軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六話 最強の陰陽師、出会う

その後。

カディア女史と城門前で別れたぼくらは、そのまま帝都を出立した。

アミュは護衛の冒険者たちと顔なじみだったようで、城門前ではずいぶん話が弾んで喋り倒していたが、馬車に乗る頃にはすっかり大人しくなっていた。

「……なんか、意外」

街道を進む馬車の中、メイベルがぼそりと言う。

「アミュが、家族にあんなに甘えてるとは思わなかった」

「なっ、別に甘えてないわよ!」

若干恥ずかしそうに言い返すアミュだったが、メイベルは無表情のままなおも言う。

「十分甘えてる。よく考えたら、高い学費も出してもらってた」

「んぐっ……」

事実には言い返せないのか、アミュが悔しそうに押し黙る。

魔法学園の学費は高い。平民の生まれで入学できる者となると、それなりに成功した家の子がほとんどだ。

ギルドの幹部と、名の通った冒険者を親に持つアミュは、こう見えてかなり裕福な生まれだった。

「はー、たしかにちょっと浮かれてたわね、あたし……これから帝国の外に出るっていうのに」

なんだかばつが悪そうに言うアミュに、ぼくは一応確認する。

「まさかとは思うが、勇者とか魔王のことをうっかり喋ったりはしてないだろうな」

「するわけないでしょそんなこと!」

怒ったように言うアミュだったが、すぐにその目を伏せる。

「巻き込めないわよ。パパもママも、ギルドのみんなも……こんなことに」

「……」

まあ、そうだろう。アミュも十分わかっているようだった。

ぼくも同じだ。状況がこじれ、ブレーズやルフトたちを巻き込んでしまった場合のことは、よく考えておく必要がある。

ぼくは小さく息を吐いて言う。

「喋ってないならいい。浮かれるのは仕方ないさ……久しぶりに家族に会ったんだから」

「……あんたは、どうなのよ。その辺のこと」

目を向けると、アミュはやや言いづらそうに言う。

「独立領に、本当のお母さんがいるんでしょ?」

ぼくは、一瞬だけ目を閉じて答える。

「いや、別に」

「別にって」

「別になんとも思ってないってことだよ」

わずかに嘆息して続ける。

「小さい頃に生き別れたきりなんだ。今さら会ったところでほとんど他人だよ。特別な感情なんて湧くわけない。最初に言っただろ。ぼくが独立領に向かうのは、母親に会うためじゃなく学園長の頼みを聞いてやるためだって」

