軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

海3

海辺の街2日目。今日は早起きをして、レイモンドの友人に会わせてもらう予定だ。レイモンドは朝食のためにこの宿に来るはずだから、そこで合流する。

俺たちは、早めに起きて食堂に顔を出した。すると、レイモンドはすでに到着して大量の料理と対面していた。

「おはよう。ずいぶん早いな」

レイモンドに声を掛ける。今日のレイモンドは1人じゃなく、正面にもう1人の男が座っていた。目の前の料理は4人前くらいあるんだけど、たぶんその殆どがレモンドの分だろう。

「ああ、遅かったな。こいつが昨日言っていた友人だ。この街で漁師をしている、タイロンだよ」

「タイロンだ。よろしく」

タイロンと名乗った男は、軽く頭を下げた。歳は30を越えたくらいだろうか。レイモンドよりも年下なんじゃないかな……。冒険者を引退するには少し早いと思う。

「俺はコーだ。こちらこそ、よろしく」

「コー……って……あの?」

タイロンは、驚いて目を見開いた。忘れがちだけど、俺はルミアのせいでちょっとした有名人になっている。驚かれるのは仕方がないか……。

「まあ、そうだな。今はただの冒険者だから、気にしないでくれ」

「おいおい、お前……ドエライのと知り合いなんだな……」

タイロンは俺の言葉を気にもとめず、レイモンドに話しかけた。マジでそんな偉いものじゃないんだけどなあ……。

「ん? そうか? コーはそんな偉い人間じゃないぞ?」

レイモンドは平然とした様子で返した。これくらい気安く接してもらわないと、むしろこっちが困るんだよ。

「まあ、そういうことだ。俺は冒険者の後輩なんだから、そのつもりで接してくれ」

妙に畏まられると気持ちが悪いから、普通に接してほしい。

「そうか……そうさせてもらうよ。それで、レイモンドが会わせたいヤツってのは、あんたのことでいいのか?」

タイロンは、レイモンドから話を聞いていたらしい。だったら、もう少し詳しく説明しておいてくれよ……。余計なやり取りが発生したじゃないか。

「そうだな。漁師をやっていると聞いた。良かったら、少し売ってくれないか?」

「もちろんいいぞ。市場に並ばないような魚でもよければ、いくらでもある」

タイロンは快く了承してくれた。市場に並ばなくても、美味しい魚はいくらでも居る。捌くのが面倒とか、可食部が少ないとか、そんな理由で捨てられる魚だ。

「へえ……それは助かる。そうさせてもらうよ」

何にせよ、動き出すのは食事の後だ。レイモンドは早食いだから、俺たちも急いで食べた方がいいだろう。

そう考えてこの場を離れようとしたら、タイロンがフォークを持ち上げようとしてポトリと落とした。それをレイモンドが笑いながら茶化す。

「おいおい、疲れてんのか?」

「アホ! 疲れるほど動いてねえわ」

タイロン顔を引き攣らせて返事をし、床に落ちたフォークに手を伸ばす。すると、タイロンはよろけ、近くにあった椅子に腕を絡めて膝をついた。クレアが慌てて手を貸す。

「大丈夫? 体調が優れないみたいだけど……」

「おかしいな……目眩がするよ。今日は帰って寝た方がいいかもしれん」

タイロンをよく見ると、顔色も良くない。

「変なもんでも食ったか?」

レイモンドが心配そうに言う。

「漁から帰って軽くメシを食ったけど、変なもんを食った覚えはねえぞ」

タイロンは首を傾げながら返した。ついさっき食べたばかりなのに、ここでまた朝食を食べているのか……。食い過ぎなんじゃないの?

「まあいい。送っていくよ」

レイモンドは、食事を切り上げてタイロンを送っていくことにしたようだ。タイロンは足元が覚束ないようだから、肩を貸さないと危ない。

「それなら俺たちも付き合おう。いいよな?」

みんなの方を見て言う。朝食がまだだが、今はそんなことを言っている場合じゃない。荷物があるから、レイモンド1人で送っていくのは大変だ。それに、俺も肩を貸した方がいいだろう。

「もちろんです。レイモンドさんの荷物は私が持ちますね」

「ああ、頼むよ。ついでに、テーブルの上のパンも持って行こう。残すのはもったいない」

パンはレイモンドの食べ残しだが、手つかずのまま大量に残っている。席を立ったら片付けられてしまうから、かなりもったいない。荷物はルナに任せて、クレアたちにパンを持ってきてもらう。

