軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

エルミンスールの日常2

冒険者ギルドから呼び出しがあるらしいのだが、今朝の段階ではまだ連絡が来ていない。面倒事は先に済ませたいんだけどなあ……。まあ、仕方がない。気長に待つとしよう。

「今日は空気清浄機の続きをやろうか」

今俺たちは、この宮殿で使う空気清浄機の魔道具を開発している。主にクレアが使う予定だが、ゆくゆくはすべての部屋に設置するつもりだ。

そんな空気清浄機だが、開発の状況は芳しくない。現状は部屋の中の空気を循環させる、ただのサーキュレーターである。フィルターはまだない。

作業部屋に集合し、みんなで話し合う。議題はもちろん空気清浄機についてだ。

「これをどうやって改良する?」

「改良というか、まだ何も用をなしていないのだが」

リリィさんが眉をハの字にして言う。確かにこの空気清浄機もどき、問題は山積みだ。

「まず解決しないといけないのが、魔力を消費しすぎることかな」

ブロアの魔道具を常時動かしているようなものなので、常に魔力を流し続ける必要がある。さすがに誰かが触りっぱなしというわけにもいかず、今は 魔力を貯める魔道具(キャパシタ) で対処している。連続駆動時間は6時間程度。地味に不便だ。

「そもそもニオイは消えていないのだ。そこをどうにかしなければならんだろう」

くっ……やはりそれの解決を求められるか。

「それが一番重要だよねー」

「そうなんだけど……フィルターはかなり難しいんだよ」

地球の空気清浄機であれば、スポンジみたいなフィルターを通すんだと思う。でも、この世界ではそんなものは作れない。別の方法を考えなければ。

「魔力でニオイを消去できないか?」

「できなくはないけど……消費魔力が酷いんだよ」

それならすぐにできる。しかし、消費魔力量が相当増えるだろう。ただでさえ短い連続駆動時間がさらに短くなってしまう。1時間くらいで切れるんじゃないかな。1時間おきにキャパシタを交換なんて、面倒すぎてダメだ。充填も間に合わない。

