軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

川を渡ろう

朝になっても雨は止んでいなかった。土砂降りと言うほどの雨ではないが、確実にずぶ濡れになる程度の降り方だ。出発を強行できないほどの雨ではない。

本来ならまだ待機したいところなのだが、エルフの村に寄るという要らない用事が増えてしまったので、出発しようと思う。

「まだ降ってるけど、行ける?」

「いいよー」

「私は大丈夫だ」

「気は進まないけど、まぁいいんじゃない?」

「どのルートで行きますか?」

出発することは問題ないようだ。ルートか……。

ミルジアの街道を通って橋を渡るのが正規のルートだ。ここを外れると、兵士から職務質問を受けることになる。トラブルを避けたいならここを通るしか無い。

しかし、越境許可証の有効期限が心配だ。たぶんまだ2日ほど残っているような気がするのだが、もしかしたら失効しているかもしれない。

この世界ではカレンダーが異常に高いから俺たちは持っていない。そのため、こういう時の日数の確認が難しい。

「許可証の期限はどうなっている?

俺の感覚だと、まだ残っていると思うんだけど」

「……切れているわね。昨日までよ。

ごめんね、私もうっかりしていたわ」

クレアがマジックバッグから許可証を取り出し、確認しながら答えた。

「ふむ。いつもなら街で警告されるから、気にしていなかったな。

ミルジアの街に近付くのは避けたほうがいいだろう」

リリィさんも許可証を取り出して言う。

ミルジアの街では、期限が近くなると宿や門で警告されるそうだ。期限が切れるまで宿に滞在し続けると、問答無用で叩き出される。

期限が切れる日に街の中に居れば2日だけ延長することができる。帰り道のための救済措置だ。

残念ながら俺たちはミルジアの外に居るので、このサービスを受けられない。帰りは兵士に見つからないように、コソコソと通り抜けるしかない。

万が一の事を考えると、兵士に見つかりにくい森の中を一気に駆け抜けた方がリスクが少ないな。森の中なら見つかっても逃げ切れる。

「よし。兵士を避けて、森を突っ切ろう」

「川はどうするの?

