作品タイトル不明
飛脚3
王に嫌がらせをする。これは決定事項だ。そのためのプランも思いついた。そのために、まずは情報を整理しよう。
今月から約一年間、国による塩の買い付けが大幅に減る。国に買われることを見越して作っている分の塩が、大量に余るということだ。問題は金だけ。状況によっては簡単に解決できるはずだ。
「誰か、減額される金額は確認したか?」
街の外に向けて走りながら、みんなに聞いてみた。冒険者ギルドにいたときはまだ嫌がらせプランが浮かんでいなかったから、確認するのを怠った。いまさらギルドに戻ったところで、教えてなんてもらえないだろう。
「私の位置からはチラッと見えたぞ。紙には金貨1万枚と書かれていたよ。ギルド職員は『大幅に』なんて言っていたが、ほぼ全額なんじゃないかと思う」
俺の質問に、リリィさんが答えた。
リリィさんも詳しく読んだわけではないから、どこまで正しい数字かはわからない。でも、金貨1万枚といえばとんでもない金額だ。俺が王城に貸し付けている金額は、金貨5千枚ほど。その倍の金額がカットされたことになる。
嫌がらせのプランに変更はないが、ちょっと気になるな……。
「なるほど……不自然だな」
今回の減額が100%俺のせいだったとするなら、減額されるべき金額は金貨5千枚前後だ。その倍もとなると、他に何か原因があるのは間違いないだろう。
「そうね。王城の動きが益々怪しいわ」
「だな。まあ何にせよ、シモンの話を聞かないと動けないな。急いで探そう」
シモンは気配が特殊だから、ある程度近くまで行ければすぐに見つかるはずだ。
街の外に出たら、シモンの気配はすぐに見つかった。今はなぜか海の真ん中にいる。何をしているんだろう……。塩田の真ん中を突っ切って近くに駆け寄る。
すると、両手でも抱えられないような大きな樽が3つ、空から降ってきた。
「危なっ!」
全員避けたが、樽は次から次へと降ってくる。地面に叩きつけられた樽は衝撃で蓋が吹き飛び、中から透明な液体が飛び出してきた。どうやら海水が入っているようだ。
「みなさん、大丈夫ですか?」
ルナが心配そうに言うと、俺の背後から『ガンッ』という衝撃音とともにリリィさんの声が聞こえてきた。
「当たったところでどうということはない。ただの樽だ」
……俺はとっさに避けちゃったけど、避けるまでもなかったのか。それなら安心だな。
そんな確認が終わったところで、空から降ってくる樽がやんだ。と同時に、前方からとんでもない水しぶきが上がった。その場にはシモンの気配があり、ものすごい勢いで接近してくるのがわかった。
「おやおや、コーさんではないですか! そんなところに立っていたら危ないですよ!」
シモンは一瞬で俺たちの前に現れた。歩いているようにしか見えないのに。気持ち悪い……。
「今降ってきた樽は何だったんだ……?」
「海水を塩田に運び込んでいたんです! この塩田で、海水を蒸発させるんです!」
シモンはにっこりと笑いながら答えた。どうやら、樽をぶん投げて海水を運んでいるらしい。塩作りって、俺が思っていたよりも重労働なんだなあ。
「へえ。力がないと務まらない仕事だな」
「そんなことはありません。力がないのなら、知恵を絞ればいいんです。方法は無限にあります!」
シモンは自信に満ち溢れた笑みを浮かべて言うと、1人でうんうんと頷いた。樽をぶん投げるという手法は、シモンだけがやっているらしい。もっと力がいらない手法があるのだろう。
もっと塩作りの話を聞きたいところだが、残念ながら今はそれどころじゃない。話を変えよう。
「悪い、その話はまた今度にして、聞きたいことがあるんだ。ちょっといいか?」
「もちろんです! 何でも聞いてください!」
シモンは力強く俺の両肩を掴んだ。暑苦しい……。それはいいとして、こんな塩田のど真ん中で話すような内容じゃない。移動しよう。
シモンの両手をゆっくりと離しながら言う。
「助かるよ。どこか落ち着いて話せる場所はないか?」
「わかりました! 向こうに僕の作業場があります! そちらに行きましょう!」
