作品タイトル不明
出金1
金を使えという王からのお願い、これを実現するため、エルミンスールのリビングでみんなと会議をする。
改めて確認なのだが、現在エルミンスールに放置されている金貨は約6000枚強。そのうち今回のお願いで使用するのは、5000枚くらいにしようと考えている。
食料の価値を基準に考えると、日本円で約5000万円だろうか。パーッと使うには少なく、ただ持っているだけなら多い、そんな額だ。どうせならこの倍くらい貯めてから使いたかったけど、まあ仕方がないか。
「さて、どうやって使おうか」
「まずは魔道具とポーションの作成道具を新調するでしょ……それから武器の予備と服を買って……」
「いやいや、それだけじゃ半分も使えないぞ」
超高い服を大量に買ったところで、せいぜい1000枚くらいしか使えないだろう。オーダーメイドとかなら大金を使えると思うけど、無駄使いになるから却下。既製品で十分なんだよ。
「絵画でも買う?」
「却下。たしかにこの宮殿は殺風景だけど、そこまで欲しいものではないぞ」
美術品はもっと金に余裕がある人が買うものだと思う。というか、寝ていても金が入ってくるような人だな。安いなら買ってもいいんだけど、この世界の美術品が安く買えるとは思えない。
「そうよね……。有名作家の絵だったら、1枚買ったら終わりだし」
高っ! いや、地球も似たようなものか。高い絵は1億円なんて平気で超えるもんな。やっぱり却下だ。それに、この案は王の狙いとはズレていると思う。
「ちょっと聞いてくれ。俺の予想だが、王が『金を使え』と言い出したのには、いくつか理由がある」
そう言って、俺が考える理由をみんなに説明する。
理由その1。アレンシアに住んでいないこと。王には俺たちがエルミンスールに住んでいることを伝えてある。俺たちが金を持つということは、金貨が国外に流出するということだ。国としては避けたいだろう。
理由その2。金を使わなくても生活できるようになってしまったこと。俺たちはほぼ自給自足できるようになったため、アレンシアに金を落とす機会が減った。たまに宿に泊まったり、材料を買ったりする程度だ。
理由その3。大金を稼ぐ方法を覚えてしまったこと。たぶんこれが一番大きな理由だと思う。
俺たちは魔物を大量に狩ったり、自分たちで狩った魔物の素材で魔道具を作ったり、自分たちが採取した素材でポーションを作ったりしている。素材の加工は王都の職人に依頼することもあるが、俺たちが得る利益は大きい。
これらの理由より、アレンシアは常に貿易赤字の状態だ。この状態が長く続けば、アレンシア内の金貨は枯渇する。金貨は金地金がないと鋳造できないので、なくなったら終わりだ。そうなると金の価値が上がりすぎてデフレが起こる。
ちょっと大げさかな? とも思うが、俺たちが本気で稼ぐ気になればできてしまうと思う。本気で狩りをすれば、 一月(ひとつき) で金貨5000枚くらい稼げるはずだから……。
王の狙い通りに動くなら、俺は自分の金貨をアレンシア国内で流通させるシステムを作るべきだろう。これは王のためではなく、アレンシア国民のためだ。
「でふれ?」
説明を終えると、リーズが首を傾げてこぼした。他の面々もいまいちピンときていないようだ。デフレの概念が伝わらなかった……。
「雑に言うと、物の値段が安くなりすぎることだ」
「安く買えるの? 悪くなくない?」
「一見すると悪く無さそうだけど、店や職人が儲からないだろ? 働いても働いても金が入ってこない状態になるんだよ」
「うげ……」
リーズの顔がひどく歪む。貧乏経験者だから、働いても金が増えないことがリアルに想像できたのだろう。他のみんなも嫌そうな顔をしている。一応、ことの重大さが伝わったようだ。
例えば日本円のような不換紙幣であれば、『足りなくなったら刷ればいい』ということも可能になる。ただし、それをやるとインフレが起きる。場合によってはハイパーインフレが起きてその紙幣の価値がなくなる。
このあたりの舵取りが、国の大きな仕事なんだ。うまくバランスを取らないと、経済はあっという間に破綻する。
