軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

情緒がおかしい旦那様

「何をしている?」

ずいぶん早く帰ってきちゃったな……。

この屋敷の主人に大してだいぶアレなことを思いつつ、何かを言いかけたハリーを遮って、私はやや半ギレのアルバート様に答えた。

「お花を植えています」

そう言いながら泥のついた手をパンパンと叩いて立ち上がると、アルバート様が少しだけ困惑したように、「それは見ればわかる」と言った。

「私が言いたいのはーー」

「まずはお帰りなさいませ、旦那様。予定よりもずいぶんお早いお帰りだったんですね」

「ああ、事情が片づいた。それよりもーー」

「旦那様? 挨拶は大切です。お帰りなさいませ!」

「…………今戻った」

挨拶は譲らない私に一瞬眉をひそめたアルバート様だったけれど、何か考えこむように口をつぐんだあと、もう一度口を開いた。

「先触れを出したが、私が急いだせいで間に合わなかったようだ。……驚かせたことは、すまない」

「!? いえ……無事にお帰りになって、何よりです……」

意外と素直だな……。

もっと徹頭徹尾傲慢キャラだと思ってたのでちょっとだけ驚いた。

「ええと……先ほどの何をしている、とのご質問ですが」

アルバート様に見えるよう、がらりと変わった庭園に手のひらを向けた。

「改装をしておりました。一応、女主人なので」

「……ここまで変えるのならば、一言くらい相談するべきではないか?」

「まあ常識的にはそうすべきでしょうけど、結婚してからの旦那様が私に常識的な対応をしてくださったことってありますか?」

私の言葉にアルバート様が絶句する。

「まあそれでも相談ができる距離に旦那様がいてくださったのなら、私もご報告はさせて頂いたと思いますけど……」

いないんだもん。

手紙という選択肢は考えないことにして、私はアルバート様を見た。

「それに、女主人として切り盛りすればあとは全て私の自由と仰いましたので。仰る通り自由にさせて頂きました」

「確かに、私はそう言ったが……」

しぶしぶ、と言った風情でアルバート様が頷く。横のハリーがどうしたら良いかわからないような、居た堪れなさそうな顔でこちらを見ていた。

ハッとして、アルバート様の腕をつかむ。

「!」

「だ、旦那様。屋敷の中はご覧になりましたか?」

これでは使用人たちの前で、今まで懸命に築いてきた心優しき女主人の顔が崩れてしまう……!

若干の焦りを押し殺しつつアルバート様に精一杯笑顔を作り、私は屋敷を指さした。

「あ、ああ、玄関だけだが」

「玄関だけ。でしたらほかにもたくさん変えたところがありますので、報告がてらご案内させてもらいますね! 旦那様のお部屋や執務室には入ってませんし、手もつけてませんけれど、旦那様が好きそうな柄のクッションやベッドカバーなんかを作ってもらったんです」

ちなみにアルバート様の好きそうな柄は、私自らデザインした。一応、私ばかり楽しんじゃだめかなあと思ったので。

「さあそうと決まれば行きましょう! じゃあまたねハリー!」

「は、はい」

戸惑うハリーに手を振って、私はアルバート様の腕をぐいぐい掴んで歩きだしたのだった。

屋敷に入ってからのアルバート様は絶句し通しだった。

まあアルバート様に関しては、元の性格なのか私とよほど常識が合わないのか、いつも絶句してばっかりなような気もするけれど、特に今日のこれは多分世界に類を見ないほどのギャフン顔だろうと思う。

見たかった顔を見られたはずなのに、若干呆然としているアルバート様を案内しているうちに私はなんだかちょっとだけ、ほんの少し罪悪感が込み上げてきた。

「……ここに飾っていたあの絵は?」

「ああ、あの一番こわ……いえ、重厚かつ考えさせられるような絵ですか? 血みどろの女の人の」

「……そうだ」

よほどお気に入りだったのか、アルバート様の執務室の前に飾ってあったそれは、いの一番に布でぐるぐる巻きにして宝物庫に厳重に仕舞い込んでもらったものだ。見ているだけで呪われそうなその絵は、食堂から私の寝室に行くまでにどうしても通らなきゃ行けない場所にあるんだもの。撤去です。

「宝物庫に大事にしまってあります! あ、ちなみに飾っていたものは全て宝物庫にしまっていますので、お気に入りの絵は旦那様の執務室か私室に飾ってくだされば」

「……いや、いい」

やはり住み慣れた、趣味全開の退廃的な屋敷が明るくて常識的な貴族の家に生まれ変わったのがショックだったのだろうか。アルバート様がその綺麗なお顔を翳らせて、どこか痛むような、何とも言えない顔をなさった。

これは……落ち込んでいる……?

「あっ……ハーマン! ちょうどよかった例のものを!」

「……こちらでございます」

ちょうど良いタイミングで現れたハーマンに声をかけると、彼はためらいがちにクッションを差し出した。

差し出されたそれをものすごく落ち込んでいるように見えるアルバート様に押し付けて、私は慌てながら説明をした。

「旦那様、これが先ほど言っていたクッションです。カバーはすでに、侍女がメイキングの際に整えているかと!」

「……!?」

アルバート様が目を見開いて凝視するクッションは、私が前世の厨二病の知識を総動員して作ったものだ。

眼帯をしているアルバート様が、黒い包帯を巻いた右腕を掲げ黒い炎を背景に黒龍を呼び出している図案で、王都で一番のお針子さんに刺繍してもらった世の中に一点物のクッションである。

リアルである。誰が見てもアルバート様だとはっきりわかる美青年が、めちゃくちゃかっこつけて黒龍を呼び出している。

はっきり言って、死ぬほどダサい。見ているこちらが恥ずかしくなるほどダサい。ダサいけれども、きっとアルバート様の心の琴線には触れるだろう。私がこんなのもらったら顔を枕に押し付けて足をバタバタしちゃうけど。

「私がデザインしました。こういうのお好きじゃないかと思って……」

「………………」

公爵家ビフォーアフターのショックがまだ抜け切れていないのか、感動を抑えているのか。アルバート様はなんとも言えない微妙な顔でそのクッションを、いつまでも見つめていた。