作品タイトル不明
混乱2
魔物の襲撃はおさまった。マップで確認する限り、危険な魔物が近づいてくる兆候は見られない。グラッド隊のやつらが街周辺の警戒を引き受けてくれたから、もう心配はないだろう。今は状況確認が先だ。俺たちは一足先に街の中へ移動する。
俺たちは、街と外を隔てる大きな門の前に立った。さすがに今日は門番不在だ。魔物の襲撃に対応して、怪我でもしたのだろう。勝手に開けて入らせてもらう。重そうな扉に手を伸ばした。
すると、クレアが急に俺の肩を掴んだ。
「ちょっと待って! アタシが開ける!」
「え? 開けたいのか?」
「違うわよ。アンタが開けると壊しそうだから……」
クレアは言いにくそうに呟いた。過去に何度もやらかした俺は何も言い返せない……。
確かに、今日扉を壊すのは拙い。街は魔物の襲撃で疲弊しているんだから、余計な仕事を増やさないほうがいい。
「わかった。頼むよ」
俺がそう返すと、クレアは小さく頷いて扉に手をかけた。そして、その扉をゆっくりと押し開ける。
『ベキベキベキッ!』
「……何か壊れたよ?」
木が折れるような音がして、リーズが不安げに口を開いた。すると、クレアは額に冷や汗を垂らしながら慌てて声をあげる。
「大丈夫っ! ほら、 閂(かんぬき) が折れただけだから!」
クレアが指差す方向に、折れた太い木が転がっている。おそらく、門の内側に掛けられていた閂だろう。……そういえば、クレアは俺以上の馬鹿力を持っているんじゃなかったっけ?
「誰が開けても壊れるんじゃないのか?」
リリィさんが呆れ口調で言うが、まったくその通りだな。今後は俺が開けよう。
街の中に入ると、普段は人が行き交っているであろう大通りは閑散としていて、あちこちに人が寝かされている。怪我をして動けないのだろうとは思うが、病院は無いのだろうか。
幸い死者は出ていないという。とは言え、怪我人は多数どころじゃない。怪我をしていない人を探すほうが大変なくらいだ。
大通りを真っ直ぐに進み、あたりを観察する。元気そうな人も少し見かけるが、その誰もが道端で寝ている人の看病をしている。人手が足りていないのだろうか。
そんな中、道端に見知った人間が転がっているのを見つけた。リッキーだ。
「リッキーじゃないか!」
近づいて話しかけると、リッキーは関節が増えた左腕をぶらぶらさせながら立ち上がった。
「コーさん! お久しぶりです!」
とても怪我をしている人間の動きとは思えないが、グラッド隊での訓練で怪我に慣れたのだろう。あの隊の中では、骨折はただの体調不良で片づけられるから……。
「挨拶はいらない。怪我をしているんだろう。治すよ」
そう言ってリッキーに近づくと、リッキーは右手を前に突き出して俺を制止した。
「ありがとうございます! でも、僕より重症な人がいますので、そちらを優先してください!」
これはグラッド隊の教えだろうか。ずいぶんと殊勝な心がけだな。
「わかった、そうするよ。ところで、ケイトはどうしたんだ? 一緒じゃないのか?」
「魔法の使いすぎで休んでいます。怪我はありませんが、数少ない治癒魔法使いですから……」
治癒魔法を使える人は多くない。こういうときに無理をするのは仕方がないかもしれないな。
比較的魔力が多い俺たちだって、この街の怪我人全員に治癒魔法を掛けるのは不可能だ。何度か魔力を回復させなければならない。
「魔力の枯渇だったらポーションで治るだろ」
ポーションは、どこの街でも多めにストックしている。店もあるし、冒険者ギルドや薬師ギルドにも大量にあるはずだ。
「それが……」
リッキーが渋い顔で言い淀むと、遠くから威勢のいい声をあげながら若い男が近づいてきた。
「ポーション1本、金貨10枚だよ! 早いもの勝ちだ!」
異常なほど高い。一般的なポーションの売値は大銀貨5枚くらいだったはず。エウラの高級ポーションですら金貨2枚くらいだ。
俺が思案していると、リッキーが顔を苦々しく歪めて言う。
「……あいつです」
「どういうことだ?」
「最初は冒険者ギルドが無料で配っていたんですけど、あいつはその間にこの街のポーションを全部買い占めてしまったみたいで……」
1人のアホが、この街のポーションを買い占めたらしい。そのせいで、街は深刻なポーション不足に陥っているという。それをいいことに、本来の価格の20倍の売値をつけて売っているようだ。