吊橋を渡れば、間違いなく気付かれるわよ?」

「ああ、吊橋を使わないから問題ないぞ」

ミルジアの兵士は吊橋を監視しているわけではなく、吊橋に向かうルートを監視している。上手く移動すれば気付かれないと思うのだが、そもそも川は障害物にはならない。

川は走って渡れる。兵士の早朝訓練で何度も経験した。重い鎧を着ていても渡れたのだから、今ならもっと簡単だ。ただし、重りがないので流されないように注意が必要だな。

クレアは不安そうな表情を浮かべているが、今のクレアなら問題なく川を渡りきれる。体重が軽いことだけが心配だが、みんなで手を繋いで進めば問題ないだろう。

川の中を突っ切って走ることには慣れているが、ゆくゆくは水の上を沈まずに走ることが目標だ。

小学生時代に誰もが考えるであろう、あの走り。片足が沈む前に足を出せば沈まずに走れるというアホの理屈だが、魔法があれば実現できそうなんだよなあ。

準備は既に整っている。テーブルさえ片付ければいつでも出発できる。まだ早朝だが、早いうちに出発しよう。

この宮殿には扉も窓も無いので、鍵の掛けようがない。おそらく取り外されたのだと思う。

状態保存の魔法は建物に掛けられている。その魔法は建物から切り離された部品には効果がない。取り外しが可能な部品は、 尽(ことごと) く持ち去られているようだ。

今は鍵がかけられないので、荷物を置いていくわけにはいかない。誰かが来るとは考えにくいが、気分的に良くない。

テーブルの撤収が終わったので、みんなに声を掛けてエルフの国を後にした。

外は相変わらず雨が降っている。外套で雨を防いでいるが、雨は足元から容赦なく服の中に侵入してくる。

濡れた服が気持ち悪いが、気にせず一気に駆け抜けた。マップの都合上、最初の目的地は来た時に通った乾燥地帯だ。

乾燥地帯後半の地図は完成しているのだが、エルフの国周辺は雨のために探索できなかったので、周辺の地形が分からない。次回は地図を埋めることも考えて行動しよう。

ジャングルを抜けても、まだ雨が降っていた。乾燥地帯だと思っていた地帯は、乾季と雨季の差が激しいだけだったようだ。

「くそ。ここでも雨が降っているのか。仕方がないから、もう少し西に行こう」

「はーい」

リーズに先頭を任せて走る。アレンシアの領土に入るまでは魔物を避けるつもりだ。ミルジアに滞在する時間を少しでも短くするためだ。

ウロボロスだけは見かけたら狩るつもりだったのだが、残念ながらあの後に出会うことが無かった。計算では最大6匹残っているはずなので、近いうちに殲滅しておきたい。

砂漠のような乾燥地帯に近付くと、雨がピタリと止んだ。久しぶりに見る太陽が、俺たちの頭上で燦々と輝いている。

「よし、この辺りで一度休憩しよう。濡れた服を乾かしたい」

隊を止めてテントを出す。いつものテントでは大きすぎて無駄なので、クレアの1人用ティピーを借りた。簡単な構造をしていて、慣れれば10分ほどで設営できる。

女性陣が1人ずつ交代で着替えていく。その間は暇なので、ルナがお茶を淹れてくれた。

「久々に太陽を見た気がしますね」

「気がするんじゃなくて、本当に久しぶりなんだよ」

ルナと雑談をしていると、着替えを終えたクレアがテントから出てきた。着ている服は、みんなで揃えた吸血鬼風の予備の服だ。これから全員この服を着て移動する。

太陽の下でこの服を着るのは若干の違和感を覚えるが、気にしない。

「ねぇ、そろそろ薬草を採取してもいいかしら?」

クレアが遠慮がちに言う。採取しても枯らしてしまうので、薬草を見かけても採取をしていなかった。今なら採取しても枯らすことはないだろう。

「ああ、俺も付き合おう」

女性陣はテント待ちをしているが、俺はテントの外で着替えを済ませている。こういう時に男は楽だな。

濡れた服を木の枝に引っ掛け、周囲を見回した。

ここは来る時に素通りした、ほぼ砂漠の乾燥地帯だ。長居は危険と判断し、深く探索していない。植物も詳しく調べていないので、ほとんどが初見の植物だ。

テントを張った仮拠点の近くには、大小のサボテンと細い木が点在している。その近くの地面には、地を這うように蔓の植物が生えていた。

この蔓から生える実が薬なのだそうだ。ソフトボールくらいの大きさで、見た目はスイカにしか見えない。葉はゴーヤの葉に似ている。見る限り食べられそうなんだが……。

「これ、食べられないのか?」

「食べても死ぬことはないけど……死ぬほど苦しむわね」

食べられないと。やはり見た目で判断したらダメだ。

完全に毒だと思うのだが、適切な処理をすれば薬になるというのだから、不思議なものだ。

サボテンステーキとかいう料理を聞いたことがあるんだが、ここにあるサボテンはどうなんだろう。サボテンの実も、食べられるものがあったはずだ。

「ここには食べられるサボテンは無いのか?」

「え……さぼてん? このサキュレンスのこと?

これが食べられるなんて聞いたことが無いわよ。食べると幻覚を見るらしいから、たぶん毒だと思うわ」

この世界ではサキュレンスと呼ぶらしい。そして普通に毒だった。やはり、この辺りのキャンプは難易度が高いな。食べられそうな植物は軒並み毒だ。天然の罠だな。

服が軽く乾くまで採取をして、仮拠点に戻った。途中、ルナも合流して熱心にスケッチをしていた。アレンシアには無い植物だからなのか、妙に楽しそうだった。

枝に引っ掛けておいた服は、予想通りの速度で乾いた。革製品は雑な乾かし方をするとすぐに傷んでしまうので、生乾きのところでウォッシュの魔道具を使いながら慎重に乾かす。

全員分が乾いたところで出発だ。マップの情報を見る限り、このまま北に向かえば森に着く。休憩の遅れを取り戻すために一気に進んだ。

森に入り、川を探して北に進むと、目の前には大きな川が現れた。その川は、濁った水が怒涛の勢いで流れている。

「この川はこんなに水が流れていたか?」

「いえ……これ、国境の川ですよね?

こんなに酷い流れではありませんでした」

どうやら、この辺りでも雨が降っていたらしい。増水して濁流になっている。深さも流れの速さも、普段の倍以上だ。ここを歩いて渡るのはちょっと危険かな。

「木にロープを結んで、ロープをつたって渡ろうか」

「はぁ?

