作品タイトル不明
飛脚4
王への嫌がらせするための下準備として、できれば今日中に製塩ギルドへ行っておきたい。のんびり歩いては日が沈みそうなので、少し急いでおこうと思う。
「さて、走るぞ」
みんなに向けて声を掛けると、シモンが申し訳なさそうな目をこちらに向けて言う。
「待ってください。僕は数年前に足を怪我しまして、お医者さんに『二度と走るな』と言われているんです」
「……は?」
思わず素っ頓狂な声が出た。シモンは歩くだけで俺の全力疾走くらいの速度が出せるのに、足が悪いわけないだろ。その診断をした奴はどこのヤブ医者だよ。
「僕は歩いていきますから、気にせず先に行ってください」
「いや……まあ、うん。そうだな」
そもそも、シモンに走れと言ったつもりはないんだよ。むしろ歩くくらいで丁度いい。もし全力疾走をされたら、たぶんついていけないから。
シモンの作業場から全力疾走で5分くらい。日が沈む前どころか、かなり余裕で製塩ギルドに到着することができた。あっという間に着いたが、距離は数kmあったと思う。シモンが速すぎるんだよ……。
息を整えつつ、製塩ギルドの外観を眺める。砦みたいに無機質な作り。この街の冒険者ギルドよりもかなり大きいが、たぶん建物の大半が倉庫なのだろう。結構古い建物のようで、外壁が少し崩れている。
「職人さんが作った塩は、一度このギルドに集められるんです! そして、商人さんや役人さんたちに買われていくんですね!」
シモンがニッコリと微笑みかけながら説明する。法律上は職人が直接商人に売っても問題ないのだが、税金や売上の管理をする手間を考えると、ギルドを通したほうがいいそうだ。
「解説ありがとう。さっそく中に入ろうか」
シモンの解説が止まりそうになかったので、強制的に話を打ち切るためにギルドの扉を開けた。
ギルドの中は各所で怒号が飛び交い、上を下への大騒ぎだった。この混乱はあの手紙のせいに違いない。王城からの手紙は、無事にこのギルドに届けられたらしい。
遠慮なくギルドに足を踏み入れ、近くにいた若い男性職員を捕まえた。
「ちょっといいか?」
「なんですか? 今日は見ての通り忙しいので、またにしてください」
だろうな……。心中はお察しするけど、俺たちの要件もそれに関連する内容なんだから、引き下がるわけにはいかない。
「忙しいのは王城からの手紙の件だろ? それについて提案がある。話をできないか?」
「え? どうしてそれを……」
「それはいいだろ。少しでいい。話をさせてくれ」
職員は苦虫を噛み潰したような表情を浮かべ、小さく頷いた。
「……わかりました。どうぞ、こちらへ」
職員に案内されるまま、会議室のような部屋に入っていく。8畳くらいの部屋に8人がけのテーブルせっとが置かれているだけで、他には何もない殺風景な部屋だ。俺たちは、奥から順に座っていく。
全員が席に着いたところで、職員が口を開いた。
「えっと……あなた方はシモンさんのご友人の方ですか?」
職員は胡乱げな目を俺に向ける。
「はい! そうです!」
俺が答える前に、シモンが答えた。俺とシモンはいつの間に友達になったんだろう……。些か不思議ではあるが、友人と言っておいたほうが信用を得られそうだ。わざわざ否定しなくてもいいかな。
「知り合って間もないが、友人だ」
「なるほど……。恐れ入りますが、どこまでご存知なのでしょうか……」
職員は恐る恐る訪ねてきた。さて、どこらか話したものか……。シモンが製塩ギルドに騙されている可能性が浮上してきたから、手の内をすべて明かすわけにはいかなくなったんだよな。
「俺たちが知っているのは予算が減額されるという事実のみだ。ギルドの状況次第では、俺たちが手助けできるかもしれない。職人への対応を教えてくれ」
情報を小出しにして揺さぶりをかけていく。
「手助け?」
「俺たちが塩を買い取ってもいいってことだよ。状況によるがな」
「……あまり見ない顔ですが、商人さんでしたか」
職人は俺たちのことを都合よく解釈したようだ。製塩ギルドがシモンを騙している可能性が否定されるまでは、このまま勘違いさせておこう。
「まあ、そんなところだ」
俺がそう答えると、シモンが「えぇっ!?」と声を漏らして驚いた。目を見開いて、あからさまに挙動不審になっている。やめろって。怪しまれるだろ。
「失礼ですが、身分証を見せていただけますか?」
