軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26.新たなる戦い

教室へ着いた時には心身共に、へっとへとだった。

けれど、本番はまだこれから。始まってもいないのよ。

教室はもちろんAクラス。

前の時は、家庭教師と会話が成り立たないまま入学したからCクラスだった。それも学校側の配慮でかろうじてCクラスに入れて貰った感じ。高位貴族の令嬢がCクラスの底辺学力しかないっていうのも、馬鹿にされていた理由なんだと思う。

まぁね、もっと努力できたとは思う。家に図書室だってあったんだし。家庭教師の顔は見れなくても授業の内容をノートを取ること位できただろうし、それを基に一人で学習することだってできたはずだ。

今回、突然いろんな知識を披露し始めた娘に驚いた家族には、「一人で勉強していたんです」って言い張った。クレアに頼んでバルから買った本を、こっそり図書室に運び込んでアリバイ工作までした。

買った本に、情報を書き加えて貰う工作までした。

それでもさ。突然、父が存在を知らなかった本の知識を10歳の娘が読み込んで理解してると簡単に信じてしまっていいのだろうか。

ヴァロー侯爵家チョロすぎやばい。

「こんな本が、うちにあったのか」じゃねーんだわ。んな訳あるかーいって突っ込みそうになったけど我慢できた私はすごいと思う。誰か褒めて欲しい。

でも、前回はそんな風に自分でいろいろ考えて対処するとか、自分で勉強しようとか、そういう気力はなかった。思い付いたりもしなかった。

忙しそうにしてる両親とカリカリいらいらしてる姉たちの怒りに触れないよう、ただじっとしてることしかできなかった。

ここにクレアがいてくれたら、と詮無いことを夢見ては、悲しいと泣くばかりだった。

侯爵令嬢としての矜持もなにもあったもんじゃない。くそダサい。

今の私は、ちゃんと侯爵令嬢に見えるだろうか。娼婦の付け焼刃じゃなくて。

姉たちのお下がりではない制服は特注の生地で作られており、柔らかな光沢が美しい。サイズもぴったりだ。生地に擦れのない袖口が眩しい。前の時は、大きすぎて肩が落ちてて、長すぎる袖を内側に折り返して留めてあるだけだったからごわついて着心地は最低だし、留めた糸がほつれてこないか心配で仕方がなかったっけ。思い出すだけで涙が滲んじゃうわ。

踝丈のスカートは動きに合わせて軽やかに波打つのが目の端に映る。それだけで心が弾む。ふふふ。背が伸びるかもしれないからとウエストで巻き上げたりしていない(つまり雑なサイズ直しすらして貰えなかった)から、寸胴にも見えないのよ。それだけでテンション上がるわー。嬉しい。

なにより、クレアが綺麗にハーフアップに纏めてくれた栗色の髪が肩先で揺れている。

栗色の髪は、毎日丁寧に梳って手入れをして貰っているので毛先までつやつやだ。

どこもかしこも、前の私とは違うのだ。

唇だってカサついて皮がめくれてないし(噛みしめてばっかりだった)、目元だって目ヤニのような涙が乾いた跡が残っていたりしない。爪だって伸びてないし、ささくれ一つない。

思い出せば思い出すほど、前の私ったらみっともなさすぎて震える。幾ら没落寸前とはいえ侯爵令嬢なのよ? 信じられる??

対して、隅々まで磨き上げられられた今回の私。いわば完璧な臨戦状態である。

あれよね。前の時、綺麗なご令嬢たちを柱の陰に隠れて見上げては、『私とは違う生き物』だと勝手に傷ついてきたけれど、でも自分がその綺麗なご令嬢の一人になってみて分かる。皆一緒なのよ。おんなじ。やる気とお金と時間をかけて自分で作り上げるものだった。素材じゃなかった。……いや、勿論素材は違うんだけど。なんというか同レベルまで磨き上げればある程度のレベルまでは誰でもなれるのよ。

努力を積み上げているかどうか。それだけ。

そうして。死に戻ってから今日まで、あの日劣等感いっぱいで見上げたご令嬢となるべく、私は努力を積み上げてきた。クレアと一緒に。

『お嬢様、お綺麗です』

笑顔で送り出してくれたクレアの言葉を思い出してジーンとする。

バルが見てくれたらなんて言ってくれるだろう──そんな思いが浮かんできたけど、すぐに消す。

あの日、恋を自覚したあの日から、バルには会っていなかった。

難しい物をクレアに相談しなければ、バルが私の前にやってくることはなくなった。

当然だ。商人であるバルが私の前にこっそりとやってきていたのは、ヴァロー侯爵家のために内緒でメーダ国の物を売りに来る時だけだった。

ハリケーンの猛威を退けられて領地の経営も安定している今、彼の助力を求める必要はない。

会わないようにするのは、思いのほか簡単だった。

いいの。私には、クレアがいてくれるから。

クレアが生きていてくれさえすればと何度も祈りに近い思いでいた。彼女を助けることができて本当にうれしい。彼女といれる毎日はこんなに幸せだ。

前の私とは、頭のてっぺんからつま先、何より頭の中身もマインドも、何からなにまでまるで別人。

今回は、勝つ。勝ってクレアのいる家に笑顔で帰ってみせる。魅せてやるわ、娼婦魂!

緊張しながら、指先まで美しく見えることを意識しつつ、私は教室の扉を開けた。