作品タイトル不明
混乱1
製塩ギルドの横領事件は、ひとまず一件落着した。証拠は出揃ったので、犯人たちを逮捕すれば事件解決だ。ただ、犯人は1人じゃないだろうし、騒ぎを聞きつけて逃げた奴もいるだろう。逃げた奴は地の果てまで追いかける必要がある。
まあ、それは俺の仕事じゃない。ギルバートたちにすべてを押し付け、俺たちは早々にエルミンスールに帰ってきた。
荷物を下ろして一息ついていると、マジックバッグの中から嫌な音が聞こえてきた。
『ヴヴヴ……ヴヴヴ……』
転写機だ。けたたましく震え、憂鬱な音を響かせている。俺が無視を決め込んでいると、ルナが申し訳無さそうに呟いた。
「あの……鳴っていますけど……」
うん、知ってる。王城から通信が入ったんだ。
「どうせ『今日の件を報告しろ』って内容だろ。見なくていいよ」
ギルバートたちも王城直通の転写機を持たされているだろうから、俺が何をやったかなんて筒抜けになっているはず。急いで報告しなきゃいけないようなことじゃないんだから、後回しで大丈夫だ。なんだったら、このままずっと無視し続けても構わないと思う。
まあ、次会ったときに文句を言われるだろうから、明日には報告するけどね。
「……後回しにすると面倒なことにならない?」
クレアが心配そうに言う。それは俺も同感だ。でも……。
「すでに面倒なんだよ……。今日は疲れたから休む」
何が面倒って、この報告だよ。俺は王の策略にやられて、精神的に疲れているんだ。王の勝ち誇った顔が目に浮かぶ。腹立つから今日は連絡したくない。
「そっか。ま、王城からの連絡で嬉しかったことなんて、一回も無いもんね」
クレアはうんざりしながら言う。普段から楽しいやりとりをしているんだったら、疲れていても読む気になるんだけどなあ。どうせ面倒事だって思うと、どうしても後回しにしたくなっちゃうよ。
単純に面倒というのもあるが、疲れているのは本当だ。今日は夜明け前から日が沈むまで、ずっと動きっぱなしだった。さすがにもう寝たい。
鳴り続ける転写機を完全に無視し、風呂に入ってゆっくりと休んだ。
次の日。スッキリと目覚めた後は面倒な転写機チェックだ。マジックバッグから転写機を取り出し、画面に目を向けた。すると、そこにはいつもの長ったらしい挨拶文は無く、一言だけの簡潔な文章が何行も並んでいた。
『緊急:クエンカの街で魔物の襲撃。直ちに救援に向かうように』
「やっべぇ……」
無視したらダメなやつじゃん……。
「どうしたのー?」
リーズが間の抜けた声で聞いてきた。事態は割と深刻だと思うんだけど、リーズの声に緊張感が緩む。
「魔物の襲撃だって。クエンカって街なんだけど、わかる?」
俺の質問に、近くで聞いていたクレアが深刻そうな声で答える。
「ビルバオの少し南よ。状況は?」
「わからない。詳しいことは書かれていないな。とにかく、急いだほうがよさそうだ」
ビルバオは王都から南西に向かったところにある山の上の街だ。そこよりも少し南というと、おそらく南側の山の麓だろう。途中の街道あたりに転移して走れば、2時間くらいで到着できると思う。
「……そうですね。行きましょう」
ルナは朝食の準備を始めようとしていたのだが、その手を止めて自分のマジックバッグに手をかけた。
詳しいことは行ってみないとわからないから、急がなければならない。朝食は抜きになるが、走りながらパンでも齧ればなんとかなる。さっと着替えてすぐに出発だ。
アーヴィンには今日も留守番を頼む。魔物の襲撃なら1人でも多いほうが……とも思うが、アーヴィンはまだ十分に戦えるとは言えないから、連れて行かないほうがいいだろう。
まずは近場に転移する。目標は、初めてビルバオに行ったときに麓で一泊した場所だ。
「ここから南へ行けばいいんだよな?」
「そうね。でもここからだとわかりにくいから、一度街道が見えるところまで出たほうがいいわ」
クレアの言う通り、ここには目印になるようなものが何もない。街道まで出たら回り道になると思うのだが、近道のために迷ってしまっては本末転倒だ。まずはクエンカへと続く街道を目指す。