向こうって……見渡す限りの塩田と海が広がっているんだけど、どこにあるんだ? まあいいか。シモンの後についていくだけだ。
「わかった。案内してくれ」
「はい! お任せください!」
シモンはそう言って歩き始めた。俺たちは、その後を全力疾走でついていく。
……おかしいなあ。俺たち全員、かなり足が早いはずだよね? ちょっと自信が揺らぐぞ。シモンが本気で走ったら、俺たちは誰もついていけないんじゃないだろうか。
少し移動すると、すぐに小さな小屋が見えてきた。木製の簡易的な小屋だ。どうやらそこが目的地のようだ。
「着きました! ここが僕の作業場です!」
シモンは建物の中に入っていったので、その後を追う。
作業場は10畳くらいで、大きなテーブルの周りに不揃いな椅子が囲んでいる。お世辞にもきれいとは言えない小屋だが、中は割と片付いているようだ。作業場なんだから、こんなもんだろう。
「邪魔するぞ」
「どうぞ! お好きな席に座ってください!」
遠慮なく座らせてもらう。椅子の座り心地は最悪。ガタついて頼りなく、座面も歪んでいてよく滑る。河原の石のほうが幾分マシだ。椅子くらい、買い替えたらいいのに。
いや、椅子なんてどうでもいいか。いつ来るかもわからない客のために、新品の椅子なんて買わなくていい。金の無駄だな。
全員が椅子に座るのを待ち、話を始めた。
「これはまだ公表されていない情報で、他言しないでほしいんだけど……」
そう言ってシモンの顔色を伺う。シモンのことはまだ本当に信用できるかがわからない。本当に内緒の話なら言うわけにはいかないのだが、今回に限っては問題ない。むしろ言いふらしてくれてほしいくらいだ。
俺の目的は王に嫌がらせをすることだから、早めに噂を広めて職人たちを混乱させてほしい。
「王城が、塩の買取金額を大幅に減らすという決定を下した。今作っている塩は、買い取ってもらえないかもしれない」
「ええ!? それは大変だ!!」
シモンは驚いて目を見開き、大声を出した。しかし、口元の笑みとゆったりとした口調のせいでまったく緊迫感がない。
俺が言いたいことは一応伝わったみたいだけど……。
「そんなにすぐに信用していいのか?」
俺がシモンのことを信用していないように、シモンも俺たちのことを信用できないはずだ。俺が言っていることは、詐欺師の嘘だと思われても仕方がないだろう。その自覚はある。
「あなたは嘘を吐くような人間なんですか?」
シモンは、そう言って俺の目を覗き込んできた。眼力がすごい……。面と向かってそんなことを聞かれるとは思わなかったよ。だいぶ変な奴だな。
「嘘はたまに吐くが、今回は本当だ。別に信じなくてもいいけどな」
「またまた! あなたは嘘を吐くような人間には見えない! 本当なのでしょう!」
いやいや、嘘くらい吐くって。人間だもの。変な奴を通り越して、ちょっと心配になるな。そんなに簡単に人を信じるなよ。話が早くて助かるけどさ。
「まあ、そういうことだ。それを踏まえて聞きたいことがある。いいか?」
「その前に、僕たちはどうしたらいいんですか!? 僕は冒険者もやっているからいいんですが、他の職人さんたちは収入が無くなってしまいます!」
シモンの顔が初めて曇った。ようやく人間らしい感情が出てきたようだ。
「それについては俺に考えがあるんだ。だから、俺の質問に答えて欲しい」
今回の計画とは、製塩ギルドに持ち込まれた塩を全部俺が買い取ること。
計画の流れとしては、製塩業者に暴動を起こさせて街を混乱させ、暴動がピークを迎えたら俺が塩を買い取って事態を収束、塩が不足し始めた頃に王城に買わせる。
金貨1万枚程度なら、手持ちの金を掻き集めればなんとか足りる。使徒と騎士相当の身分を使えば、取り引きが面倒な塩も問題なく買い取りできるはずだ。
これによって王の評判と信用がガタ落ちになるだろう。製塩関係者の懐は傷まず、俺たちの懐も潤い、王城が大損する。 ウィンウィン(俺の大勝) と言っていいだろう。これは王の自業自得なんだから、助けてなんてやらないよ。ザマァミロ。
「わかりました! 何でもお答えしましょう!」
シモンの表情が笑顔に戻った。