何を考えているのよ。流されたら生きて帰れないわよ!」

「流されないためのロープだ。問題ない」

木にロープを通し、大きな輪っかを作るように向こう岸に渡す。これをやっておけば、全員が渡りきってもロープを回収できる。

そのためには誰かが先に向こう岸まで行く必要があるので、俺が代表して川を渡ろう。たぶん大丈夫だ。

川幅は十数メートルくらい。片足で水面を蹴り、沈む前にもう片方の足で水面を蹴る。簡単なことだ。魔法の力でなんとかなる……かな? 心配だな。

冷却魔法で一瞬だけ水面を凍らせればいけそうだ。氷を蹴って進むだけだ。

さっそく試す。助走をつけて川に入り、水を蹴る瞬間に水を凍らせて蹴る。一歩、二歩、三歩……。

『ザパァァン!』

四歩目で左足を踏み外して川に落ちた。怒涛の勢いで流される。あっという間にみんなの姿が見えなくなった。

全力の身体強化で全速力のクロールだ。流れに逆らって元居た場所に泳いで帰る。せっかく着替えたのにずぶ濡れになってしまった……。

「いやあ、失敗したよ」

「バカじゃないの!?」

クレアが怒鳴る。

バカじゃないぞ。発想は良かったはずだ。何が悪かったのかな。

「あの……足元を凍らせたんですよね?」

「よく見ていたな。そうだよ」

ルナは俺がやろうとしたことを理解したようだ。

「川をまるごと凍らせたほうが早くないですか?」

「あっ!」

ルナ、天才。確かにその方が早いな。さっそく試す。余裕を見て、3mくらいの幅で凍らせよう。

バキバキッと音を立て、水面が凍る。即席の橋だ。急がないと川の流れに負けて橋が流されてしまう。即座に駆け出した。

一歩目を踏み出した時、氷の表面に水が流れ始めた。少し上流で氷の橋がせき止めている状態だ。そこから溢れた水が橋の上を流れている。急ごう。

『ズルン……ゴキッ……ザパァァン!』

三歩目を踏むと、足が滑って転び、そのまま水に流されて川に落ちた。またもや一瞬で流される。だよねー。氷は滑るよねー。

全力のクロールで泳いで帰る。

「すみませんでした!」

ルナが深々と頭を下げる。

発案者として責任を感じているようだが、これはルナのせいではない。

氷は水があるから滑るんだ。溶けないくらいガチガチに凍らせて、流れてくる水をすべて凍らせれば滑らないはずだ。

「いや、次こそ上手くいくよ」

「もう諦めたら?」

試合終了です。俺は諦めない。次は本当に自信があるんだ。

もう一度川を凍らせる。今度はもっと温度を下げる。そして温度を下げ続ける。表面を流れる水も、すぐに凍らせた。

ガチガチに固めた氷の上を走り抜けると、あっさりと向こう岸にたどり着いた。この手は使える。一度戻って、みんなと一緒に渡ろう。

「どうだ? 上手くいったぞ」

「おめでとうございます!」

「……そうね。で、どうして戻ってきたの?

ロープは?」

ルナは自分のことのように喜んでくれたが、クレアが水を差す。ロープで渡る作戦は中止だ。

「全員で氷の橋を渡ろう。その方が安全だよ」

『ザパァァン……』

突然、遠くで何かが水に落ちた音がした。周囲を見渡すと、リーズが居ない。

「あれ? リーズはどこに行った?」

遠くからずぶ濡れのリーズが歩いてきた。

「そんなに濡れて、どうしたんですか?」

「できそうな気がしたんだけど、ダメだった―」

どうやら俺の真似をして流されたらしい。やっぱりアホだ。『片足が沈む前にもう片方の足を出す』を実行したようだ。アホだ。

「いや、どう考えても無理だろう」

「うん。半分までしか行けなかったよー」

え? マジで? 半分行けたの? すごくね?

俺は水を凍らせて三歩だったのに……。リーズならいつか本当にできるようになりそうだな。

「危ないので、もうしないでくださいね?」

ルナがリーズに注意しているが、そんな抽象的な言い方では無理だと思うぞ。リーズの“危ない”は基準がおかしいんだ。

溶けかけの橋を壊し、橋を作り直そうとしたところで、リリィさんが冷静な顔で呟いた。

「なぁ、この川を渡りたいだけなんだよな?

どうして飛び越えないんだ? 私たちなら全員が飛び越えられる幅じゃないか」

……ごもっともでございます。たかが十数メートルだ。全員が楽に飛び越えられる。そういうことはずぶ濡れになる前に言ってほしかったよ。

着替える時間が惜しいので、このまま突っ走ることにした。既にアレンシアの領土に入っている。どこかで食料を調達したらエルフの村に直行だ。