「そうね。他にも、持ち帰れそうなものは持っていきましょう」

クレアは他にも目をつけた料理があったようだ。この際だから、レイモンドが手をつけていない料理はできる限り持ってきてもらおう。朝食代が浮きそうだ。

「じゃあ、クレアたちは出発の準備を頼む。俺たちは先に行くから、後で合流しよう」

宿の部屋に置いてきた荷物も持ってきてもらうようにお願いした。ここで二手に分かれるが、気配察知かマップで調べればお互いの居場所が分かる。街の中で離れるくらいであれば特に問題ない。

「了解。気を付けてね」

クレアの返事を聞き、タイロンの左腕を俺の肩に掛けた。右の腕はレイモンドが掴んでいる。

「……悪いなあ。魚は安くしといてやるよ」

タイロンはぎこちなく口を動かした。体調が悪すぎて、上手く喋れないのだろう。一刻も早く帰った方がいい。

「まあ、気にすんな」

とは言ったものの、安くしてくれたら嬉しいなあ。

俺とレイモンドの間に挟まれたタイロンは、青い顔をしながら全体重を俺とレイモンドに預けている。思っていたよりも体調が悪いようだけど、腐った魚でも食べたのかな……。

「コー、ここだ。扉を開けてくれ」

歩くこと数百メートル。レイモンドが立ち止まって言った。タイロンの自宅はかなり近いところにあったようだ。割ときれいな平屋の木造建築だが、ちょっと狭そう。2LDKくらいだろうか。

居住スペースはかなり狭いのに、敷地内にはかなり大きい倉庫らしき建物がある。おそらく、漁師の道具が入れられているのだろう。仕事熱心なことだ。

扉を開けて中に入ると、タイロンよりも少し若いくらいの女性が部屋の真ん中で倒れていた。顔面は蒼白で、無表情。見るからに体調不良だ。かなり重症のように感じられる。

「タイロンさん……たいへん……」

女性は弱々しい声を絞り出した。どうも呂律が回っていないようだが……これ、本当にただの食あたりか?

「どうした!?」

タイロンがぎこちなく口を動かして叫ぶ。

「ハイノが……たいへんなの……」

女性は誰かの名前を口にしたようだが、上手く聞き取れなかった。

この女性はタイロンの奥さんだろうか。気になるところだが、今はそんなことよりも容態が心配だ。大変なのは自分だろうに、誰かを心配しているようだ。口が痺れているのか、口が上手く動いていない。立つこともできないようで、這うように動いている。

これ、絶対にただの食あたりじゃないよな……。

「そいつはどこに居る?」

「しんしつれす……」

聞き取りにくいが、たぶん『寝室です』と言ったのだろう。この人に喋らせるのは可哀想だから、タイロンに寝室の場所を訊ねる。

「寝室はどこだ?」

「あっちだ……その扉の向こう……」

タイロンは、動かない指を無理やり動かし、部屋の奥の扉を指した。ひとまずタイロンを床に据え、寝室へと急ぐ。

そこでは、1人の子どもがベッドに寝かされてぐったりとしていた。子どもの年齢はよく分からないけど、5歳くらいかな。

子どもの口元には嘔吐の痕跡も見られる。呼吸が浅く、かろうじて意識がある状態のようだ。虚ろな目で俺を覗き込んでくる。嫌な予感がするぞ……。

寝室からリビングに戻り、タイロンに話しかける。

「この症状には心当たりがある。今朝食べたものを教えてくれ」

「普通の魚だよ……。いつも通り、市場で買ってもらえない魚を食べた」

俺が聞きたいのはそんなことじゃない。具体的な魚の種類だ。ただ、呼び名が違うと分からないか。現物を見た方が早いな。

「その残骸はどこにある?」

「まだ台所にある……ゴミ箱の中だ」

このリビングの隅には、台所とは名ばかりの、ちょっとした調理台と小さな竈が設置された一角がある。壁際に薄汚れた木箱が置かれているが、おそらくそれがゴミ箱だろう。

木箱の蓋を開けると、死んだ魚のギョロッとした目と目が合った。ずんぐりとしてとぼけたような顔、鋭い歯に厚い唇、何より、まん丸なギョロ目が特徴的……悪い予感が的中したよ。細かい種類は分からないが、フグだ。