街道はすぐに見つかった。山を大きく迂回するように伸びている。
今日の街道はかなり混み合っていて、北側に急ぐ馬車で渋滞を起こしていた。引き返す商隊か、街から避難する住民たちだろう。クエンカの街からはかなり離れているから、危険はないと思う。渋滞中の馬車を無視して先を急いだ。
街道から人の気配が無くなったころ、遠くに防壁が見えてきた。あれがクエンカの街だろうか。
「あれがクエンカよ。防壁は無事みたいだけど……」
クレアが走る速度を落としながら言った。それに合わせ、全員が速度を落とす。
一度立ち止まり、改めて街の様子を確認した。ここから見える範囲では防壁が壊れている様子は見られない。防壁の内側で火事が起きているような煙も見当たらない。街の中に魔物がなだれ込むような事態には陥っていないのだろう。少し安心した。
「それじゃあ、マップを出して状況を確認しようか」
困ったときのマップ様。付近の魔物と人間の状況がひと目でわかる。マジックバッグからマップを取り出して、画面に表示される光点を確認した。
街の周囲に小さな赤い光点がチラホラと見える。ゴブリンのような小さな魔物だ。防壁で防ぎきれるような雑魚だから、全部無視していい。問題は全部で8つある大きな反応だ。
オーガの光点が5つ、未設定の光点が3つ。未設定とは俺がまだ出会っていない魔物のことだ。魔物の情報は手動で登録しているので、知らない魔物がいるとこうなる。
「知らないヤツがいるな」
「もう少し近づいてみましょう」
歩きながらマップを見ると、戦闘の様子がなんとなく見て取れた。人間の気配は10人くらいしかしない。少ない人数でずいぶんと頑張っているな。大物を牽制しつつ、雑魚の数を減らしているみたいだ。
残念なことに、オーガを一撃で仕留めるほどの人はいないらしい。街から遠ざけようとしているのはわかるが、このままではジリ貧は確定だ。戦闘員が1人でも減ったら突破されるだろう。
「ちょっと押されているみたいだ。急ごう」
マップをマジックバッグの中に仕舞い、走って一気に移動した。
彼らが戦っている場所は、街の門のすぐそばだ。石でできた防壁とは違い、門は木製で壊れやすい。そこが急所になるため、重点的に守っているのだろう。まあ、オーガの力なら防壁を壊せてしまうから、気休めだな。
大物が目視できるところで一度立ち止まる。ここから見えるのは、見慣れたオーガたちだ。筋肉質で大きな図体……その中に1匹、他のオーガとは頭一つ分ほど背が低いかわりに横幅が2倍くらいある奴を見つけた。
「あのオーガ、すっげえデブだな……」
「オーガじゃないです。トロルです……」
違ったらしい。確かに少し気配が違う気がする。あれが未設定の魔物だったか……。まあ、似たようなものだろ。
「デブは俺が引き受けた。普通のオーガは任せていいか?」
「はーい!」
リーズが生き生きとした声で答えた。製塩ギルドの件は頭脳労働がメインだったから、鬱憤が溜まっているんだろう。リーズには張り切ってもらう。と言っても、オーガ程度なら瞬殺なんだけどね。
俺の相手はデブ3匹。こいつは初めて戦う魔物だから、その危険性はわからない。用心して遠距離から仕留めたいが、今回はアンチマテリアルライフルが使えない。人がウロチョロしているから、流れ弾が当たってしまう。マチェットで戦うしかないな。
右手にマチェットを握ってデブの背後に駆け出し、そのままデブの頭に向けて飛び上がる。と同時に、正面で戦っている人に声をかけた。
「こいつは俺が引き受けた! 下がってろ!」
「助かるっ! え? コーか!?」
戦っていた人が驚いて声を上げる。そいつをよく見ると、グラッド隊の隊員だった。名前は知らない。
飛び上がった勢いのままマチェットを振り抜く。右腕に抵抗を感じたが、それほど重いものではない。トロルの顎から上が飛んでいった。
「話は後だ! 残りも俺たちが片づける!」
そう言って、次のトロルへと急ぐ。次は横からだ。走り抜ける勢いを利用して、トロルの首を狩った。やはり少し抵抗を感じる。さっきよりも抵抗が強くなったようだ。