「今俺たちが抱えている金貨は全体から見ると極微量なんだけど、今後も稼ぎ続けるから増えるだろ。継続的に使う方法を考えておかないと国民が困る。あとは、どうやって使うかだが……」
高いものを買えばいいという問題ではない、ということは伝わったと思う。どこかに寄付をしてもいいんだけど、信用できる寄付先が無いんだよなあ。俺が寄付した金で私腹を肥やされたらたまらない。だから、今はまだ寄付できない。
「じゃあ、家を買ってもムダってことよね……」
クレアが苦笑いを浮かべてボソリとこぼす。いや、その案は逆にアリだぞ。
「家……いいかもしれない。王都に一軒買おう」
家を買えば、金を使わなければならない理由の一つ、『アレンシアに住んでいない』が解決される。だからといって貯め込んでいいとはならないが、金を使いやすくなるし稼ぎやすくなる。
「え? 引っ越すんですか?」
ルナが戸惑いの声をあげた。ルナはこの宮殿の暮らしが気に入っているらしい。俺も気に入っている。
この宮殿、交通の便は最悪だけど設備が最強すぎるんだよなあ。
全部屋冷暖房完備、全員の分の作業部屋があり、チームで作業するための広間もある。さらに、アレンシア王城並みの広さの風呂があって、その風呂も魔道具だから簡単に沸かすことができる。
他にも、図書室の蔵書はアレンシア王城の比じゃないくらい高価なものが揃っているし、近くに誰も居ないからとにかく静かだ。
気軽に買い物に行けないというのは多少辛いが、そのデメリットを差し引いても余りあるくらい住みやすい。俺だって、ここを引き払って王都に行くつもりなんてないよ。
「違う、そうじゃない。王都に転移装置を設置できないかと考えたんだ」
転移装置は、この宮殿の中にもある。 変態(ディエゴ) が居る部屋へ転移するための装置だ。ちょっと破壊しちゃったけど、解析して再現することは可能だろう。
「なるほど。現状、コーと一緒じゃなきゃ買い物にも行けないもんね」
クレアが相槌を打つ。
そう、この宮殿の一番の泣き所、交通の便の悪さを解決しようという案である。
一応、ミルジアを経由すれば徒歩でも行けなくはない。しかし、俺たちの足でも1日以上かかる距離だ。アレンシア王都となると、さらにもう1日かかる。気軽に行ける距離ではない。転移魔法を使える俺が送り迎えをするのが現実的な移動手段だった。正直、かなり不便。
「そういうことだ。金を使えっていう王の提案は、アレンシアに気軽に行けないと面倒なんだよ」
みんなが思い立ったときにすぐアレンシアに行けるのなら、買い物の頻度が高くなる。結果的に金を使うことになるはずだ。
しかし、実際の狙いはそれじゃない。もし万単位の金貨を稼いだら、もう個人では使い切れない。どこかに店を構えるとか、かなり大規模なことをしなければならなくなる。管理をするために、今のうちから王都に拠点を作っておきたい。
「わかりました。一応、装置は調べてありますが、もう一度確認させてください」
ルナがそう言って立ち上がった。どうやら、転移装置はすでに調査済みだったらしい。まあ、初めてこの宮殿に来たとき、ずいぶんと熱心に調べていたもんなあ。
「この前破壊したけど、大丈夫?」
「ちょっと自信がないですけど……足りない部分はコーさんの転移魔法を参考にさせていただきます」
魔道具の設計は、魔法の使い方と似ている。魔法でできることであれば、その魔法を元に魔道具を作れるんだ。転移装置は転移魔法みたいなものだから、そんなに難しくないだろう。ただ、たぶん起動や魔力源で苦労するんじゃないかな。転移魔法はかなり魔力を使うから。
転移装置に向かう扉の前にやってきた。以前、ディエゴが脱走する可能性を感じたため、転移装置を破壊した上で扉を厳重に封印した。まさかこんなに早く封印を解くことになるとは……。まあ、封印と言っても大量の荷物で塞いだだけなんだけどね。
大量の荷物をどけると、ただのレリーフにしか見えない扉が顕になった。この扉も魔道具で、エルフの魔力に反応して開く仕組みになっている。これも再現したいので、先に解析してもらおう。