「このお城みたいに、空気中の魔力で動作させられませんか?」

ルナの案だが、それは無理だ。ルナの言う通り、この宮殿の空調や状態保存の魔道具は空気中の魔力で動いている。

しかし、空気中の魔力は量が少ない。ここの空調が起動しているのは、建物全体で魔力を吸収しているからだ。それくらい大規模な吸収装置がないと動かない。

「難しいな。装置が大きくなりすぎる」

ただの空気清浄機なのに、業務用冷蔵庫くらいの大きさになりそうだぞ。大きすぎて置き場所に困る。全部屋に設置するなんて無理だ。

俺とルナが考え込む中、リリィさんが突然何かを思いついたように立ち上がり、大声をあげた。

「あ! コーくん、それだよ! この城の空調システムに組み込もう!」

いい案だ。リリィさんの言う通り、この宮殿の魔力を使うのであれば全てうまくいくだろう。

「なるほど、それなら問題なさそうだな。空調システムの本体はどこにあるんだ?」

「……いや……とても言いにくいのだが、いいか?」

リリィさんはそう言って、とても嫌そうに顔を歪めた。

「言いにくいこと? 何だ?」

「それがな……ここの地下室なのだよ」

「うわ……」

エルミンスールの地下室、そこは開けてはならない封印の間。もう二度と開けることはないと思い、隠し扉の前に荷物を置いて厳重に封印している。

俺のあからさまに嫌な顔を見たリリィさんは、すぐさま首を横に振る。

「嫌ならいい。他の手段を考えよう」

「いや、大丈夫だ。俺が行ってくる。詳しい場所を教えてくれ」

俺だって会いたくないけど、代案が思いつかないから仕方がない。気は進まないが……。

「すまない、頼んだ……。本体は制御盤の裏だ。小さな部屋があり、その中に本体が入っている。その装置の空気が流れるところに設置してくれたらいい」

リリィさんの説明を聞く限り、この宮殿の空調はセントラルヒーティングのようなものらしい。内部の空気を循環させる仕組みのようだ。

……なおさら空調に仕込むしかないじゃないか。夏になったら空調が全力で動くだろうから、薬のニオイが宮殿中に回ってしまうぞ。

「わかった。任せてくれ」

あの変態(ディエゴ) に顔を合わせると、精神力をゴッソリと持っていかれる。できることなら二度と会いたくなかったが……今回ばかりは諦めよう。

空気清浄機はすぐに完成し、地下室の大扉の前に転移した。地下室に直接転移することは可能だが、ディエゴに会うには心の準備が必要だ。大扉の前で呼吸を整える。

消えてたらいいなあ……居るんだよなあ……気配がバッチリ感じられるんだよなあ……。意を決して扉を開ける。

そこで目に飛び込んできたのは、天井からぶら下がるディエゴの下半身だった。

「何をしているんだ……?」

「おお、待っていたぞ! 兄弟!」

ディエゴはそう言いながら天井から降ってきた。音もなく着地し、気色悪い笑顔を俺に向ける。

ディエゴはゴーストだから、壁や床を少しだけすり抜けられる。おそらく、どうにかこの部屋から出られないかと考えて、すり抜けに挑戦していたのだろう。いやいや、こいつは害虫みたいなものだから、ここから出てはいけない。

「いつから兄弟になったんだよ。鬱陶しいからやめてくれ」

「そう言うでない。それより女はどうした? 1人くらい吾輩に献上せぬか」

ディエゴがさっそくウザい。この女を見下したような態度、男の俺から見てもイラッとするんだよな。世の女性全員を敵に回したいのだろうか。

いちいち相手なんてしていられないよ。無視だ、無視。

と思ったのだが、ディエゴは構わず話を続ける。

「しかし、ずいぶんと間が空いたではないか。吾輩は暇を持て余しておったのだぞ。もっと頻繁に顔を出さぬか」

そしてウザい。まるで、俺がここに来るのは当然の義務であるかのような言い分だ。

ディエゴになんて、100年に1回会えば十分だ。それ以上は会いすぎ。俺はすでに許容量を超えているから、できれば死ぬまで会いたくなかった。

「うるさいな、今日は忙しいんだ。仕事をさせてくれ」

ディエゴを無視して部屋の奥へと進む。制御盤の前まで来て、あたりを調べた。

「仕事だと? それは吾輩よりも重要なことなのか? 吾輩は退屈しているのだぞ?」

ディエゴは、指を咥えながら俺の背後をウロチョロしている。ウザい。無視。

制御盤のすぐ横に、小さな取っ手のようなものを見つけた。リリィさんが言っていた小部屋は、ここのことなのだろうか。取っ手に手をかけ、ゆっくりと引く。

すると、突然中から無数の黒い影が吹き出し、俺の左手をすり抜けた。ゾゾゾという悪寒が走り、一瞬気が遠のく。

「おお、ゴーストではないか。また湧いてきたか」

ディエゴが慣れているかのような口調で呟く。ディエゴの友達だったらしい。

「おいおい、いきなりでびっくりしたぞ。友達が居るなら、そう言っておいてくれよ」

「友達などではない! こんな下等な魔物と一緒にするな!」

ディエゴは、まとわりつく黒い影を払い除けながら怒鳴る。同じようなものだと思うんだけどなあ。ちなみに、キモさとウザさはディエゴのほうが上だ。普通のゴーストは喋らないからね。

しかし……どっちも邪魔だぞ。ディエゴに対処してもらえないかな。

「まあいいや、邪魔だから駆除しておいてくれ」

「うむ、任せておけ。吾輩が復活したときも大量に湧いておった。それを退治したのは、何を隠そうこの我輩である」

ディエゴは声高らかに言う。同類だからなのか、ゴースト退治に自信があるらしい。ゴーストのほうも、なぜか執拗にディエゴを狙っている。これは好都合だな。

ディエゴのことは気にせず、小部屋へと足を踏み入れた。中は3畳くらいで、壁際には大きなダクトと大小様々な魔道具が設置されていた。どれもこの宮殿の根幹を成す魔道具だ。これが動かなくなると、ここでの生活が不便なものとなる。

今回取り付ける魔道具は、空調に組み込む空気清浄機の本体と、それを制御するための部品。制御用の部品は制御盤の横に貼り付ける。リリィさんの指示通り作業をするだけだ。何も難しくない。

