軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

家庭内別居は快適ですが

家庭内別居というものは快適である。

アルバート様がこの屋敷に帰ってきても、私の日常が変わることは全くなかった。

まず、食事以外でアルバート様と顔を合わせることが全くない。ゼロなのだ。

私の方は土いじりをしたりたまに自室で手紙の返事や書類を書いたり、あとは厨房に遊びに行って食べ物をもらったりと、毎日この広い屋敷の中を縦横無尽に歩き回っているけれど、彼は執務室にこもりきりという健康寿命が大層心配な生活を送っている。

なので全く今まで通りの日々を過ごしているけれど、一つ変わったことといえば……ちょっとだけ使用人たちの間に緊張感が宿るようになったことだろうか。

だけど上司っているだけで緊張するし、何と言っても彼は氷の薔薇と呼ばれる貴公子様。笑わない美男子ほど威圧感のあるものはないので、多分仕方のないことだろう。

なのでアルバート様の目の届かないところで、今日はパメラとローズマリーとのびのびするのだ!

「はあ、良い匂い」

マフィンがたっぷり入ったバスケットを抱えて、私は幸せの匂いを堪能していた。

横にいるパメラもローズマリーも美味しい匂いの前ではポーカーフェイスをやや崩し気味で、どことなくうきうきとしている。

これは公爵邸に勤めて三十年、料理長のマッシュ自ら作った世界で一番美味しいおやつたちである。

私は彼の作る料理にすっかり胃袋を掴まれている。特にお菓子は最高で、朝目覚めた時に枕が彼の作るマフィンやシュークリームだったら良いのになと思うくらいには愛している。

今日はこの幸せの塊たちを、外で食べてやろうと思っているのだ。

季節は晩秋ではあるけれど、暖かい日差しがさす今日は絶好のピクニック日和。美しい庭園で熱いお茶を飲みながらお菓子を食べるなんて……私の人生って薔薇色だな?

というわけでやや浮かれた足取りで庭園へ向かっていると、途中でキラキラ光る銀髪を見つけた。

一瞬気づかないふりをしようかなと思ったけれど、バッチリ目が合ってしまったので礼をする。この間、挨拶は大事ですよと偉そうに言ってしまったものですのでね……。

「こんにちは、旦那様」

「ああ……」

アルバート様がどことなく警戒しているような目でバスケットに視線を移すので、私はあらぬ疑いをかけられないためにマフィンの上にかけられたふきんを取って中身を見せた。

「今から庭園でピクニックをするんです。良い天気なので」

「ピクニック?」

「はい。日差しを浴びながらおやつを食べます。あ、そうだ……」

ごそごそと、中のマフィンを一つ取り、にっこり笑ってアルバート様にあげた。

「これは私が一番おすすめの紅茶のマフィンです。美味しいですよ!」

それからハーマンにもねぎらいを込めてマフィンを渡すと、私はるんるんと庭園へ向かった。

楽しい時間が過ぎるのは早いもので、あっという間にピクニックが終わり、気づけばすぐに夕食の時間となった。

さあ、今日もお通夜状態の食事の始まりである。

気まずいといえば気まずいし、アルバート様と二人で食べるくらいなら一人で食べたいけれど、実は私はどんなに気まずくてもご飯は美味しく食べられるほうだ。

それにアルバート様は常に無表情で黙々と口に物を運んでいるだけなので、綺麗な彫刻が何か物を食べてるなくらいの存在感しかない。

なので今日の夕食のパリパリに焼かれたジューシーな鴨のローストも、やたらに美味しいドレッシングがかかったサラダも温かいスープも、いつも通りに心ゆくまで味わっていたのだけれど……。

今日は何故か違った。

アルバート様が、ちらちらとこちらを見ているのだ。

「何か?」

「…………いや。何故、いつもそんなに笑顔で食べているのかと」

「……!」

アルバート様が、心底不思議そうな顔をしてそう言った。

「食事をしているだけなのに、何故そんなに嬉しそうなんだ?」

鬼畜なの?

確かに一人で笑顔で食事している私はシュールだけれど、それを不思議そうに指摘するとか人の心はあるのだろうか?

「………………あまりにも美味しいので……」

恥ずかしさのあまりに仏頂面で答えると、アルバート様は大したリアクションもなく「そうか、美味しいからか」とぽつりと呟いた。やっぱり鬼なの?

それからいつものように無言で食べ進め、「先に失礼する」といつもより早く席を立つ。

十回くらい地獄に落ちてくれないかな……。

私は昼間におやつをあげたことを深く深く後悔しながら、アルバート様の背中を恨みがましく見送った。