だから! 人を信用し過ぎだって! 今回の計画はかなり雑なんだから、失敗する可能性は高いと思うよ。まあ、失敗したとしても職人が大損しないような配慮をするけどさ。そのためにも、聞くべきことはちゃんと聞いておこう。
「いくら分の塩が余るのか、ある程度正確な数字が欲しい。まずは製塩業者の規模を教えてくれ。何人くらいいるんだ?」
これは製塩ギルドに聞いたほうが早いんだろうけど、ギルドに話をつけるために必要な情報でもある。もし俺の金が足りなかった場合、計画を変更しなければならない。
「職人は僕の他に30人ほどがいて、お互いに切磋琢磨しています!」
最悪もし金が足りないなら、生活費の分だけ毎月購入するのでもいいと考えている。1ヶ月の1人分の生活費は、金貨10枚くらいだろう。となれば、毎月300枚の金貨を準備すればいいわけだ。楽勝だな。
問題は職人が実際にどれくらい稼いでいるかだが……。
「毎月の売上はどれくらいあるんだ?」
「僕の規模ですと、金貨20枚くらいですね」
シモンはすんなりと答えた。ただ、いくらなんでも少なすぎやしないか? 副業の冒険者が忙しすぎて、塩が疎かになっているのかもしれないな。
「じゃあ、他の職人はどうなんだ? 知っているか?」
「僕の塩田はこの街で一番広いですから、他の職人さんは僕の半分くらいじゃないでしょうか」
もっと少ないのかよ!
「おいおい、買い取り金額はどうなっているんだ」
俺が呆れ口調で言うと、シモンは部屋の隅から大きな麻袋を引っ張り出してきた。米なら30kgくらい入りそうだ。塩だともう少したくさん入るかな。
「塩の買い取りは、この袋1つで銀貨1枚です」
「え? 待って! 安すぎるわよ! 何かの間違いなんじゃ……」
クレアが驚いて声を漏らした。さすが、計算が早いな。俺が売った塩の塊は、だいたい2kgくらいだった。それが銀貨1枚。それを考えると、最低でも大銀貨1枚はにはなるはずだ。
「どこもそうだと聞いています! 僕たちはお金のために塩を作っているわけではないので、不満はありません」
シモンは笑顔を崩さぬまま言う。そういう問題じゃないだろ……。
「不満の有無は関係ないんだ。王都では10倍以上の値段で売られている。ギルドの利益や輸送費を考慮しても安すぎるぞ」
「なるほど……! でも、それに関しては製塩ギルドに聞いてみないとわかりません!」
シモンが騙されている可能性が出てきたな……。シモンはかなり騙されやすい。今回の件とは別の問題だが、一緒に片付けておいたほうが良さそうだ。
「じゃあ、俺たちと一緒に製塩ギルドに行かないか? 塩の買い取りについても相談しなきゃならないだろう」
そう言って立ち上がった。すると、シモンは再び顔を曇らせる。
「ちょっと待って下さい! その前に、この話は僕にしか言っていないんですか?」
「まあ、そうだな。塩を作っている人なんて、あんた以外に知らない」
「なるほど……。では、僕以外の職人に教えたいんですが、何人までなら教えてもいいですか?」
わざわざ確認するのか。本当に馬鹿正直な奴だなあ。俺は勝手に言いふらしてほしいくらいなのに。
「仲がいい人には教えてくれて構わないよ。誰に言うかは、あんたに任せる」
普通は『誰にも言うな』なんて念を押されたら、無条件で話したくなるもんだろう。シモンは特殊な例として、他の職人は言いふらしてくれるはずだ。
「わかりました! それではさっそく行ってきます!」
「待て待て、先に製塩ギルドだ。それからでも遅くないだろ」
シモンが製塩ギルドに騙されている可能性が出てきた以上、先にそっちを確認しておかないと拙い。場合によっては製塩ギルドも嫌がらせの対象になるぞ。
「そうですか……わかりました! 今日の夜、職人さんたちを集めて会議をしましょう! その前に製塩ギルドと話し合っておくのも悪くない!」
俺の意図はシモンには通じていないようだ。シモンの言葉からは、製塩ギルドを疑う気持ちが感じられない。シモンは何より先に『人を疑うこと』を覚えたほうがいいんじゃないかな。
「そうと決まれば、さっそく移動しようか」
シモンの作業場を後にして、街の中へと向かった。