軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

感受性戻っておいでよ大作戦、味覚編

「良いですか旦那様。味覚は神が与えたもうた最大の恩寵です。ゆえに、まず先に取り戻すのは味覚です!」

「…………」

早朝の光が差し込む厨房の中。

額に包帯を巻いたアルバート様が真っ白なエプロンを身につけて、しぶしぶ、不承不承、遺憾なり、と言いたげな面持ちで頷いた。

昨夜の私の提案を、最初アルバート様は「結構だ」とけんもほろろに断った。

「ですが……」

「必要ない。私はこのままでいい」

そう言うアルバート様の表情は固く、絶対に譲らない、触れてくれるなと言わんばかりだ。

しかしアルバート様は、割と押しに弱かった。

「一緒に暮らしているのに何もできないなんて……申し訳なくて美味しくご飯を食べられません」と悲しげに訴えた私に沈黙した時点で、アルバート様の負けは決まっていた。

それからも押し問答は続いたけれど、最終的には投げやりのアルバート様から「好きにすればいい」と言質を取ることができた。

ただし、その感受性を取り戻す行動にあたり、アルバート様は二つほど条件を出した。

「まず一つ目に、何故こうなったのか。詮索はしないでもらいたいし、使用人を含めて誰ともこの話はしないでほしい」

「もちろんです。誰にも言いません!」

力強く頷く私にアルバート様が胡乱げな目線を向けたけれど、安心してもらいたい。

私は割と勘が良い。なんとなく察しはついてるし、だからこそこれは誰にも言ってはならぬと言われる前から理解していた。

おそらく、これは厨二病の弊害だ。

アルバート様は厨二病を発病していたであろう十四歳の多感な時期に、ご両親と離れ、公爵家代理として孤独にお仕事を頑張っていた。

多分……その間、どっぷりと自分の設定に浸かっていたに違いない。

止めてくれる人がいるのなら、屋敷はあんな状態になっていなかったはずだ。

当時彼は十四歳の男の子。慣れない公爵家代理の仕事、親のいない不安。重圧やストレスの吐け口が趣味である厨二病へと向かっても、それは仕方がないことだ。

厨二病患者は、感情や痛みを感じない設定が好きだと聞いたことがある。おそらくはアルバート様も自身をそう設定し、強く思い込んでいるうちに、本当に何も感じなくなってしまったのではないだろうか。

もちろん理由は厨二病ではなくて、素人が気軽に触れてはいけないような、何か大きな出来事があったのかもと思わなくもないけれど……。

何か大きな、心に傷を負うようなことがあって急に感覚を失ったのならきっと周りは気づくと思う。あの優しそうな公爵夫人や、夫人にヤンデレしてるとはいえ息子の幸せを願う公爵閣下、それに何よりハーマンが、彼を放置はしないだろう。

少なくとも、お医者さまには診て頂くはず。

私が知る限り、アルバート様がお医者様にかかっていることはない。

それに「私はこのままでいい」という発言も、誰にも知られたくないという発言からしても……どうしても、誰にも気づかれたくない理由があるに違いないのだ。

……確かにこれは、誰にも知られたくないだろうな。

大丈夫大丈夫。私は誰にも言いませんよ。という慈愛の気持ちをこめてアルバート様を優しく見る。なぜか彼は物凄く複雑そうな顔をしたが、諦めたように口を開いた。

「………………次に、二つ目。ある程度試しても効果がなかった時にはすぐに諦めてほしい。期限は……そうだな、三ヶ月。それ以降はこの話題に触れないでほしい」

「三ヶ月は短すぎませんか? せめて一年ではどうでしょう」

「……半年。それ以上は譲れない」

半年あれば……なんとかなるかな? アルバート様、最初の頃よりは人間らしくなってきたし。

なんとかならなかった時は、まあその時に考えよう。

……と、そう思った私が一番最初に手をつけたのが上述の通り食育である。

確か食に興味のない幼児に興味を持たせるには家庭菜園や一緒にお料理をすると良い、となんかで聞き齧ったことがあるのだ。アルバート様は幼児でもないし遊びに夢中な年頃でもないけれど、食育の基礎ということで。

「ヴィオラ様。マフィンのレシピと材料をご用意しましたが……」

マッシュがいろいろな材料を両手に肩に携えて、困惑した様子で厨房へとやってきた。

いつも優しい大男であるマッシュは、かわいそうにこの屋敷の主人が現れてちょっと動揺している。

「マッシュ、旦那様が小さい頃一番好きだったのは紅茶のマフィンで間違いない?」

「は、は、はい……。お小さい頃は大変お好きでいらして……」

「じゃあやっぱり今日はマフィンで! 私と旦那様、どっちが上手に作れるか勝負です!」

この作戦は我ながら天才的だ。

お菓子作り→楽しいに決まってる→楽しいの情緒復活!→食べ比べ→味の違いがわかる→美味しいもの、普通なもの、まずいものを発見する→味覚復活! 完璧だ。

問題は今のところ、そわそわするマッシュの指示に従ってバターと砂糖を混ぜているアルバート様が全く楽しそうではなく、「私は今何を……?」みたいな顔をしていることだろうか。

まあ計画通りにうまくいかないとしても、最終的に食べ比べをする以上私もたくさんマフィンを食べられる。

それに私自身も一度は料理をやってみたかったのだ。前世でも今世でも料理なんてやったことがないんだもの。

そう……私は今日、初めて泡立て器を握ってるのだ!

ちなみに私の前世の夢はパティシエだったので、かなりテンションが上がっている。

つい楽しくなって、本来の趣旨もそこそこに私はフフンと勝ち誇った笑みを浮かべた。

「旦那様! さすがにこの勝負は私の方が勝ちますからね!」

「その勝敗は誰が判定するんだ……」

「私です!」

「……そうか……」

そんな温度差のあるやり取りをしつつ。

アルバート様とのお菓子作りは、冷や汗をかいてるマッシュの導きによりうまく進んだ。

焼き上がりの匂いは互角。

問題は味である。互いのマフィンを味わいながら、アルバート様は首を傾げて口を開いた。

「……私には、全く同じ味のように思えるが。勝敗は?」

「……引き分けでしょうか……」

マッシュのレシピを見ながら、マッシュの指導で作ったマフィンはほぼほぼ同じ味だった。

「味が一緒なら、これは私の勝ちではないだろうか」

アルバート様は、手元のマフィンを眺める。

きっちりと膨らんでるアルバート様のマフィンと、マッシュの制止を振り切り、欲張りすぎたせいでカップから雪崩を起こした私のマフィン。

「……花を持たせてあげたんですよ!」

少し……いや、かなり悔しい。

私は心の中で次はお互いマッシュの手を借りずに勝負しようと誓ったのだった。