これは文句の1つでも言ってやらないと気が済まないな。
「おい、ちょっといいか?」
「まいどっ! 何本ご入用ですか?」
「いや、そうじゃない。どういうつもりだ?」
そう言って男に詰め寄ると、男はにやけた顔を強張らせて怒鳴る。
「なんだよ! 文句でもあんのか!」
「何してんのよ! それが商売のつもり!?」
俺が口を開く前に、クレアが男の前に立って怒声をあげた。クレアは俺以上にご立腹だったようだ。
「何もわかってないな。安く仕入れて高く売る、商売の基本だろう」
男はさも当然かのように言い放つ。この言い分は正しいようにも聞こえるが、もちろん大間違いだ。
「いや、そうじゃないだろ。物には『適正価格』ってのがある。この金額は適正なのか?」
「適正に決まってんだろ。オレは金持ちを相手にしているだけだ。貧乏人に用はねえ」
「アンタが勝手に値段を釣り上げてるだけでしょ!」
クレアが感情的に言い返す。俺が言いたいことと同じだから、俺は敢えて引き下がった。
独占による値段の吊り上げは、商売の理から外れている。『希少価値』による高騰なら適正な価格だが、これは『作為的に希少な状態にしている』にすぎない。こんな人の弱みにつけ入るような売り方は商売じゃない。むしろ詐欺に近いだろう。
「オレは売らなくてもいいんだぜ。困るのは誰だ? この街の住民だろ? だから売ってやってんだよ」
ダメだ。会話が成立しそうにない。一見筋が通っていそうなアホは始末に負えないわ。
しかも困ったことに、これは法に触れるような行為ではないんだよなあ。仕入れたものをいくらで売ろうが商人の自由だ。買い手がいるのであれば、適正な金額とも言えなくはない。
「そうか……。邪魔して悪かったな」
「わかりゃあいいんだよ。買わねえならどっかいけよ」
男はそう言って去っていった。クレアが男の背中を眺めながら肩を震わせている。
「ちょっと待ってよ! なんで引き下がっちゃったの!?」
クレアの怒りの矛先が俺に向いた。ちょっと冷静になってもらわないと困るな。
「違法じゃないんだよ。今はどうすることもできない」
「何よ、それ……。どうにもならないの?」
「残念だが、罰を与えるような法がない」
日本にも無い法律が、この国にあるわけがない。王に頼んで作ってもらうしかない。でも、商売に関わる法律は慎重に作らないと、商人たちが黙っていないだろう。すぐにできることじゃない。
「じゃあ……野放しにする気?」
「そうは言ってないだろ。要は、あいつが儲からなければいいんだ」
ちょっとした嫌がらせをお見舞いする。嫌がらせは俺の得意技だ。王への嫌がらせが不発に終わったから、今回は思う存分嫌がらせをしてやろうと思う。
「……ああ、なるほど。アタシたちに手伝えることはある?」
クレアは何かに気づいたかのように口角を上げて言う。
「そうだな。今回のプランには、クレアの手助けが不可欠だ」
今回のプランを実行するため、冒険者ギルドに移動した。
ギルドの中は怪我人と倒れた治癒魔法使いでごった返していて、歩くのも困難なくらいだ。かろうじて見える床を恐る恐る踏み、カウンターに向かった。
そこには、さっきまで戦っていたかのようにボロボロになった服を着た、擦り傷だらけの大男がいた。ギルド職員らしき人はその男しかいないので、近づいて話しかける。
「王都から救援に来た、Aクラス冒険者のコーだ。ギルド長はいるか?」
「おお、話は聞いているぞ! 駆けつけてくれてありがとう! 私がギルド長だ!」
大男は勢いよくカウンターを叩いた。俺のことを知っているようだ。名もなき兵士が話を通してくれていたのだろう。
「少し話があるんだが、ちょっといいか?」
「……うむ。会議室は人がいるから、執務室で話をしよう」
ギルド長は深刻そうな顔で言うと、俺たちを小さな部屋の中に招き入れた。大きな机を囲むように、全員が椅子に腰を掛けた。軽く挨拶を交わした後、すぐに本題に入る。
「単刀直入に聞くが、ポーションが足りていないんだろ?」
「そうだ。もうどこにも売ってない。完全な品切れだ」
聞いていた通りだな。
「クレア、ポーションを全部出してくれ」
