作品タイトル不明
使徒見習い6
ようやく炊き出しの提供が始まった。多少のトラブルはあったものの、今のところは順調だ。料理を受け取った人たちは、俺たちが準備した席に着いて料理を口に運んでいる。
その様子を観察していると、料理を口にした男の子が嬉しそうに口角を上げて声をあげた。
「おいしいっ! いつもと違う!」
料理の手直しは成功したようだ。教会のおばさんが作った手直し前の料理は俺も味見をしたんだけど、控えめに言ってクソ不味かった。それが標準だとすれば、今回の料理とは雲泥の差があると思う。なんせ、ルナとクレアが全力で手直しした料理だから。
しかし、どれくらい変わったんだろう……。俺も味見したいな。
そう思ってルナに近づくと、教会のおじさんが不審そうな表情を浮かべてルナに近づき、客に渡そうとしていた料理の器を奪い取った。
「え? なんですか?」
ルナが驚いて振り返り、おじさんと目を合わせた。しかし、おじさんは気にもとめず一歩下がり、料理を口の中に流し込んだ。
「うまい……なんだこれは……」
おじさんが目を見開いて呟く。どうやら手直し後の料理は相当美味しくなっているらしい。下拵えから全部ルナとクレアがやっていればもっと美味しかったんだろうけど、まあ、それを言っても仕方がないか。
「出来上がった料理が美味しくなかったので、少し手直ししました」
ルナが笑顔で答える。たぶん、少しの手直しでは済んでいないよな。あの状態をどうにかするために、ありとあらゆる手段を講じたはずだ。
てっきりルナが褒められるものだと思っていたのだが、どうも様子がおかしい。
「あなた! 味を変えたのですか!」
おじさんが血相を変えて叫ぶと、ルナの肩を掴もうと手を伸ばした。なにかが気に入らないようで、かなり怒っているように見える。ちょっと拙いかな。
慌てておじさんとルナの間に割り込み、おじさんの腕を掴んだ。
「当たり前だろ。俺たちが苦労して手に入れた食材だ。不味くされたらたまったもんじゃない」
「また勝手なことを……」
「はぁ? 美味しくして怒られるとは思わなかったぞ。なんで怒っているんだ?」
今日の食材は、俺たちが狩った魔物の肉とエルフが作った野菜が少々。どれも新鮮とは言えないものの、俺たちの大切な食料だ。教会の勝手な都合でクソ不味くされてたまるか。これだけは絶対に譲れないぞ。
「美味しいものがタダで食べられるなんて思われたら、労働意欲が低下します! ここの方々には少し不味いくらいでちょうどいいのです!」
「ずいぶんな言い方だな……」
わざと不味くしているということか……。料理が未熟なために不味くなるのは仕方がないと思うが、わざと不味く作るなんていうのは食材に対する冒涜だ。
この炊き出しに感じていた違和感の正体が、少しだけわかった気がする。このおじさんはここの住民のことを見下しているんだ。上から目線で「やってあげている」と思っているから、高圧的だし嫌な言い方もする。
「とにかく、すぐに作り直してください。こんなものは提供できません」
は? いまさらそれ言う? アホなの?
