作品タイトル不明
出金4
金を使うというミッションの最中だが、今日は買ったばかりの家に塀を設置する予定だ。
職人に頼めば金も使えて一石二鳥かな、と思わなくもない。だが、塀作りは冒険者の基本技能でもある。やったことがないし、せっかくの機会だから自分でやろうと思う。
「そういえば、どうしてこの家には塀がないんだろ」
ここは貴族が魔法の研究をするために建てた家だ。塀がないのは逆に不自然だと思う。
「……そうですね。どうしてでしょう?」
ルナも不思議そうに首をかしげている。この疑問は迷宮入りかな。前の持ち主に聞かないとわからないわ。
「まあいいや。今日は塀を作るよ。もしかしたら手伝ってもらうかも」
「わかりました。いつでも声をかけてください」
ルナたちは家の魔改造で忙しいから、できれば俺1人でどうにかしたい。でも、塀は優先しておきたいことの一つ。悪いけど、手が足りなくなったら声をかけよう。
塀を作るにあたり、まずは機材を調達しなければならない。石を作る魔道具があるということは知っている。安ければ買ってもいいけど、高いようならレンタルで済ませてもいいかな。
ちなみに、『石を作る魔道具を作る』という案は最初から考えていない。頑張れば作れるんだろうけど、みんな忙しいからなあ。
職人の店が多い王都の北地区に行けば売っているだろうと思い、北地区にやってきた。とはいったものの、どの店で売っているのかわからない。適当に歩き回り、それらしい店を見つけて入る。
店内は薄暗いが結構広い。俺以外にも客が居るようだ。気にせず商品を見て回る。
主な商品は、よくわからない鉄の箱。値札には用途と値段と作者名が書かれている。きれいに磨かれてはいるが、ガッツリと使用感がある。たぶん中古品だな。
石を作る魔道具の値段は金貨500枚前後が主流みたいだ。高いと言えば高いけど、プロが使う機材にしては安い。正直、もう少し高いと思っていた。
レンタルだと1日あたり金貨10枚前後。今後のことを考えると、買ったほうが安いか……。金貨500枚なら買えなくはないんだよな。絶妙な値段設定だぞ。困った。
「お兄さん、買うの?」
商品を見比べて迷っていると、店内に居た客に突然話しかけられた。25歳くらいのお姉さんだ。工具の店にはあまり似つかわしくない容姿だが、場慣れしているように見える。
「いや、迷っている。いまのところ、どこかで借りるだけでも十分なんだ」
「そっか……。ここで買うくらいなら、借りたほうがいいと思うよ」
お姉さんは、首を横に振りながら言う。どういう意味だろうか……。
思案しようとしたとき、店主のおじさんが近くによってきた。
「おいおい、商売の邪魔をする気か」
「そんなつもりはないわ。でもこれ、ちょっと高すぎるんじゃない?」
お姉さんが自信満々に言うと、店主は鼻で笑って返答する。
「ハッ! これだから女はダメなんだ。物の価値ってのが、まったくわかってない」
矛盾した主張。どちらかが間違っているってことなんだろうけど……素人の俺には判断できないな。
俺の戸惑いはよそに、2人の言い合いは続く。
「ふん! だったら言わせてもらうけど、これはもう壊れかけてるわよね。魔力の効率が悪くなってる。これを使うと、かなり疲れるんじゃない?」
「何を根拠に! この手の魔道具ってのは壊れにくいもんなんだ! 素人が知ったような口を利くんじゃない!」
「壊れにくいだけで、壊れないわけじゃない。ここで売ってる道具、ほとんど壊れかけよ。自分で直せる人だったら買ってもいいけど、それにしても高すぎるわ」
どちらかというと、お姉さんが優勢かな。店主のおじさんはちょっと感情的になりすぎだ。
「ふんっ! この値段に納得できねえなら、帰った、帰った! ほら、テメェもだよ。帰れ!」
「俺も!?」
俺は関係ないのに、お姉さんと一緒に追い出されてしまった。買う気はなくなりかけていたけど、必要であることには変わりない。せめて他の店を聞いておきたかった。
「まいったな……」
「ゴメンね、巻き込んじゃった」