オーガよりも固いのだろうか……。いや、ブヨブヨで斬りにくいんだ。刃に脂がまとわりついて、マチェットの切れ味も落ちている。
思ったよりも厄介だな。打撃は脂肪に阻まれて一切効かないだろうし、剣で戦おうにも長引けば切れ味が落ちていく。俺が3匹目のトロルを仕留めたときには、マチェットがただの鈍器になっていた。トロルの首は、引きちぎれるように飛んでいった。
正面から戦っていたら、もっと長引いただろう。グラッド隊が苦戦していたのも頷ける。
脂でギトギトになったマチェットをマジックバッグに仕舞い、周りの様子を見た。
リーズが元気に鉄の棒を振り回すと、オーガの首がスパッと斬れて吹っ飛んだ。刃なんてどこにも見当たらない普通の鉄の棒なのに……。魔法の効果なんだけど、少し不思議な光景だ。トロルはリーズに任せるべきだったかな。
他のメンバーも、危なげなくオーガを討伐していた。まあ、何度も戦った相手だから当然だろう。
ルナは早々に戦闘を終えたらしく、マップを確認する余裕を見せている。ルナに近づいて声をかけた。
「一通り終わったな。他に何かいるか?」
「引き返していますね。もう安心です」
ルナのマップを覗き込むと、周辺にいた雑魚が散り散りに去っていく様子が見えた。もう襲われる心配はないだろう。
「ふう。思ったよりも早く片づいたな」
一息ついたところで、名もなき兵士がこちらに近づいてきて呆れたような声を出した。
「お前ら、相変わらずとんでもないな」
俺たちはグラッド隊とは何度か合同訓練をしているから、みんな顔見知りだ。名前は知らないけど気軽に話せる。
でも、その呆れたような態度は解せないな。トロルくらいの相手なら、隊長だけじゃなくギルバートでも余裕で討伐できるはずだ。厄介な敵ではあるが、敗北寸前だったというのはいただけない。
「いやいや、お前らもできないとダメだろ。グラッド隊なんだから」
「……隊長たちと一緒にしないでくれ。オレたちは人間なんだ」
名もなき兵士は苦笑いを浮かべて言う。失礼な奴だなあ……。グラッド教官は怪しいけど、ギルバートはギリ人間だと思うぞ。
いやいや、無駄話をしている場合じゃない。先に街の状況を確認しよう。
「そんなことより、どうしてこんなに人数が少ないんだ? この街には冒険者はいないのか?」
今ここにいるのは、グラッド隊の小隊のみだ。冒険者や一般兵士が見当たらない。戦える人間があと数人いれば、こいつらはもっと楽に戦えていたはずだ。
「襲撃を受けてからどれだけ経ったと思っている。すでに戦線離脱したよ」
「……あ、そうか」
俺のもとに緊急連絡が入ってから、すでに半日以上経過している。さらに俺に連絡が来るまでのタイムラグを考えると、丸一日戦いっぱなしだったと考えられる。深夜もずっとだ。そんなに長時間、休みも取らずに戦い続けるのは難しい。
「多数の怪我人が出たよ。今のところ誰も死んでいないが、この街はしばらく機能しないだろう」
死人がでなかったのは幸いだ。とは言え、俺が転写機を無視しなければ、夜中のうちに到着していたはずだ。俺が怠けなければ、被害はもっと少なかっただろう。反省続きだよ……。
「来るのが遅れて悪かったな」
「そんなことはない。こんなに早く来てくれて、本当に助かったよ」
その感謝が、今はとても心苦しい。
「感謝はいらない。まずは被害状況を教えてくれ」
「悪いが、今は詳しく説明している時間がない。オーガとトロルは倒してもらったが、まだ雑魚が残っている」
魔物たちは撤退を始めているのだが、こいつらにそれを知るすべはない。それに、また襲い始めるかもしれない。警戒は続けたほうがいい。
「そうだな。雑魚掃除が終わるまで付き合おう」
「いや、後はオレたちだけで十分だ。コーたちは先に街の中に入ってくれ」
名もなき兵士は首を横に振りながら言う。
「いいのか?」
「ああ。街の中も酷いものだから、そっちを手伝ってもらうと助かる」
「なるほど。そういうことなら、先に街に入らせてもらうよ」
何がどう酷いのか、聞くよりも自分の目で確認したほうが早い。警戒は名もなき兵士たちに任せ、門へと向かった。