ポーション作りはクレアの趣味だ。最近は売っていなかったから、500本以上の在庫がある。今回はそのポーションを全部放出してもらう。
クレアがマジックバッグからポーションを取り出すと、大きな机の上がポーションの瓶で埋まった。
「これを……売ってくれるのか?」
「ああ。1本あたり大銀貨2枚でどうだ?」
ポーションの卸売価格は大銀貨3枚だが、クレアのポーションはエウラの高級ポーションをベースにしたオリジナル品だ。卸値で金貨1枚は受け取っていい。それを、今回は大銀貨2枚で売る。
本当はクレアの力作を安売りしたくないんだけど、今回は仕方がないな。
「……ねえ、寄付してもいいんじゃない?」
クレアが耳元でささやくが、それは却下だ。
「タダで配るのは簡単だが、今後のためにならない。次の製作費くらいは確保したいだろ」
利益が出ない活動には限界がある。今は金があるからいいが、金が無くなったときのことも考えないと、活動を長く続けることができない。
「いや、その値段も十分安い。助かる」
まあ、普通のポーションの卸値よりも安いからね。納得してもらわないと困るよ。
「ただし、条件がある。事態が収束するまでは無料で配ってくれ。残りは好きに売っていいから、あんたらも損はしないはずだ」
「……本当にいいのか?」
「ああ。今回は利益よりも優先したいことがある」
今回の嫌がらせプランは、大量のポーションを格安で市場に流すこと。
あいつは銀貨5枚で仕入れているはずだから、正規の値段で売っても利益が出ない。利益を上乗せしようにも、冒険者ギルドでもっと高品質なものを売っているんだから、それも無理。売れ残りを大量に抱えて路頭に迷うはずだ。ざまあみろ。
「住民を優先してくれてありがとう! 本当に助かる!」
おっと。変な勘違いをされたぞ。俺は住民を優先した覚えなんてない。俺が優先したいのは、ただの嫌がらせだ。
「そんなんじゃないよ。それより、くれぐれも横流しなんてするなよ。捕まえなきゃならなくなるから面倒だ」
「ははは! そんなことをするはずがないだろう! 後のことは任せてくれたまえ!」
ギルド長は、右手で拳を作って勢いよく自分の胸を叩いた。
「ああ、よろしく頼む」
後のことはギルド長に任せ、執務室を後にした。ついでに、冒険者ギルド内の怪我人に治癒魔法を掛けて回る。
ギルド長の行動は思いの外早かった。俺たちが冒険者ギルドを出る頃には、街に活気が戻っていた。治癒魔法使いたちも復活したようで、あちこちで怪我人を治癒している。ポーションは無事に行き渡ったのだろう。俺たちの出る幕はなさそうだ。
しばらく街を観察していると、アホが騒いでいることに気がついた。
「くそっ! どうなってやがる! 商隊は当分来ないはずだろ!」
高値で売り抜く目論見が外れて、悔しがっているみたいだ。やっぱり嫌がらせが成功すると気分がいいなあ。ちょっと話しかけてみよう。
「商売に予定外はつきものだ。そこまで考えて動くのが本物の商人なんじゃないのか?」
「ああ!? てめぇ、まだ文句があんのか!?」
「文句はないよ。せいぜい頑張って売り切るんだな」
せめて黒字にはしたかっただろうなあ。赤字確定だなあ。俺のせいだとは気づいていないみたいだなあ。
爽快な気分のまま、男に背を向けた。
帰り際、街の正門に向けて歩いていると、リーズがキョトンとした顔で訊ねてきた。
「ねー。この後、あの人どうなるの?」
「大量の在庫を抱えて売ることができない。もし売れても赤字だ。相当な痛手になると思うぞ」
おそらく、莫大な金を使って仕入れたはずだ。すべて手元に残る。他の街の薬師ギルドなら買い取ってくれるだろうが、売値で買ったものを仕入値で売ることになる。その差額は大銀貨2枚、売れば売るほど赤字だ。
「それだけ?」
もちろんそれだけじゃない。
「商人仲間やこの街の客から相手にされなくなるだろうな。目先の利益のために信用を失ったんだ」
あいつはこの街の人間全員を敵に回した。あいつからポーションを買った人だって、誰もあいつに感謝していないだろう。嫌々買ったはずだ。他に無いから。
「……自業自得ね」
クレアが疲れたような笑みを浮かべて呟いた。同情の余地なしといったところか。
俺たちは、この街にはもう用がない。今日中にエルミンスールに帰るつもりだ。あいつが失脚していく姿が見られないのが残念だよ。