お姉さんは申し訳無さそうに両手を合わせた。まあいいか。この人は詳しいみたいだから、この人に聞こう。
「それは別にいいんだけど、他に道具を貸してくれる店は知らないか?」
「……うちの店でもいい?」
お姉さんは言いにくそうに言う。
「え? 店をやってたのか?」
「最近始めたばかりだけどね。一応、魔道具の店をやってるわ」
他人の店を貶して客を引っ張るという行為は褒められたことではないが、お姉さんもそれを気にして自分の店のことを言い出しにくかったのだろう。まあ、今回に関しては、おじさんの自業自得でもあるから問題ないんじゃないかな。
「値段によっては借りるだけになるけど、それでもいいか?」
「もちろんよ。一度使えば、作品の良さがわかるはずだから」
自分の店の商品には自信があるようだ。見るだけならタダだし、他に行くあてもない。行ってみようかな。
「わかった。案内してくれ」
お姉さんの店は、同じ北地区にあるそうだ。同じ地区で商売してる店にケンカを売ったのか……。大丈夫なのかなあ。
「あの店であんなことをして、後から問題にならないか?」
「どうせすぐ潰れるでしょ。あたしね、北地区にある全部の店を調べてたのよ。それで、さっきの店にも行ったの。まさか、あんな詐欺みたいな商売をしてるなんて……」
道中で詳しく聞いたのだが、あの店の商品はどれも有名職人の作品だったらしい。値段設定には問題ないそうだ。ただし、状態に問題がなければ、だ。
あの店は、普通なら廃棄か修理に出されるようなものを、完全動作品として売っているという。使い古された悪徳商法だなあ。
「見た目 だ(・) け(・) きれいにしてるのも腹が立つわ。あの状態の商品なら、半額くらいで妥当よ」
お姉さんは、そう言って締めくくった。
このお姉さんは最初に「借りたほうがいい」と言ったが、それが正しかったようだ。すぐに壊れると言っても、一度や二度では壊れないだろう。壊れる前に返してしまえ、という意味だったのだと思う。
いや、借りている最中に壊れたら、目も当てられないんじゃあ……? たぶん弁償させられるぞ。あの店を出て正解だったということか。
話が終わる頃、お姉さんの店に到着した。さっきの店よりもずいぶん小さい。狭い通路の両脇に大きな棚が陣取っていて、店内はあまり整頓されていない様子だ。
どこか、マリーさんの店に通じるものを感じる。魔道具の店とはこういうものなのだろう。
ただし、商品ラインナップはマリーさんの店とはぜんぜん違う。土地柄なのか工具類が多く、一般用の魔道具もランプみたいな実用的なものばかり。便利な店だけど面白みに欠ける、といった感じだな。
「じゃ、さっそく見せてくれ。できるだけ頑丈な塀を作りたい。何が必要だ?」
長居をしても仕方がないと判断し、話を切り出す。すると、お姉さんは迷いなく狭い通路を進み、俺を商品が置いてある棚へと誘導した。
「こちらがオススメだよ! 製石機、製材機、泥石製造機の、建設3点セット!」
俺が買おうと思っていたのは製石機だな。製材機は、たぶん木材加工の魔道具だ。もう一つは……聞き覚えのない名前。
「泥石?」
「知らない? 固まると石になる泥だよ。石や砂と混ぜて、建物の基礎や石の接着に使うの」
セメントのことかな? 土がセメントになるなら、マジですごい魔道具だぞ、これ。
「へえ、土を入れれば泥石になるのか」
「違う、違う。専用の砂を入れないと、ただの泥になっちゃうわ。砂は一袋あたり金貨2枚ね」
普通のセメントだったようだ。しかも材料が結構高い。コンクリート造りの建物は作れそうにないな。金がかかりすぎる。
でも、今回の用途には絶対必要だ。石を積んだだけの塀はすぐに壊れてしまうから、接着のためのモルタルがいる。
「それもほしいな。参考までに、いくらなんだ?」
まだ買うとは決まっていない。あまりに高いようなら、レンタルで済ませる。
「3つ合わせて金貨1000枚! もちろん全部新品よ! 今なら専用の砂も4袋おまけするわ!」
安っ! 中古でも一つ500枚っていう話だったよな?