ほら、怪しまれただろうが。
まだ見せたくないなあ。冒険者の身分証を出したら商人じゃないって即バレるし、かといって、騎士相当の身分証なんてただの交渉の場で見せるものじゃない。
大変だ……どうやって切り抜けよう……。
「まだ商人ギルドの身分証を貰えていないんだ。実績が足りない」
嘘ではないぞ。商人ギルドの身分証を貰うには、毎月安定した収益をあげなければならない。俺みたいに片手間で商人の真似事をしているだけの冒険者は、商人ギルドには登録できないんだ。
シモンも「へぇ……」と頷いて納得した様子。引退後に商人へ転職する冒険者は多いから、違和感はなかったらしい。
「なるほど……実績を積むための取り引きをしたいのですね」
よし、職員も勝手に納得してくれた。とはいえ、信用を得られたとは思えない。逆に不信感をつのらせただけのような気もする。まあ、身分証の提示を避けられたから、良しとしよう。
「取り引きできるかは金額によるぞ。いくらくらい必要だ?」
カットされた予算は金貨1万枚で、俺が出せる上限も金貨1万枚だ。交渉は慎重にならざるを得ない。先に数字を出してしまうと交渉が不利になりそうだから、今は知らないフリをする。
職員は、少しの間をおいてゆっくりと答えた。
「……現在の生産量から計算すると、最低でも金貨3000枚は必要になりそうです」
あれっ? おかしい……安すぎる。どうして差額が金貨7000枚もあるんだよ。
「その金額は本当なのか?」
「いやっ! すみません。ギルドも利益がないと運営できないので、この金額は譲れません」
俺は安すぎると思ったんだけど、この職員は逆の方向に勘違いしているな。
「俺は最低でも金貨5000枚を覚悟していた。減額された予算はそんなもんじゃないだろ?」
「え? 私は書状を見たわけではないので……」
職員の表情は戸惑いに満ちていて、嘘を吐いているようには見えない。だが、それを鵜呑みにすることはできない。とても嫌な予感がする。ただの交渉では済まないんじゃないかな。
「この予算は誰が管理しているんだ?」
「ギルド長と経理部の部長ですが……」
「ちょっとその2人を呼んでくれないか」
「無理です。2人とも今は対応に追われていまして、外に出ています」
それもそうか。こんな大事なとき、責任者がのんきに事務所でくつろいでいるわけがない。だったら……。
「帳簿と王城からの手紙を持ってきてくれ。この建物の中にあるんだろ?」
「いや、部外者に見せるわけには……」
確かに、ただの商人にできる範疇を超えているな。でも、そんなことは言っていられない。そろそろ身分を明かそう。冒険者じゃなて騎士相当のほうね。
この身分には独自の捜査権があるから、資料の提示を強制することができるんだ。今までは権力が強すぎて使わなかったけど、今が使いどきじゃないだろうか。
マジックバッグから豪華な身分証を取り出し、職員の目の前に突き出した。
「言うのが遅れたが、俺はこういう身分も持っている」
俺の身分証を見た職員は、顔を真っ青にして席を立つと、2歩下がって膝をついた。そのまま土下座スタイルへと移行する。テーブルの影に隠れて、職員の姿が見えなくなった。
「大変なご無礼をお許し下さい……」
テーブルの下から震えた声が聞こえてくる。やっぱりこの権力は強すぎるぞ。使い所が難しい身分証だ。
「そんなことはどうでもいいから、資料を持ってこいって」
「しかし……重要書類は執務室の金庫の中でして……」
職員は、土下座スタイルのまま歯切れの悪い答えを返してきた。このままじゃ話が進まないな。まずは執務室とやらに移動しよう。
「とりあえず、立ち上がって案内してくれよ」
「はっ! 承知しました!」
職員は、勢いよく立ち上がってビシッと背筋を伸ばす。いちいちリアクションがオーバーで、かなり鬱陶しい。やっぱり、この身分証は使いたくないぞ。またしばらく封印だな。
部屋から出ていく職員の後ろについていく。カウンターがあるホールは相変わらず騒がしい。俺たち部外者の姿が目に入っていないようだ。
職員はゴツい扉の前で立ち止まる。
「こちらです」
と言って、『トントン』と扉を叩いた。中には誰もいないはずだ。ノックするだけ無駄だろうに。
「ギルド長は外出中なんだろ? 勝手に入るぞ」
俺はそう言って扉の取っ手に手をかけた。が、開かない。……重い扉だな。建て付けが悪いのか?