「家を買うなら、扉はこれと同じ仕組みにしたい。できる?」
「え? この扉はエルフにしか開けませんが……」
閉めることは誰にでもできるが、開けられるのはエルフだけ。オートロックだ。閉じ込められると酷い目にあう。
「そこを改変して、スマホに解錠の機能を加えるとか。無理かな?」
スマホはみんな持ち歩いているので、これを鍵にするのが一番手っ取り早いと思う。
「わかりました。やってみます」
「うむ、無理ではないと思うぞ。解析は私がやろう。ルナくんは転移装置の解析を頼む」
扉の解析はリリィさんがやるようだ。解析できる人が2人いると便利だね。俺? まったくできないよ。リーズも解析は苦手だ。直感で何をするものかはわかっても、魔法陣の意味みたいなものが全然理解できない。
「頼むよ。じゃあ、とりあえず扉を開けよう」
俺がそう言うと、ルナが扉に手を伸ばした。すると扉が薄く光り、すぅっと開く。
本来であれば、転移装置は常時起動していて、光の玉が浮いているような形状になっている。今は装置の下部にある制御盤を破壊してあるので、何もなくて薄暗いただの小部屋……のはずだったのに。
小部屋の中心で、白い光の玉がふわふわしていた。
直ってる……?
バッキバキにへし折ったはずの制御盤が、新品同様のきれいな姿で床に鎮座している。
「拙いっ!」
そう叫んで右手を振りかぶった。その時、後ろから慌てた声が聞こえる。
「待ってください!」
ルナだ。俺は振りかぶった右手を下ろした。
「どうした?」
「壊す前に確認させてください」
ああ、目的を見失っていた。今日はこの転移装置を解析しに来たんだから、壊れていてはやりにくい。解析が終わったあとで念入りに壊せばいいか。
「悪い。思う存分解析してくれ。しかし……どうして直っていたんだ?」
「状態保存だな。重要な装置だから、念入りに保護されているようだ」
リリィさんが装置の制御盤に触れながら言う。
この転移装置は例の部屋に通じる唯一の通路だ。例の部屋の中に人が居るときにこの装置が壊れた場合、完全に閉じ込められてしまう。それを防ぐために、強力な状態保存を施してあったのだろう。
「なるほど。徹底的に破壊する必要があったんだな」
「いや、そこまでしなくてもいいぞ。この制御盤を取り外してしまえば、もう起動することはない」
「あ……そっか。無いものは修復できないもんな」
この宮殿の窓は穴が空いているだけなのだが、本来はガラス窓がついていたらしいということは調査で判明している。なぜ無いかと言うと、取り外されて持ち出されたからだ。
宮殿全体に状態保存が掛かっていながら窓がないのは、取り外されたものを復元するような効果が無いから。復元されたくないなら、取り外してしまえばいい。
「では、取り外して作業部屋で解析してもいいですか?」
「そうしてくれ。できるだけ早く外したい。できれば今すぐにでも」
ディエゴはまだ例の部屋から出ていないから、まだ脱走方法に気づいていないか習得していないかのどちらかだ。出てきてしまってからではもう遅い。とにかく早く対処しておきたい。
「え? あ、はい。わかりました。外しますね」
ルナはのんびりとした様子で装置から制御盤を取り外した。A5用紙くらいの金属板だ。それが本体だったのか……。俺はそれが本体だと知らなかったから、装置全体を破壊したんだ。あまり意味のない行為だったんだな。
さて、解析中は暇だ。みんなの邪魔をしても悪いから、今のうちに王都に行って、物件の目星をつけておこうかな。
「じゃあ、俺は物件探しに行ってくる」
俺がそう言うと、クレアが立ち上がった。
「あ、待って。アタシも行くわ。そんなに詳しくないけど、多少は手助けできると思うわよ」
「ああ、助かる。頼むよ」
今まで家を買うなんて発想がなかったから、正直俺は何もわからない。どこでどうやって買えばいいのか、いくらくらいするものなのか、何に気をつければいいのか。俺は何も知らない。
詳しくないと言っても、クレアが俺よりマシなのは明らかだ。クレアに手伝ってもらおう。安くて使い勝手がいい家が見つかるといいんだけど……。