「この魚、魔物じゃないよな……?」

フグの頭を持ち上げて、タイロンに見せた。

「いや、普通の魚だが……」

まさかと思って聞いてみたけど、やっぱりダメだったか。フグが魔物であれば、毒は魔法毒だから簡単に解毒できる。しかし、魔物でないなら……自然毒は治癒魔法を使っても解毒できない。

「これは猛毒だろ。漁師が知らないわけないよな?」

日本では、縄文時代からフグを食べていた痕跡が見つかっている。証拠はないが、あたって死んだ人が居ただろう。そんな昔から知られている魚なんだから、この世界でもその毒の存在は知られているはずだ。

「それは知っている。だが、今まで一度もあたったことは無いぞ。俺たちはこの魚の毒が効かない体質なんだ」

「そんな体質は無い! この魚は、個体によって毒の強弱が違うんだよ」

タイロンは、今まであたらなかったから大丈夫だと考えていたようだ。ご都合解釈までして……。

フグは毒を体外から取り入れて蓄積するから、餌や環境、季節によって毒の多寡が違う。同じ種類の同じ部位を同じだけ食べても、個体によってあたらないこともあるんだ。

「しかし、一番食べたはずの俺は、そんなに酷くないぞ。違う原因だと考えた方が……」

あれ? 本当に特異体質? いやいや、フグ毒は平等にあたるはずだ。

「症状から見るに、間違いないと思うぞ。特に、子どもの症状はかなり重い」

多くの毒は、体重によって効きが変わると聞いたことがある。体重が軽い人は、より少ない量で中毒を起こしやすくなるということだ。子どもの症状が重くてタイロンの症状が軽いのは、当然と言えるかもしれない。

「あの……治癒魔法でなんとかなりませんか……?」

ルナが心配そうに口を挟んだ。しかし、病気や自然毒が相手だと、治癒魔法は無力だ。

以前、熊のダイキチと出会った時、治癒魔法による解毒を試みたことがある。その時は解毒できたように見えたけど、実際は違うと思う。よく考えたらアレ、毒によって出た症状を緩和しただけなんじゃないかな。

「それはやってみないと分からない。でも、望みは薄いと思うぞ……」

ダイキチに試した時は、毒キノコによる中毒症状だった。その時のキノコはベニテングタケ。主な症状は吐き気や腹痛だ。治癒魔法で効果があったのは、それらの症状だけだったんじゃないかと思う。そう仮定すると、治癒魔法が効いたことを説明できるんだ。もともと死ににくい毒だから、吐き気や腹痛さえ抑えれば、自然に治るのを待てる。

フグ毒の場合はそうはいかない。この毒は、呼吸に必要な筋肉の動きを止めて窒息させるものだ。体のどこかを治癒したところで、症状が緩和されることはない。

確か、心臓や脳は動き続けるんじゃなかったかな……。フグ毒が体外に排出されるまで人工呼吸を続ければ、死ぬことは無かったと思う。ただし、高性能な人工呼吸器がすぐ近くにあり、いち早く対処できた場合に限る。当然、今は呼吸器など無い。

「じゃあ、どうしたら……」

ルナが複雑な表情を浮かべて呟くと、タイロンが焦るように怒鳴った。

「なあ、なんとかならないのか!」

「そう言われてもなあ……」

助けられるものなら助けた方がいい。それは分かってるけど、俺は医者じゃない。できることは限られている。

「使徒様なんだろ!? ルミア様にお願いしてくれよ!」

「神に祈ったくらいで毒が消えるか!」

少し厳しい言い方をしてしまったが、ルミアにだって解毒は無理だ。詠唱魔法を開発したのはルミアたちだから、使える魔法は俺たちと大差ない。

「ルミア様でもどうにもならないのか……」

「当たり前だろ。目の前の問題を解決するのは人間の仕事なんだ。なんでもかんでも神に押し付けるなよ」

そもそもルミアは怠け者だから、祈ったくらいじゃ動かないぞ。あいつを働かせたければ、大量の料理が必要だ。

さて……今はそんなことよりも治療だ。ダメ元で治癒魔法を掛け続けてみるか……。患者は3人、俺とルナとリリィさんの3人で治癒魔法を使えば、どうにかならなくもない気がする。難しいとは思うけど、できるだけのことはやってみよう。