「あっ……鍵……!」
職員が何か言ったが、俺はその声が届く前に取っ手を強く引いた。『ベキッ』という音が響き、取っ手だけが扉から外れる。
「鍵がかかっていたのか……」
悪いことをしたなあ……なんて思っているうちに、『ギィ』と音を立てて扉が開いた。
「ねえ。開かない扉を無理やり開けるクセ、直したほうがいいと思うわよ?」
クレアが呆れながら呟く。確かに、前にも何度かやっちゃったけど、別にクセじゃないんだよ。本当にただ重いだけだと思ったんだよ。俺は悪くない。
「壊れてしまったものは仕方がない。せっかく開いたんだから、中に入ろう」
握りしめた取っ手を投げ捨てて、執務室の中に入る。
すると、中には豪華な調度品が並んでいた。目の前には細かい彫刻が施された机、床に目をやると大きなボアの毛皮……どれもこのギルドの外観にはそぐわないようなものばかりだ。
「ずいぶんと豪華な部屋だな……」
「え? あ、はい。重要なお客様に失礼がないよう、ここだけは普段からきれいにしてあるのです」
職員は事も無げに答えた。一応それらしい理由ではあるが、社長室だけが異常に豪華というのはダメな会社の特徴だと聞いた覚えがあるぞ……。俺には関係のないことだから、指摘はしないけどね。
「それで、金庫はどこにあるんだ?」
「はい、こちらです」
職員は、執務室の奥にある小さな扉に手を向けて言った。職員はその扉に手をかけ、ゆっくりと引いていく。するとその扉の奥には、重そうな鉄の金庫が鎮座していた。
高さは120cmくらい、ちょっとした冷蔵庫くらいの大きさだ。観音開きになっていて、前面には番号が書かれたダイヤルらしきものと小さな鍵穴が付いている。
「魔法鍵と物理鍵の複合ですね……」
金庫を見たルナが呟いた。ダイヤルの部分は魔道具で、鍵穴は普通の鍵だと言う。地球の金庫と同じように、番号と鍵が合わないと開かない。
「鍵は?」
「私には開けられません。鍵はギルド長が持っていて、番号は経理部長しか知らないんです」
2人が揃わないと開かないのか……。厄介だな。破壊してもいいんだったら簡単なんだけど、クレアに注意されたばかりだしなあ。
このまま2人が帰ってくるのを待つか?
そう考えていた矢先、シモンが待ってましたとばかりに手を挙げた。
「任せてください! 僕は金庫を開けるのが得意なんです!」
上位の冒険者であれば、誰にでも得意分野がある。兼業とはいえシモンだって経験を積んだ冒険者だ。どうやら『鍵開け』が得意分野だったようだ。
「おお、それは助かる。頼むよ」
「はいっ!!」
シモンは元気に答えると、金庫を両手で抱え込んだ。そして、そのまま両手で潰していく……思ってた開け方と違う!
『メキョメキョメキョ……』
冷蔵庫のような形をしていた金庫は、大きなひょうたん型に変わった。蝶番の部分が壊れて扉が取れそうだ。
「開きましたよ!」
「……開いたな」
「これ、開いたんじゃなくて壊れたのよ……」
クレアがうんざりとした様子で呟いた。
そんな開け方でいいんだったら、俺にもできるよ! もっとスマートに開けると思うじゃん。この金庫、かなり高そうなんだけど……後で「弁償しろ」とか言われないかな。
俺たちの呆れた眼差しをよそに、シモンは嬉しそうに金庫の扉を引きちぎった。
「さっそく中を見てみましょう!」
「……ああ、そうだな。今は書類が先だ」
壊れてしまったものは仕方がない。俺にできることと言えば、金庫をただの鉄塊に変えて証拠を隠滅するくらいだろう。「金庫など初めから無かった」と言い張る所存だ。
さて、そんなことよりも金庫の中身を確認しようかな。