「でも……」

アミュが納得していないように言う。

「向こうは、そう思ってないかもしれないじゃない」

「それこそぼくには関係ないな。息子の役割を求められても困る」

「あんたね……」

「ま、まあまあアミュちゃん!」

険悪な雰囲気になりかけ、イーファがあわてて仲裁に入る。

「これはセイカくんの問題だから。ね?」

「そう」

イーファに同意したのはメイベルだった。

窓の外に目を向けたまま、淡々と言う。

「親をどう思おうが、セイカの勝手」

「……」

アミュは黙ったまま、何も言い返さなかった。

小さい頃奴隷に売られたメイベルには、どう言い返そうと軽い言葉にしかならなかっただろう。

ぼくらにしては珍しく、馬車の中には居心地の悪い雰囲気が漂っていた。

****

出立から何日も経った頃。

街道はいつしか途切れ、剥き出しになった土の道が続いていた。

道が森の中を進むようになると、護衛の冒険者たちから独立領に入ったことが知らされた。

魔族は、人間のように森を大きく切り拓いたりはしない。

居住地となる都市などは当然別だが、魔族領はそのほとんどが深い森だ。

だから、独立領も似たようなものだと思っていたのだが……その様相は、いささか想像と違っていた。

「……森じゃないのか」

暗い森は長くは続かず、次に視界に現れたのは草原だった。

木々はまばらにしか生えておらず、見渡す限りを背丈の低い草が風にそよいでいる。

冬に入りかけの時分のためかそのほとんどが茶色に枯れかかっていたが、森と比べればずっと人間に馴染みある光景だ。

切り拓いたわけではなく、元々こういう土地なのだろう。

狩猟や採集には向いていない。畑は耕せそうだが、土が痩せていればそれもわからない。

魔族にとっては、少々暮らしにくそうな土地だった。

しばらく進んだ頃、窓の外を見たメイベルが、目を擦りながら言った。

「…… 靄(もや) がかかってる、気がする」

「これ……霧かなぁ」

イーファもまた、不安そうな声を漏らした。

****

独立領に入って、丸一昼夜と少し。

一度の野宿を挟んで、ぼくたちはようやく目的の集落までたどり着いた。

「……なんだか普通の、大きめの村って感じね。」

馬車の窓から外を見たアミュが、そう呟く。

より濃くなった霧の中、夕日に照らされた集落は、帝国にもよくある人間の村のようだった。

黒森人(ダークエルフ) の都市で見た木々と一体化したような家も、 矮人(ドワーフ) らしい土属性魔法を生かした石造の家も見当たらない。

低い石垣に囲まれ、石材と木材で作られた普通の家々が建ち並ぶ、大きいが街にはなりきれない地方の村。集落はそんな様相だった。

そしてその背後には、大きな山がそびえている。

ぼくは呟く。

「あれが、異変の元凶だっていう山か」

山頂は霧に隠れ、ほとんど見えない。

その時、護衛の冒険者一人が、ぼくらの乗る馬車の横に馬をつけた。

「しばしここでお待ちなさい」

にこにこと愛想のいい、老婆の冒険者だった。

彼女はそう言い残すと、一人下馬して集落へと向かう。

おそらく、何度か来たことがあるのだろう。勝手知ったるような足取りだった。

「……おばあちゃん、一人で大丈夫かな。ここもう帝国じゃないし、もしなにかあったら……」

「大丈夫よ」

心配そうなイーファに、アミュが平然と言う。

「ああ見えて、ホボナばあちゃんが一番怖いんだから」

ほどなくして、老婆は一人の 矮人(ドワーフ) を伴って戻ってきた。

矮人(ドワーフ) らしく、体格はがっしりとしているが背丈は子供のように低い。老いた髭面のその 矮人(ドワーフ) は、ぼくらの馬車や冒険者を見回して、口を開く。

「客人は」

なんとなく呼ばれている気がしたので、ぼくらはそろって馬車を降りる。

矮人(ドワーフ) はぼくらを一瞥すると、ぶっきらぼうに言う。

「話は聞いておる。客人は神殿へ向かえ。そこが宿じゃ。残りの、人間の冒険者どもは馬小屋を使うがいい」

「はあ? ちょっと! みんなも……」

「よいのですよ、アミュ」

老婆の冒険者が、笑顔でアミュを制す。

「馬小屋を使えるだけ上等です。冒険者は、ベッドでないと寝られないなんて甘え腐ったことは決して言いません。そうですね?」

「う……だ、だけど」

「私たちは、明日にはここを発ちます」

有無を言わせぬ響きで、老婆の冒険者は言う。

「あなたはここで、自分の役目を果たしなさい。帰りはこの地で案内役を雇うか、自分たちで帰ってくること。よいですね」

「う、うん」

「よろしい。今のあなたならできるでしょう、アミュ」

老婆がそう言って、アミュの頭をなでる。

「クローデンとカディアの娘が、もうこんなに大きくなったなんて。時の流れは早いものです……。それでは」

老婆はそう言い残し、冒険者一行と共に馬車を引きながら集落の方へと歩いて行く。

そしていつの間にか、 矮人(ドワーフ) の老人もいなくなっていた。

「……ん? ぼくら放置されてないか?」

周りにはもう誰もいなかった。

いや神殿ってどこだよ。

「……あっ、あれじゃない?」

イーファが指さした先を見ると、集落から少し外れたところに、高い煙突の伸びた三角屋根の建物が建っていた。

こぢんまりとはしているものの、その形はなんとなく、ルルムやリゾレラの里で見た神殿に似ている。

メイベルも同意するように言う。

「見た目がそれっぽい、かも」

「あーたしかに、ルルムの里の神殿ってあんな感じだったわね。でも……」

アミュが不思議そうに言う。

「 森人(エルフ) と 矮人(ドワーフ) の神殿も、ああいう形なのかしら?」

「うーん……どうなんだろうな」

残念ながら 黒森人(ダークエルフ) の都市では宗教施設を見ていなかったので、参考にできるものがない。

ただし、ほかにそれらしい建物も見つからなかった。

日も暮れかけている。間違っていたならそこの人に訊けばいいだろうと、ぼくたちはひとまずその神殿っぽい建物に向かうことにする。

近くまで来ると、その建物は思っていたよりも大きかった。

ぼくは重厚な木の扉を叩きながら、声を張り上げる。

「ごめんくださーい」

思えば、 森人(エルフ) や 矮人(ドワーフ) の訪問時の作法など知らない。

いきなり戸を叩いて失礼には当たらないだろうか……などとわずかに心配する隙もなく、すぐさまびっくりしたような声が返ってきた。

「えっ、誰!? うわ、はーい!! ちょっと待ってー! ……ああいや、どうぞ入っちゃってくださーい! 今手が離せなくてー!」

声は扉越しにくぐもっていたが、それでも女性のものだということはわかった。

……どうやら、ずいぶん間の悪い時に訪問してしまったらしい。

若干申し訳なく思いはしたが、神殿にたどり着けなければぼくらも野宿だ。また来ますとも言えない。

「失礼しますー……」

扉は、押すと簡単に開いた。建物の中が目に入る。

やや狭くはあるが、神魔の里で見た神殿の、正殿部分にあたる内装だ。

そして――――その奥から、慌てた様子の女性が一人現れた。

「はいはいー、なんのご用でしょう……か……」

ぼくらの姿を目にした彼女が、固まって言葉を途切れさせる。

歳の頃は、見た目で言えば二十に届くか届かないかといったところだろうか。

実年齢は見当がつかない。

後ろで一つに結ばれた髪は黒く、その瞳も黒い。肌の見える部分には、黒い線の紋様が走っている。

左手に炒め物用の浅鍋、右手に調味料の小瓶を持って立ち尽くしているその若い女性は、神魔であるようだった。

意外に思いながらも、ぼくは訊ねる。

「あのう、神殿ってここで合ってますか? 異変を調べに帝国から来た者なんですが、神殿に行くよう言われて……」

神魔の娘は、ただ立ち尽くしているだけだった。

先ほどまでの慌ただしげな様子はどこへやら。言葉もなく、目を丸くしてこちらを見つめている。

神殿には、奇妙な沈黙が満ちていた。

戸惑いながらも、ぼくは続けて言葉を発しようとし――――何かが引っかかった。

考え、そして一つの可能性に思い至る。

まさか……、

「うそ……まさか……」

ぼくの思考をなぞるように、神魔の娘が口を開いた。

「セイカ……なの?」