と口を滑らせそうになったのだが、俺よりも先に集まった住民たちが騒ぎ始めた。
「ふざけるなよ!」
「不味くねえって聞いたから来たんだよ! 料理を変えるなんて許さねえ!」
あたりに怒号が飛び交う。主にリーズが連れてきた人たちから……。
この人たちは、普段は炊き出しに顔を出さないらしい。不味いのがわかっているから、参加する意味がないと思っているのだろう。自分の金でメシが食えるなら、わざわざ不味いものを食べようとは思わないだろうからなあ。
「集まっている人たちもこう言っているんだ。今日はこのまま続けるぞ」
強引に話をまとめ、おじさんを追い払った。おじさんも自分の言い分が無茶だと悟ったのか、すんなりと引いてくれた。
行列が途切れた頃には、もう鍋はほとんど空になっていた。最後に俺たちが食べるつもりだったのだが、俺たちの分なんて残っていない。食べられなくて少し残念ではあるが、余らせなかっただけ良かったと考えよう。
「料理はもう無いんだから、調理場を撤収しようか」
調理場に向かって話しかけると、クレアが満足気に頷いた。
「そうね。アタシたち、もうやることが無いもんね」
調理係の仕事はすべて終わっている。もう暇になったんだから、さっさと撤収しよう。
「私も手伝おう。暇だ」
リリィさんが調理場の撤収に名乗りを上げた。だが、今はまだ警備の最中だ。客がいなくなるまでは警備を続けたほうがいいだろう。喧嘩やトラブルは無いだろうけど、食器泥棒に対する警戒は今が一番重要だ。
「いや、もう少し警備を続けてくれ。撤収中は物が無くなりやすいんだよ」
意図的に盗む泥棒だけでなく、うっかり持ち帰ってしまう人もいる。悪気がない人は気配察知で見抜けないから、面倒でも目視で確認するしかない。
「そうか……。わかったよ」
リリィさんは残念そうに頷き、俺の横に立って客たちに目を向けた。
俺とクレアの背後では、ルナとクレアが忙しく動いている気配が感じられる。この調子なら、調理場の撤収はすぐに終わるだろう。そう思った矢先、おじさんが顔を真赤にして怒鳴りながら近づいてきた。
「何をしているんですか!」
「何って、調理場の撤収だよ。料理はもうないんだから、このままにしていても仕方がないだろう」
「そんなことは後です! 指示を出しますから、もう少し待っていてください!」
その指示が遅いから勝手に動いているんだよ。それが嫌ならもっと早く指示を出せよ。
「……時間の無駄じゃないか。今のうちに撤収しておけば、少しは時間の短縮ができる」
この炊き出しが終わっても、すぐに帰れるわけじゃないんだ。まだ街の清掃作業が残っている。少しでも早く終わらせるために、できることは前倒しでやっておきたい。
「いいですから、勝手なことをしないでください!」
おじさんはテーブルを両手で押さえつけ、撤収の妨害をしようとした。しかし、普通のおじさんの力でクレアの馬鹿力を抑えられるはずがない。クレアは何の抵抗も感じていないかのように、軽々とテーブルを持ち上げてマジックバッグの中に仕舞った。
全体重をテーブルに預けていたおじさんは、持ち上げられたテーブルに押し上げられて尻餅をついた。
「おいおい、大丈夫か?」
俺がそう言って手を差し伸べると、おじさんは俺の手をパシッと払い除けて立ち上がり、ひどい剣幕でまくし立てる。
「あなた方はなんなんですか! 誰も指示に従っていないじゃないですか!」
指示というのは、ボーッと突っ立っているだけの警備モドキと、食材への冒涜というべき調理と、警戒心が増すだけの声かけのことだろうか。
俺は全部無意味だと思ったから、みんなには率先して無視するような指示を出した。
「……ああ、そうだったかな? 理解できない指示ばかりだったから、誰も従わないんだろう」
これは指示を出す側に問題があると思う。矛盾が生じるような指示を出すから、従う意味がなくなるんだ。それでも従う奴は従うだろうが……俺には無理。
「指示は規則に則って出しているのです! 集団で活動するときは規則に従う! それが常識でしょう!」
また 常(・) 識(・) かよ……。こいつの中での常識はそうなんだろうけど、それは俺の中の常識とは違う。
「知らねえよ。自分の常識を他人に押し付けんな」
常識っていう言葉を聞くと無性にイラッとするんだよなあ。言い返すのはやめようと思っていたんだけど、ついつい言い返してしまったよ。
まあでも、理不尽なルールをすんなり受け入れることなんて俺にはできない。そういうことはできる人に言ってくれ。 本物の使徒の2人(善と一条さん) なら、たぶん得意だろうけど……あれ? それが『協調性』ってやつなのか?
