しいな」

アミュたちは気が合うのか、すぐにメローザと打ち解けたようだった。

こうして見ると……ぼくの生みの親だというこの神魔も、この子たちと同世代にしか見えない。

アミュがやれやれといったように言う。

「しっかし、ルルムも災難ねー。十五年もずっと帝国を捜してたのに、本人はこんなところにいたなんて。元気にしてたからよかったけど」

「帝都に戻ったら、ルルムさんに手紙、もう一回書いてあげよっか。ちゃんと元気そうでしたよって」

「それがいい。冬になるから、来る前に出した手紙も、届いてないかも」

「あー……それじゃあ、わたしも書こっかなぁ。ずいぶん大変な思いさせちゃってたみたいだし……。でも今出しても届かないだろうから、やっぱり春になってからかな」

「ルルム、あんたのことあきらめてなかったけど、しばらくは里にいるって話してたわ。春に出せばちゃんと受け取れるんじゃないかしら」

「そうなんだ。よかった。また帝国に向かわせちゃったら悪いもんね」

と、メローザが苦笑する。

冬の間は、旅にも出づらいし手紙も届きにくくなる。

何事にも、春を待つしかない。

「あ、みんなおかわりあるよ! 果物ももっと持ってくるね!」

寂しくなってきた食卓を見て、メローザが気づいたように席を立った。

誰も遠慮する隙を与えないかのように、楽しげに話し続ける。

「人間ってこれからもっと大きくなるんでしょ? 遠慮しなくていいからね~」

空いた皿を手に取りながら、メローザはぼくに笑顔を向ける。

「セイカはスープとパン、あとどれくらい食べる?」

ぼくはわずかに目を逸らし、少しの気後れとともに答える。

「いえ……おかまいなく」

「ん? そーお?」

メローザは小首をかしげると、やや不思議そうに言う。

「セイカは小食なんだね。わたしもギルも、けっこう食べる方だったんだけどなー」

「……」

「……あ、あのう」

イーファが遠慮がちに口を開く。

「わたしたちも、十分いただきましたので……あとは、メローザさんが」

「ほんと? んもー、若いんだから遠慮しなくていいのにー。じゃあ果物だけ持ってくるね」

と、調理場の方に消えていくメローザの背を見送る。

思わず、小さく溜息をつく。

「やさしそうでいい人じゃない」

アミュがぼくを見て言った。

ぼくは彼女に目を向けないまま、水の入った杯を傾けつつ生返事を返す。

「……そうだな」

「そうだ、みんなー!」

と、その時、果実の盛られた皿を持ったメローザが、明るい声とともに調理場から戻ってきた。

神魔の娘は皿を置きながら、にやりとした笑みを浮かべて言う。

「今日、お風呂沸かしてあるからね! 順番ね!」

女性陣がにわかに色めきだった。

みなが口々に言う。

「ここお風呂あるの!? やった!」

「うれしい。ひさしぶり」

「ふっふっふ。みんなお風呂好きだよね。人間の国にはいっぱいあるもんね。でもここに来るまでの間は入れなかったでしょ。だからぜったい喜ぶって思ったんだよね」

メローザがしたり顔で言う。

帝国では公衆浴場がどの街にもあるものだったが、さすがに旅の途中ではなかなか入れない。

さらに今の時期は、別の問題もあった。

イーファが恐縮したように言う。

「うれしい、です、けど……でも大丈夫ですか? 薪(まき) とか……」

もうすぐ冬になる今の時期、どの家も燃料の消費には敏感になる。

風呂を沸かすとなれば、結構な量の薪を使うはずだ。

しかしメローザは、得意そうに言う。

「それが、いい魔道具があるんだよね。前にここを管理していた神魔が残してくれたものでね、魔石でお風呂を沸かせるんだ。すごく腕のいい魔道具職人さんだったみたいで、質の低い小さな魔石でも一個あれば二、三回は使えるんだよ。だから心配しないで」

どうやらこの神殿は、なかなか設備が整っているようだった。

メローザは続けて説明する。

「ここ、元々旅の神魔が立ち寄れるように作られた神殿でね。偉い神魔のおじいさんがずっと管理してたの。わたしが逃げてきてすぐにその人は死んじゃって、わたしが代わりに管理人を引き継いだんだけど、おかげでけっこういろんなものがそろってるんだ。山羊もいるし、鶏小屋もあって……あっ、卵あったの忘れてた! 明日出してあげるね。旅の神魔なんてめったに来ないから、普段はわたし一人でぜいたくに暮らせてるの。だから、ぜんぜん遠慮しなくていいからね」

メローザはにこやかに言う。

「けっこう大きいお風呂だから、一度に三人くらいは入れると思う。みんなは一緒でいい?」

アミュたちは顔を見合わせてうなずく。

メローザはそれから、ぼくに顔を向けて言う。

「じゃあセイカは、わたしと一緒ね」

「ぶっ!! ゴホッゴホッ!!」

杯を傾けていたぼくは、思わず水を吹き出しかける。

何がおかしいのかわからないのか、メローザは笑顔で小首をかしげるばかりだ。

ぼくは気後れしながら言う。

「いや、その……大丈夫ですから」

「……ああ!」

メローザが、急に気づいたかのような顔になった。

それから、やや寂しげに笑いながら言う。

「そっかぁ……セイカはもう、そんな歳じゃないもんね」

「……」

ぼくは口元を軽く拭いながら、勘弁してくれよと思う。

長命種だけに見た目が若々しく、性格なのかルルム以上に言動が幼いメローザは、ともすれば少女のようだ。

生みの親だろうが、こんな距離感で接せられても困惑しか湧かない。

「じゃあセイカは、女の子の次に一人で入ってね。あ、そうそう! もう一つ訊いておくんだった」

メローザは、なんだか微妙ににやにやしながら言う。

「どなたが、セイカの恋人さん?」

場に微妙な沈黙が流れた。

アミュたちは顔を見合わせて、口々に言う。

「あたしたち、そういうのじゃないから」

「ただのパーティーメンバー」

「わたしは、その……えっとまあ……そうですね……」

「えー! なんだ!」

メローザが肩を落として言う。

「どの子なのかなー、って思ってたのに……うーん、変だなぁ。ギルはすごくモテてたんだけど。そのせいでわたしも気が気じゃなくてね……」

メローザは何やら腕を組んで唸っている。

ぼくは頭を抱えたくなる。

「ま、いいや。じゃあ三人は一緒の部屋。今日は狭いところになっちゃうんだけど、我慢してね。明日広いところを空けてあげるから。セイカは小さい部屋を一人で使ってね」

「はーい」

女性陣が元気よく返事をする。

メローザは笑顔になって言う。

「みんな、春になるまでゆっくりしていってね。……あ、それと」

それから、ふと付け加える。

「みんなは異変を解決するために来たんだと思うけど……あんまり無理しなくていいからね」

まるで、当たり前のことであるかのように言う。

「あれはきっと、解決できるようなものじゃないから」