「ちょっと安すぎないか?」
「あたしはまだ信用がないから、安くしないと売れないの」
魔道具は手作りだから、作者に信用がないとあまり売れない。この道具が良いものであれば、かなりお買い得ということだ。ちょっとした賭けになっちゃうけど、今回に限りそれもアリかな。
魔道具作成の腕は、実際に道具を使ってみないとわからない。ただ、この人の人間性は信用しても大丈夫そうだ。
「わかった、買うよ」
と答えてしまったが……製材機は必要なくない?
「ありがとう! うちの店の名前はエリー工房! できれば宣伝してね!」
製材機だけいらないとは言い出せない雰囲気……。まあいいか。持っていればいずれ使うかもしれない。使うといいな。どうにかして使おう。
「ところで、使い方を知らないんだけど……」
「え? そうなの? じゃあ使い方を紙に書いてあげる。ちょっと待っててね」
「悪いな、助かるよ」
お姉さんが説明書を作ってくれている間に、金貨を数える。いまさらだけど、もっと払いやすくする方法を考えたいなあ。100枚ずつ小袋に分けるとか……。
「もしかして、現金で払うの?」
金貨を並べる俺を見て、お姉さんがぎょっと目を見開いた。
「ああ、そうだけど。困る?」
「逆! 助かるわ!」
なぜか感謝されたぞ。不動産屋ではすごい嫌な顔をされたんだけどなあ。まあ、現金が必要な事情でもあったんだろう。気にしても仕方がない。
説明書の作成を待って1000枚の金貨を渡した。建設3点セットと説明書を受け取ったので、ここでの用事は終了だ。
家に帰り、泥だらけの庭に椅子を出して手書きの説明書を読む。
まずは製石機から。上から土を入れると、横から石が吐き出されるみたいだ。仕組みはかなりアナログで、魔力を通している間だけ石が生成される。そのため、大きさを揃えるには慣れが必要になるだろう。
材料の土は何でもいいらしい。生成される石はなんの変哲もない砂岩だな。
製材機は……あとでいいか。今は使わない。
泥石製造機は読んでおこう。たぶん今日使う。
上から水と材料を入れると、横からドロドロのセメントが吐き出される仕組みになっている。本体には車輪がついていて、セメントを流したい場所に本体を移動させるのが正しい使い方のようだ。
材料には接着用と基礎用がある。モルタルとコンクリートかな。
説明書を読んでいると、家の中からルナとリリィさんが出てきた。
「おかえりなさい。どうでした?」
「ああ、ただいま。結局、製石機を買うことにしたよ」
そう言って、マジックバッグから製石機を取り出した。新品を泥の上に据えるのは気が乗らないが、どうせ使うときに汚れるんだからいいや。そのまま地面に置いた。
すると、ルナとリリィさんが製石機を興味深く覗き込んだ。そして、リリィさんがゆっくりと口を開く。
「ふむ、なかなか丁寧に作られているじゃないか」
「そうなのか?」
「そうですね。単純なものだからこそ、作り手の腕が出るというか……」
ルナも同意見のようだ。俺にはわからない特徴が出ているらしい。こうなってくると、リーズの意見も聞きたいな。
「リーズはどうしたんだ? 作業中?」
俺が2人に訊ねると、ルナが気まずそうに答える。
「あ……えっと……掃除をしています……」
「リーズが?」
散らかすことに定評があるあのリーズが、掃除? 何だよ、その異常事態は。
「クレアくんに怒られたのだよ。リーズくんは、掃除したそばからゴミを撒き散らすからね」
ああ、なるほどね。掃除をしている横で好き放題散らかされたら、そりゃ誰でも怒るわ。
「それなら仕方ないな」
「邪魔をしてすまなかったね。我々もそろそろ作業に戻るよ」
「何か手伝うことがあったら、気にせず呼んでくださいね」
リリィさんとクレアは、休憩がてら顔を出しただけだったようだ。会釈をして家の中に戻っていった。
俺も気を取り直して作業に向かおう。
塀作りのような作業は冒険者の基本技術。冒険者の仕事といえば、薬や魔道具の材料調達や危険生物の討伐なんかが有名だが、実は最も多い依頼は建築関係だ。
例えば壊れた塀を直すとか、壊れた家の屋根を直すとか、専門業者に頼むまでもないような小さな依頼が山ほどある。
今まで避けてきた依頼だが、『できない』と『やらない』には雲泥の差がある。一度はやっておきたいんだよな。