拙いなあ。唐突に理解してしまった。押し付けられたルールを守ることを『協調性』と呼ぶのであれば、俺には間違いなく協調性がない。みんなの言う通りじゃないか……。
俺が考えを巡らせている少しの間、俺とおじさんは黙ったまま睨み合っていた。おじさんも何か考えているようだ。そして沈黙を破るかのように、おじさんが大げさに人差し指を右に向けながら言う。
「規則は守られるために存在しています! それを守れないなら、今すぐここから立ち去ってください!」
帰れと言うなら、それで構わない。でも、今すぐというのは良くないかなあ。炊き出しの後は周辺の清掃がある。
「清掃はいいのか? この後は街の清掃をする予定だっただろう?」
「規則を守れるのであれば、ご一緒していただきます。いかがですか? 守れますか?」
意味不明な教会の指示に従うというのが条件か……。とんでもないストレスが溜まりそうだ。
「無理だな。みんなは……」
そう呟いてあたりを見回すと、隣にいたリリィさんが自信満々な表情で答えた。
「無理だろうな」
無理かぁ……。やっぱりそうだよね。みんなもかなりストレスを感じていたみたいだから。
それに、俺には使徒の才能が無い。このまま教会の人と一緒に活動をしても、お互いのためにならないだろう。帰ったほうがいいだろうな。
「そっか。リリィがそう言うなら、無理なんだろう。帰ろうか」
「は? 帰る?」
おじさんが面食らったような表情を浮かべる。信じられないといった様子だ。
まあ、帰ると言ってもすぐに帰るわけじゃないんだけど。
「ああ。炊き出しの撤収までは手伝うが、その時点で帰らせてもらうよ」
炊き出しの主導権は、ほぼ俺たちに移っている。途中で投げ出すのはよくない。
「何を言っているんですか!」
おじさんは焦ったように冷や汗を垂らしながら怒鳴る。
帰れって言ったのはそっちなのに、何をムキになっているんだろう……。よくわからない人だな。
「だから、無理そうだから帰るって言っているんだよ」
「帰れと言われて本当に帰る人が、どこにいるんですか!」
「はぁ……?」
帰れと言われたから帰るんだけどなあ。命令に従えって言ったり、従うなって言ったり、言うことがコロコロと変わる人だ。面倒くさい……。
「……もういいです。教皇様にはこちらから報告しておきます」
おじさんは疲れた顔で深い溜め息をつき、トボトボと歩いていった。ちょっと疲れているように見える。俺たち、疲れるほど動いたっけ? まあいいか。
その後は何事もなく、無事に炊き出しを終えることができた。
戸惑う教会の3人を無視して、俺たちパーティメンバーだけでさっと撤収を終わらせた。いつものテントを撤収するのと大して変わらない作業だ。下手に役割分担するよりも早いから、教会の面々も文句はないだろう。
「悪いけど、俺たちはこれで帰らせてもらうよ」
「本当にいいのですか?」
ルナが申し訳無さそうに言うと、おじさんがなにかを諦めたような表情で答える。
「いいです。もう帰ってください……」
「じゃ、お疲れ様。カムロンによろしく言っておいてくれ」
そう言ってこの場を離れた。スラムの住民に見送られながら、街の中心へと進んでいく。
「今度は俺たちだけで来ようか」
「そうだねー。ここの人たちも、そのほうが嬉しいみたいだよー」
リーズが笑顔で答えた。どうやら、教会の炊き出しはあまり歓迎されていなかったようだ。
「思ったよりも窮屈でしたもんね……」
「そうだな……。悪かった。みんなの言う通り、俺には使徒の仕事は向いてなかったみたいだ」
さすがにちょっと反省するよ。その場のノリで「できる」なんて言ったけど、こんなに大変な仕事だとは思わなかった。俺には無理だ。
「……ごめん、アタシたちも向いてなかったみたい……」
クレアがバツの悪い表情を浮かべて呟くと、ルナが神妙な面持ちでそれに続く。
「そうですね。私も、教会の方々の指示には従いませんでした」
「ふふふ。まあ、仕方がないだろうな。我々にもコーくんの影響が出ているのだろう」
一方で、リリィさんからは笑みがこぼれた。まるでこうなることを予感していたような態度だ。
「ん? 俺のせい?」
「そうは言っていないが……そうだろうな。でも、悪いことじゃないさ。少なくとも、私は今のほうが楽しいし、いいと思っているよ」
「……そうですね」
と、ルナが複雑な笑みを浮かべて肯定した。
何はともあれ、炊き出しは無事に終わった……のかな? 教会の人たちは納得しないだろうけど、炊き出し自体は成功だった。
リーズには無理だろうという予想ができていたが、まさか俺たち全員が集団行動に向いていなかったとはね……。今後はそのつもりで行動しよう。