「どぅわぁっ! 小癪な!!」

小部屋の外からディエゴの声が聞こえが、当然無視だ。既存の魔道具を壊さないよう、慎重に作業を進める。

ダクトの一部を取り外し、空気清浄機の本体を入れて元に戻す。これで本体の設置は完了だ。次は制御用の部品……小部屋を後にし、制御盤に向かった。

「くぅっ! ゴースト風情がなかなかやりおる!」

俺の背中からディエゴの気配が感じられる。そんなことはどうでもいいから、さっさと作業を終わらせよう。

「貴様! 我輩を手伝わぬか!」

ディエゴの怒鳴り声とともに、ゴーストが飛んできた。ゴーストが体をすり抜け、嫌な悪寒が走る。このゴーストはディエゴが投げつけたのだろう。邪魔だな。

ディエゴのほうに向き直り、状況を確認した。ゴーストのサイズは大きめのネズミくらい。それが十数匹いて、ディエゴに群がっていた。

「自信満々だった割に苦戦しているじゃないか」

「吾輩は小さいものが苦手なのだ! もっと大きければ楽勝である!」

何か言い訳をしているなあ。どうでもいいけど。

初めて見るゴーストだが、さすがにオーガのゴーストより強いということはないだろう。全身に 浄化の魔法(エクソーサイズ) を掛け、ゴーストを蹴り飛ばした。

『パァン』

ゴーストは音を立てて破裂した。後には何も残らない。ゴーストはディエゴを狙っているので、とても戦いやすい。ディエゴに群がるゴーストを、次から次へと蹴り飛ばした。

「うむ! さすが我が兄弟! 吾輩の見込んだ通りだ!」

『ボゴォッ!』

ディエゴが吹き飛び、壁にめり込んだ。

「貴様! 何をする!」

あまりのウザさにディエゴごと蹴っちゃったよ。よくあることだ。

ゴーストは、ディエゴが突然居なくなったことに戸惑っている。このスキにゴーストを一掃してしまおう。

ネズミサイズのゴーストは、チョロチョロと動き回って狙いが定まりにくい。地道に踏み潰すのはなかなか骨が折れるな……。もっといい方法はないだろうか。

浄化の魔法(エクソーサイズ) 、今は俺に掛けているんだけど、直接ゴーストに打ち込んだらどうなるのかな。試してみるか。幸い、ゴーストはディエゴの周りに集中している。ディエゴにかければちょうどいいだろう。

ディエゴに狙いを定め、 浄化の魔法(エクソーサイズ) を打ち込む。しかし、何も起こらない……?

残念ながら効果がないようだ。仕方がないな。俺には倒しきれなかったということにして、作業に戻ろう。あとはディエゴがどうにかするだろ。

ディエゴが何か騒いでいるが、そんなことは無視だ。制御盤の横に小さな制御盤を取り付け、作業が完了した。が……俺はもっとディエゴに注意を向けるべきだった。

「おお! すばらしい! 壁を触れる! ものを触るなんて、いつぶりだろうか……」

ヤバい。ヤバい。ヤバい。ディエゴがヤバいことを言っている。おそらく 浄化の魔法(エクソーサイズ) の効果だ。人間に使えばゴーストの実体を捉えるのだが、どうやらゴーストにかけると実体を与えることができるらしい。

この魔法はヤバい。地上に出るための転移装置が起動できるじゃないか。

転移装置は触れるだけで起動する。ディエゴは触れられないから転移できなかったが…… 浄化の魔法(エクソーサイズ) を使うとそれができるようになる。ディエゴが地上に出てしまうぞ。

「用ができた。俺は帰る」

「待て! せっかく来たのだ! まだいいだろう!」

ディエゴはまだ話し足りない様子だが、そんなことをしている場合じゃない。魔法の効果は一時的だが、練習さえすればディエゴにも使えるようになるはず。ディエゴがこのことに気づく前に……いや、今すぐにでも転移装置を止めなければ……!

俺の肩に手をかけるディエゴを尻目に、慌てて部屋を後にした。向かう先は、この宮殿の転移装置だ。

転移装置を眺めるが、仕組みがよくわからない。しかし悠長に調べている時間はない。装置の根本を蹴り壊し、強引に装置を停止させた。

いや、地下側を止めるだけではダメだ。修理をしたら使えるようになる。地上側の転移装置を止めないと。

地上側に転移し、同じように破壊した。雑な止め方だが、これで動かなくなったはずだ。これで一安心、危なかった。

作業部屋に帰って作業完了を報告した。ついでに、ディエゴのことも。

「壊し方が足りないよー。地下室ごと壊そうよー」

リーズの発想が物騒だ。ディエゴごと消してしまえとでも言いたげだな……いや、それでも良かったかもしれない。まあ、それはさすがに可哀想な気がするから、一応生かしておくけどね。